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コゼット嬢について

「娘を鍛えてやって欲しい」


 そう言われて、私はコゼット嬢の格闘術の先生となった。私を指す名はいくつかあるが……、別に私の名前はどうでも良いだろう。コゼット嬢にも私のことは単に「格闘術の先生」としか伝えていない。


 顔を合わせたコゼット嬢は、愛らしくも表情を動かさぬ、人形のような少女であった。


 透き通る瞳が、ただただ私を貫く。


 そこには、これから行われる事に、なんの気負いも、もしかすると興味すらないようであった。


 彼女の父であるエドガー様からは、ひたすら厳しくするよう伝えられていた。


 なのでそうした。


 とりあえず次の日に残らぬ程度に、ひたすらに苦痛という苦痛を味合わせてみた。


 結果はといえば、泣かないだけでなく、こちらに向かってくる気概すらある。


 私は内心驚いた。


 ならばと、倒れるまでひたすら走らせてみる。


 流石にヘトヘトでふらふらしていたが、それでも足を動かし続ける。まるで何かに突き動かされるように。


 結局、日が赤くなった頃あたりで、彼女が倒れるよりも前に、周りのメイドに泣いて止められた。


 仕方が無いので、最終的には筋力増強のために丸太を持って走らせてみたりした。


 汗も疲れもみせ、不満らしきことは呟くが、はっきりとこの理不尽なしごきを拒否するようなことはない。


 そうしてあれやこれやと試みてみた結果として、最終的に、私が根をあげた。


 コゼット・イスフィールドの心を挫くのは、きっと神にも難しい事に違いない。



 彼女の心を折ることを諦めた私は、”普通に”暗器の扱いを仕込んだ。元々、私はそちらが得意だった。


 そしてどうやら、コゼット嬢にもそちらの適正があるらしい。


 <スライム使い>という職能も含めて。


 初めはどんな職能だと思ったものだが、スライムはとても有用である。特に、スライムは誰も気にもとめないというのがすばらしい。


 ついつい格闘術の枠を超えて、最近は暗殺方面の技術も仕込み始めてしまっているが、まあ強い分には問題無いだろう。


 彼女ならば上手く使ってくれるに違いない。


 するすると学んでいく彼女へと技を仕込んでいくうちに、私は彼女という人間が少しずつわかってきた。


 第一印象と違い、コゼット嬢は中々面白い人間らしい。


 まず、かなりの負けず嫌いである。難易度の高い課題を出すと、それを達成せずには居られない。たとえ無理でも、どこまでできるかやろうとする。


 その一方で理性的でもある。


 その課題が失敗しても特に問題ないならどこまでもやるし、失敗が許されないならできそうな人にすぐ頼る柔軟性を持っている。


 どんな汚れ仕事でも、興味があればまず自分でやってみようとする。満足すれば他に任せるのは貴族らしく、そのどこかアンバランスな振る舞いが滑稽でおかしみがある。


 そして、自分にどこか興味が無いようで、自分にどれだけの価値があるのかを常に気にしている。


 特に、何に、どう役に立てるのか、という点で病的なまでの執着を見せるようだ。そこに貴族であるかどうかは関係ない。


 ある意味では貴族的であるとも言えるが、5才でそういった考えを持つのは、果たして健やかといえるのかどうか。


 まあ、あの家族を持ち、考えに触れ続けて大事に育てられれば、このような考えに至るのかもしれない。


 その家に属している私が言えた話でもないかもしれないが。


 そうわかってみれば、彼女の扱いはひどく簡単だ。


 これを習得すれば役に立つ。これは必要な訓練だ。と言えば、どんな課題も黙々とこなしてくれる。理由を聞いてくることもほぼ無い。


 一瞬不服そうに眉をひそめるが、しばらく思考に入ったあと、納得いく理由を自分で考えるようでそのまま課題に取り組んでくれる。


 なんともまあ面白いので、ちょいちょいとからかってしまう。


 からかわれているのもわかっているようで、ある程度気安くなったのもあり、不満を持てばナイフを投げてくる程度にはジャレてくれるようにもなった。


 やはり子供はこれくらいやんちゃでなくてはな、と個人的には思う。



 そんなコゼット嬢であるが、尋常では無い速度で実力をつけ、教える方としても面白い限りであるこの頃、そろそろ外に出してみたいと思うようになった。


 なので森に連れてきてみた。


 別に深い意味はない。この外出で何かを習得させる意図もない。新しい刺激というのは、何を学ぶにしても必要な事だからな。


 普通、命を奪うというのには大なり小なり抵抗感がある。それを早々に取り去る狙いはありはしたが――。


 街に出たとたんにゴロツキをしばき倒した。それもえげつない首輪までつけて。


 対応自体は特に問題無い。生半可な対応だと舐められるからだ。それにしたって、五才がやるにはあまりにも苛烈だと思うが。


 森に入っても、ゴブリンを屠る事への躊躇は一切無い。


 一人で対処させるために、姿を消して後を追うが、少しの不満を言うだけで、やはり勝手に納得して一人で歩き出してくれる。


 なんとも容易……いや、手のかからない生徒である。

 

