夢の部屋2
「概要を簡単に説明すると、主人公であるアイリスちゃんは職能<聖女>を貰った男爵令嬢よ。<聖女>は邪気を払うナンカスゴイデカイパワーよ。職能に興味を持った王子が近づいてみると、アイリスちゃんはとっても良い子!! 俺様殿様な王子はアイリスちゃんの素直でグイグイ来る性格に煽てられてメロメロね。チョロい! けど身分的には釣り合わない。そして王子にはコゼットという婚約者がいたわけね。コゼットは自分をほったらかしにした王子は気に入らないし、突然出てきて職能だけで興味を持たれるアイリスちゃんも勿論気に入らないってわけね」
「はぁ、わたくしが王子様と婚約者……」
「まぁ、色々あったんでしょ」
「色々あったのでしょうね」
テレビには鮮やかな髪でかわいらしい印象の女の人が写されています。これがアイリス様……。今ちょうどコゼットに階段で突き落とされています。
アイリス様はどうやら運動が苦手なご様子、受け身に失敗しました。あれでは森で生きられるとは思いません。
コゼットにしても、アイリス様に姿を見られております。わかりやすい証拠を残すのは勿論、辺境伯令嬢が犯行現場にいるのはあまりにもリスクが高いように思えてなりません。あまりにもあさはか。配下などはいないのでしょうか?
「ありがちな話ね!!」
「ありがち……」
「そう! テンプレって奴ね」
「てん……? あの、チヨ様は未来がわかるのですか?」
今見ている風景は未来という話です。ということは、これはもう決まったことなのでしょうか?
このような稚拙な犯罪をするのがわたくしであると?
「いいえ! わかりやすく未来と言ったけれど、正確には未来ではないわ。これは私が生きていた向こうで見た記録よ! アニメって言うの!!」
「はぁ、アニメ……」
「そうよ! 動く絵画で見る小説みたいなものよ」
確かに、テレビに映る人々は絵です。科学というのは途方もない力であると一目でわかります。絵を動かすなど、聞いたこともありません。
「万人があなたたちの痴情のもつれを面白おかしく見ていたわけよ!!!」
「はぁ、まあ、恋物語は皆さんお好きですよね」
メイドが休息中の雑談は大体、恋の話題です。平和なことです。良いことです。イスフィールド家がきちんと働いている証拠です。
「わたくしは恋物語はそんなに……」
どなたの筋肉のつき方が一番好ましいか、という話題ならわたくしも参加できるのですが。ちなみにわたくしはお父様派です。
「コゼットちゃんはそんな感じよね!! まあまだ5歳だし早いかもね」
ぷにぷにわたくしの頬をつつくチヨ様。
「で、向こうの世界で私は、この物語を見て、良いなーとか面白いなーとか、コゼットやなやつだなーとか思いながら見ていたわけね」
「確かに、このわたくしはあまり良い人には見えませんね」
毒すら盛ろうとする悪女っぷりです。なんと悪辣。なんと短絡的。
あ、盛った。
「今のコゼットちゃんはとっても良い子だよ!! ちゅっちゅー!!」
たくさん口づけを落とされます。ええ、もう慣れました。チヨ様はこういう人なのです。少し頬に熱が籠もりますが、慣れました。
「この世界があるから向こうで物語ができたのか、向こうの世界で物語ができたからこの世界ができたのかは、わからないわ。わかるのは私は確かに向こうで生きていたってことと、コゼットちゃんはここで生きているってこと」
「わたくしが生きている……」
「うん。ここが物語の中だとして、それを確かめる術なんてないもの。別の世界と考えたほうがわかりやすい。私が見ていた物語によく似ただけの世界。なによりコゼットちゃんはとっても良い子。今のコゼットちゃんがあのコゼットになるなんて思えない」
「まあ、確かに。このコゼットになろうとは少しも思いません」
「うーん良い子良い子」
抱きしめられて、撫でられます。
「ちなみに私の好みはコゼットに付き従う執事くんよ! 毒舌でどこか諦めててクール!!」
コゼットの後ろには執事が確かに控えています。コゼットの指示を受けてアイリス様の邪魔をしようとするも、いつも最後の詰めが甘い。
「このちょっと躊躇するような表情が最高にかわいいのよね」
チヨ様はオセンベイをバリバリと豪快に食べながら、テレビに映る執事に目を細めています。
お腹がキュンキュンするそうです。
「執事くんもアイリスに惹かれているわけ。最初はコゼットの指示で隠れてアイリスの邪魔をするわけだけど、接触を重ねるにつれて情を移していっちゃうわけね」
「なるほど。アイリス様は素敵な方なのですね」
「まあそうね。良い子ね。なんたって主人公だからね!」
「なるほど。主人公ですものね」
「まあ『邪魔しろ!』だけで計画準備実行全て丸投げの上司よりも、気遣ってくれる女の子よね」
「ああ、はい。それはわかります。お父様も無能な上を持つと苦労する、誰かの下につくときは見極めろとお教えくださいました」
