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話を聞いてみます

 起きました。


 いつもと変わらない朝です。


 本当に、何も変わらない。


 変わったのは私の心持ちといったところですか。


 同じ朝のはずなのに、こうも印象が変わる。


 不思議なものです。


 しかし、チヨ様に色々お話して、いくぶん気分がすっきりしました。


 「話す」というのは、とても大切なことなのですね。


 またひとつ、学ぶことができました。


「マーヤ」


「はい」


 訓練用の衣服を出して貰いながら、マーヤに話しかけます。


 普通なら服はメイドに着せてもらうものですが、戦闘用の装備などは自分で着替えます。着替え自体に慣れるためと、装備のチェックのためです。


 もぞもぞと着て、武器を隠す作業をしつつ。


「ゴブリンを殺すことについて、どう思いますか?」


「はぁ、特にどうとも……」


 まあ、そうでしょうね。


 ゴブリンは畑を荒らす害獣扱いですしね。


「それが赤ちゃんでもですか?」


「そうですねぇ。実際に見ると躊躇するかもしれませんが、見たことありませんので。ただ、駆除するしかないのでは。それが冒険者たちの仕事にもなっていますし」


 そうなんですよねぇ。


 私も昨日、洞窟に入るまではそう思っていたのですから、戦闘と関係ないメイドのマーヤではそうでしょうね。


「なるほど。わかりました。ありがとう」


「あの……」


「なんです?」


 見れば、何故かマーヤが青ざめておりました。


「あの、私、なにかしたでしょうか」


「え? いいえ? 聞いてみただけですよ」


 本当にそれだけです。


「私頑張りますから!! 殺さないで下さい!! 私には子供が!」


 ええ? どうしたらそういう話になるんですか。


 彼女は今にも泣き出してしまいそうです。


「いえ、殺しませんよ? マーヤはよくやってくれていますからね」


 特にそうする理由もありませんし。実際マーヤはとてもよくやってくれています。


 気もききますし。助かっていますよ?


「本当ですか!!」


「ええ、本当ですよ。まあ今ので少し、わたくしについてどう思ってるのか聞いてみたくなりましたが」


 じっくりお話しましょう?


「あ、あの……洗濯の仕事が残っているのでこれで失礼します!!!」


 そう言って、走り去ってしまいました。


 ……もう少し落ち着いたらどうでしょう。子供もいるのでしょう?



「真顔で淡々と言われたので、ゴブリンみたいにくびり殺すぞ、と脅されたと思ったのでは?」


 あんまりなので、訓練ついでに先生に聞いてみます。


 短剣を投げてみます。

 

 しゅっしゅ。


「まさかそんな」


 短剣を取られて返されました。


「ではもう少しにこやかにしてみては?」


 返された短剣をたたき落としつつ、足下から伸ばしたスライムで回収っと。


 よしよし。良い感じですよ。


 にしてもにこやかにですか。


「……特に楽しいこともないのにですか?」


 笑うってとても疲れるんですが。


「人当たりというのは大事ですよ。人間第一印象ですからね」


「そういうものですか。身なりは気にしたりしますが……」


 例えば昨日の身なりのなってない方々ですが。


 そうだ、今度彼らの身なりも整えてあげましょう。


「まぁ、お嬢様がにこやかにされたら、屋敷中がパニックになる可能性がありますからね。そのままでも良いかもしれませんね」


 なんですかそれは。


 私が普段どんな顔をしていると。


「言いますね。しかしまあ、疲れそうですしねぇ。ううん」


 にこやかにした方がいいと言うなら、試してみますか?


 しかし、それだけでパニックになるってなんですか。いつもの軽口ですか? それとも本当のアドバイスですか? これはどちらでしょう。


「ははははは」


「なんで笑いますか」


「普通、貴族のお嬢様というのは『なんで私がメイドに合わせて笑わなければいけないんだ』とか言いそうなものですよ。お嬢様は第一印象こそ貴族のご令嬢という感じですが、やはりなかなか変わってらっしゃる」


「変わっているかどうかはよくわかりませんが、まあいいです。しかし”やはり”というのはどういうことですか」


 やはりからかってますか?


「い、いやぁ、関わってみると中々親しみやすいなと」


「その割にメイドに泣かれましたが?」


 それもかなり懇願気味に。マーヤとは結構長い付き合いだと思っていたのですが。


 これでも割とショックだったのですよ。


 あ、スライム、次は飛んできたのをそのまま取ってみて下さい。――弾けました。まだだめですか。


「まぁ私はお嬢様に何を言われても、解雇になったりはしませんからな。立場が違います」


「へぇ、試してみましょうか?」


 わりと真剣に検討していると、それが伝わったようで苦笑いされます。


 先生の背後の地面に落ちている短剣を、土スライムに戻して触手を伸ばします。


 ぺしっと弾かれました。


 むう。


「そういう所はお貴族様(・・・・)ですね。しかし控えて頂きたい。解雇はされないでしょうが、殺されますゆえ」


「はぁ、もういいです。わたくしがどう思われようと、どうでも良い話でした」


 仕事をしてくれるなら、それで良いだけですしね……。


 悲しくはありませんよ……。


 わたくしにはチヨ様がいますからね。


 あ、スライムもいますよ。


「どうでもよくはないと思いますがね」


 ほじくり返さないでくださいませ。


「本題は別にあります。昨日の話ですよ」


「ふむ、どれですかな?」


「ゴブリンを殺したことについてです」


 先生が構えを解きます。


 話を聞く体勢に入ったようなので、わたくしも倣います。


「わたくしは、ゴブリンを殺めることについて、確かに抵抗を感じたのです。辛いと思ったのです。これは弱さでしょうか?」


「ふむ、弱さといえばそうでしょうが、致命的というわけでもありません。そういうものは克服していくものですゆえ」


「そういうものですか」


「そういうものですな。それに今後、生きていくと、もっと難しい問題が目の前に現れます。それこそ、ゴブリンは明確な敵でありますが、敵か味方かもわからぬものを斬ることになることも」


「……そうですね」


 言われなくても、それはわかります。わかりますが、しかしそれでも抵抗があるという話なのです。


 慣れるしかないのでしょうか?


「お悩みくだされ。それしか言えません。時間は待ってくれません。覚悟だけはしておく事を、先達としてはオススメしておきます」


「そうですね……」


「ところで、明日また森にいきましょうか」


「今の話をしたのに、そうなりますか」


「だからこそでありますな。弱さが出たなら、その弱さを徹底的に叩く。その辛さを身をもって体験下され」


 本当にこの方は、良い性格をしてらっしゃる。


 わたくしの対応が少しばかり過激になったのは、この方の影響もあったのでは?


 しかし外にいくのですか。それなら外にいる方々へ話を聞くのは、明日にしましょうかね。


 案外、気を回して森に行くと言ってくれたのでしょうかね。


「明日は何がありますかねぇ。楽しみですね」


 いや、考えすぎですね。


 そして何も無いですよ。そう毎日色々あってたまりますか。……多分。

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