 先生はとても嬉しい。


 最初はスライムをけしかけていたが、流石に訓練にならないので、そこはコゼット嬢本人にやらせた。


 ゴブリンと組み合っても、遠くからの投げナイフによる奇襲でも、彼女は特に感情を動かすことなく対処した。


 流石に解体は嫌がっていたが、それは純粋に手が汚れるのを避けたからだ。


 実際、スライムに溶かされるゴブリンを表情を変えずに観察していたくらいだしな。


 どこか壊れていると思わなくもないが、まあピーピー喚かれるよりも面倒がなくて良いと、教える身としては考える。


 せっかくなので、どの部分を攻撃するとより戦闘力を削げるのかを、スライムに取り込まれた皮膚のないゴブリンを指さし説明すると、コゼットはこくこくと頷いていた。



 そうして森を歩いていると、コゼットが洞穴を発見した。表にゴブリンが立っている。


 これは、ゴブリンの巣になっている可能性があるな。


 規模も不明だ。


 この街は冒険者が少ない。


 居るには居るが、森や山の脅威を取り除く冒険者が少ないのだ。


 理由は単純に稼ぎが少ないから。脅威となる魔物のレベルが低く、報酬は出せない。山や森から出てきた所で、それらは衛兵や狩人に対処できる程度なので、魔物専門の冒険者は魔の森方面へと移っていく。


 その結果、こうやって巣が作られる事があるわけだが――。


 さて、コゼット嬢はどうするか。


「あのゴブリンを音を立てずに倒せますか」


 話しかけられたので、出て答える。


「できるが、どうします?」


「巣になっていたら面倒なので、対処しようと思います」


 ふむ。


 普通なら無謀だと止めるところであるが、ゴブリンの巣程度であれば私だけでも対処できるし、最悪逃げることも可能だ。


 彼女もそう思ったからこそ、失敗した時は私を頼れる今の状況を利用し、自分で対処できるかどうか試したい、ということなのだろう。


 驕るわけでもなく、成果に目が眩むわけでもなく、もちろん、正義感に駆られるわけでもなく。

 

 ただ淡々と、自身の評価の一部にするために、目前の脅威を扱う。


 表に出ているゴブリンにしても、彼女の今の実力では音を出さずに倒すのが難しいと判断し、私にはそれができると考えて提案だろう。


 そしてそれは正しい。


 生意気とも取れるが、好き勝手に動くガキとどちらが良いかと言われれば……。


 こちらだな。


「見せてみなさい」


 さくっとゴブリンを殺し、コゼット嬢に促す。


 頷いた彼女は、手を突き出し、スライムを生み出す。


 生み出し、生み出し、生み出し……ひたすら生み出す。


 最早、茶色い水流にしか見えなくなったそれが、洞窟へと殺到していく。



「ギギィイエ!?」


「ギィイイイ!!」


「ギャギャギャ!!!」


 阿鼻叫喚の大騒ぎだ。コゼット嬢の方は茶色が切れたようで、緑のスライムを吐き出している。


 ひたすらに淡々と。



「終わりました」


「そうですか。被害は?」


「スライム5000体分くらいですかね」


「そうか……それは……甚大……なのか?」


「どうですかね? どうです?」


「ピィイイエエエエイイ」


 仮面から白スライムの形に戻ったそれが鳴く……音を出す? とりあえず反応した。


「だそうです」


「すみません、わからないんですが」


「ああ、ですよね。『まぁまぁ』だそうです」


「ふむ、そうですか……それは……」


 なんと言えば良いのだろうか? よくやった、なのか、天晴れだったとでも言えば良いと?


「まぁ、補填できたので問題ないです」


「ふむ、それは良かった。――ん? 補填()()()?」


「ええ、もう補填済です。私も少し驚いたのですが、被害分は既に補填できたようです」


「なるほど。それは」


 凄いのか? 凄いんだよな?


「凄いですな」


「ええ、凄いですね」


「……」


「……」


 もっとこう、もう少しこう、何かないのだろうか。無いのだろうな。

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