「うんうん。含蓄ある言葉ね。それはとっても正しいわ! 死んだら終わりよ。誇りで飯は食えないわ」
「ご飯は大事ですね」
「大事よ!! ご飯を無駄にする奴は地獄に落とすわ!! ――ねぇ?」
「は、はい!」
チヨ様が怖い笑顔でのぞき込んできます。
シチューの重圧再来です。なんと恐ろしい。薄々感じておりましたが、チヨ様は食に並々ならぬこだわりがあるようです。
わたくしは反省したのです。同じ間違いはできるだけしないようにします。心に誓ったのです。
ついに、テレビの中のコゼットが断罪されます。コゼットの罪としてはアイリス様を様々な方法で嫌がらせし、最後には殺そうとしたこと。学園に混乱をもたらしたこと。家としては、職能を偽ったこと。
職能については、どうやらお父様が何かしたようです。
職能を偽る事は、教会の教えに背く事。国に対する裏切りにもなる。とてもとても大きな罪。もはや貴族でいられることもないでしょう。
コゼットが叫んでいます。
自分が何をしたと、お前らが悪いんだと。アイリスが憎い、王子が憎い、国が憎い、全てが憎いと。生まれ持った職能だけで皆に愛されるアイリスを憎い、王子に生まれたから人の人生を左右する身分に収まる王子が憎い、そしてそれを作った国が憎いと。そしてきっと、コゼットが望まなかった職能を与えた神すらも。
全てが憎い。コゼットが望むものを何一つ与えなかった全てが憎いと。
ああ、なんと独りよがり。最後まで自分しか見えてない薄っぺらい女。
これこそ悪。どこまでもわかりやすい、悪女らしい悪女。
それでも、アイリス様はお優しい。死罪だけは避けるように進言し、誰も彼もがそれに従う。流石は聖女。清く他人のために涙を流せる淑女。
教会にまつられた愛を司る女神像のように揺るがない。
わたくしはそれに、どこか薄ら寒さのようなものを感じてしまいます。
殺されそうになっても他人に愛を注ごうとするアイリス様。超人的とも言える。芯が通っているようで、その実、血が通わぬ人形のようにも思えてしまう。
よっぽど、自分だけを見てわがままを通すコゼットの方が人らしくも思えて。
「アイリス様の想いはコゼットに届くのでしょうか」
「この物語では届かなかった。コゼットは結局、全部間違えた。アイリスちゃんは優しいだけ。一方的に優しさを投げつけるだけの砂糖菓子みたいな女の子。少しでも余裕のある人だったらそれで良かったんだろうね。だけどコゼットはそうじゃなかった。多分もうギリギリだったんだ」
「ギリギリ……」
「多分、職能を偽ったコゼットはずっとそれを抱えてた。それは彼女にとってあまりにも大きい事だった。職能を偽りながら、そうであろうと頑張った。王子の婚約者となって、未来の王妃であろうとした。小さい頃から我慢ができず、それでもどうにか外身だけは美しく着飾れた。けど中身は歪みきってボロボロ。きっと皆がコゼットに優しかった。そして誰もコゼットを分かってあげられていなかった。彼女に必要だったのはきっと理解。ただそれだけ。辛かったんでしょう。愛が欲しかったのかもしれない。けどそれは与えられて、与えられなかった。コゼットはそれに気づけなかったんだわ。そして拾えなかった」
「……」
「コゼットは王子を愛してはいなかったのかもしれないね。王子の婚約者になれば、誰かが見てくれるのかもと思ったのかも知れない。言葉を喋るアクセサリー。いつだって自分のことしか考えられない、浅はかでちっぽけな、どこにでもいるようなちょっと嫌な女の子。他人を変えるのは難しい。寄り添ってあげられた人はきっと誰もいなかったんだ。かわいそうなコゼット。そこに答えはあったのに、全ての間違いを正しく選びきった惨めな女の子」
わたくしは目を閉じます。
お父様もお母様も、そしてお兄様たちも、周りで働くメイドや執事たちも。皆、優しいです。正確には優しいとわかりました。
お父様もお母様も、基本的に表情は変わりません。けれども言葉をかけてくれます。
お兄様たちもそう。接した時間はとても少ないですが、良く見てくれていることはわかります。
館に働く方々も、話しかければ軽いお話くらいはしてくださいます。
「……このコゼットは周りを見ることができなかったのですね」
「きっとそうね。かわいそうなコゼット。あんなに嫌な奴だと思ってたのに。ここに来てみれば、あのコゼットは、かわいそうな女の子なだけという事がわかった。気に入らない奴を毒殺しようとするだけのちょっとお茶目な女の子」
「それもどうかと思いますが」
「違いないわ」
チヨ様が肩をすくめます。
結局、テレビの中のコゼットは、アイリス様を最後まで睨み付け、毒を吐くだけ吐いて退場しました。そこでなにか違う選択をすれば、また違う未来があったかもしれません。
少なくともわたくしには、そう思えてならなかったのです。