話を聞いてみます
起きました。
いつもと変わらない朝です。
本当に、何も変わらない。
変わったのは私の心持ちといったところですか。
同じ朝のはずなのに、こうも印象が変わる。
不思議なものです。
しかし、チヨ様に色々お話して、いくぶん気分がすっきりしました。
「話す」というのは、とても大切なことなのですね。
またひとつ、学ぶことができました。
「マーヤ」
「はい」
訓練用の衣服を出して貰いながら、マーヤに話しかけます。
普通なら服はメイドに着せてもらうものですが、戦闘用の装備などは自分で着替えます。着替え自体に慣れるためと、装備のチェックのためです。
もぞもぞと着て、武器を隠す作業をしつつ。
「ゴブリンを殺すことについて、どう思いますか?」
「はぁ、特にどうとも……」
まあ、そうでしょうね。
ゴブリンは畑を荒らす害獣扱いですしね。
「それが赤ちゃんでもですか?」
「そうですねぇ。実際に見ると躊躇するかもしれませんが、見たことありませんので。ただ、駆除するしかないのでは。それが冒険者たちの仕事にもなっていますし」
そうなんですよねぇ。
私も昨日、洞窟に入るまではそう思っていたのですから、戦闘と関係ないメイドのマーヤではそうでしょうね。
「なるほど。わかりました。ありがとう」
「あの……」
「なんです?」
見れば、何故かマーヤが青ざめておりました。
「あの、私、なにかしたでしょうか」
「え? いいえ? 聞いてみただけですよ」
本当にそれだけです。
「私頑張りますから!! 殺さないで下さい!! 私には子供が!」
ええ? どうしたらそういう話になるんですか。
彼女は今にも泣き出してしまいそうです。
「いえ、殺しませんよ? マーヤはよくやってくれていますからね」
特にそうする理由もありませんし。実際マーヤはとてもよくやってくれています。
気もききますし。助かっていますよ?
「本当ですか!!」
「ええ、本当ですよ。まあ今ので少し、わたくしについてどう思ってるのか聞いてみたくなりましたが」
じっくりお話しましょう?
「あ、あの……洗濯の仕事が残っているのでこれで失礼します!!!」
そう言って、走り去ってしまいました。
……もう少し落ち着いたらどうでしょう。子供もいるのでしょう?
◇
「真顔で淡々と言われたので、ゴブリンみたいにくびり殺すぞ、と脅されたと思ったのでは?」
あんまりなので、訓練ついでに先生に聞いてみます。
短剣を投げてみます。
しゅっしゅ。
「まさかそんな」
短剣を取られて返されました。
「ではもう少しにこやかにしてみては?」
返された短剣をたたき落としつつ、足下から伸ばしたスライムで回収っと。
よしよし。良い感じですよ。
にしてもにこやかにですか。
「……特に楽しいこともないのにですか?」
笑うってとても疲れるんですが。
「人当たりというのは大事ですよ。人間第一印象ですからね」
「そういうものですか。身なりは気にしたりしますが……」
例えば昨日の身なりのなってない方々ですが。
そうだ、今度彼らの身なりも整えてあげましょう。
「まぁ、お嬢様がにこやかにされたら、屋敷中がパニックになる可能性がありますからね。そのままでも良いかもしれませんね」
なんですかそれは。
私が普段どんな顔をしていると。
「言いますね。しかしまあ、疲れそうですしねぇ。ううん」
にこやかにした方がいいと言うなら、試してみますか?
しかし、それだけでパニックになるってなんですか。いつもの軽口ですか? それとも本当のアドバイスですか? これはどちらでしょう。
「ははははは」
「なんで笑いますか」
「普通、貴族のお嬢様というのは『なんで私がメイドに合わせて笑わなければいけないんだ』とか言いそうなものですよ。お嬢様は第一印象こそ貴族のご令嬢という感じですが、やはりなかなか変わってらっしゃる」
「変わっているかどうかはよくわかりませんが、まあいいです。しかし”やはり”というのはどういうことですか」
やはりからかってますか?
「い、いやぁ、関わってみると中々親しみやすいなと」
「その割にメイドに泣かれましたが?」
それもかなり懇願気味に。マーヤとは結構長い付き合いだと思っていたのですが。
これでも割とショックだったのですよ。
あ、スライム、次は飛んできたのをそのまま取ってみて下さい。――弾けました。まだだめですか。
「まぁ私はお嬢様に何を言われても、解雇になったりはしませんからな。立場が違います」
「へぇ、試してみましょうか?」
わりと真剣に検討していると、それが伝わったようで苦笑いされます。
先生の背後の地面に落ちている短剣を、土スライムに戻して触手を伸ばします。
ぺしっと弾かれました。
むう。
「そういう所はお貴族様ですね。しかし控えて頂きたい。解雇はされないでしょうが、殺されますゆえ」
「はぁ、もういいです。わたくしがどう思われようと、どうでも良い話でした」
仕事をしてくれるなら、それで良いだけですしね……。
悲しくはありませんよ……。
わたくしにはチヨ様がいますからね。
あ、スライムもいますよ。
「どうでもよくはないと思いますがね」
ほじくり返さないでくださいませ。
「本題は別にあります。昨日の話ですよ」
「ふむ、どれですかな?」
「ゴブリンを殺したことについてです」
先生が構えを解きます。
話を聞く体勢に入ったようなので、わたくしも倣います。
「わたくしは、ゴブリンを殺めることについて、確かに抵抗を感じたのです。辛いと思ったのです。これは弱さでしょうか?」
「ふむ、弱さといえばそうでしょうが、致命的というわけでもありません。そういうものは克服していくものですゆえ」
「そういうものですか」
「そういうものですな。それに今後、生きていくと、もっと難しい問題が目の前に現れます。それこそ、ゴブリンは明確な敵でありますが、敵か味方かもわからぬものを斬ることになることも」
「……そうですね」
言われなくても、それはわかります。わかりますが、しかしそれでも抵抗があるという話なのです。
慣れるしかないのでしょうか?
「お悩みくだされ。それしか言えません。時間は待ってくれません。覚悟だけはしておく事を、先達としてはオススメしておきます」
「そうですね……」
「ところで、明日また森にいきましょうか」
「今の話をしたのに、そうなりますか」
「だからこそでありますな。弱さが出たなら、その弱さを徹底的に叩く。その辛さを身をもって体験下され」
本当にこの方は、良い性格をしてらっしゃる。
わたくしの対応が少しばかり過激になったのは、この方の影響もあったのでは?
しかし外にいくのですか。それなら外にいる方々へ話を聞くのは、明日にしましょうかね。
案外、気を回して森に行くと言ってくれたのでしょうかね。
「明日は何がありますかねぇ。楽しみですね」
いや、考えすぎですね。
そして何も無いですよ。そう毎日色々あってたまりますか。……多分。




