ゴブリンがいました
「初めてですので、自由に動いてみてください」
森に入ると、先生はわたくしに特に何かを指示することもなく、そう言いました。
「わかりました」
悪いところがあれば後で指摘してくれるわけですね。自分で考えろということですか。
街外の森は危険度はそこまでありませんが、魔物が定期的に湧きますので間引く必要があります。
魔物というのは空気中にただよう魔力に似たなにか、魔素によって自然発生するらしいです。不思議ですね。
今回、目的という目的もないのでてくてく歩きます。
後ろを歩くはずの先生の気配や物音がまったくしません。さすがですね。
どうやっているのでしょう。明日にでも教えて貰いましょう。
盗み見ようとしたら、いませんでした。
どうりで足音しないはずですよ。
つまり今、森で一人です。
思ったんですが、わたくしの周りの人間って、家族以外、わたくしの扱いが少々雑だと思いません?
「――ところで」
「はいなんでしょう」
声をかけると出てきて下さいました。
後ろから普通についてこればいいのでは? 手間ではありませんか?
「わたくしの対応はどうでしたか?」
先ほどの対応がどうだったか、聞きたかったのですよね。まずかったら改めようと思って、少し過剰な対応をしてしまった自覚はあります。
「先の不届き者どもですか。良かったのでは? あそこまで痛めつければ下手に恨んで数を揃えるなんて事もしてこないでしょう」
「なるほど。では今後もそうしましょう」
あまり良い育ちには思えませんでしたし。言われたように、ぞろぞろと来られても面倒なだけですね。
「中途半端に力を示すと、自分はいけるのではとか、俺ならやれるとか、そういうどうしようもない輩が次から次へと現れるものです」
「そういうものですか。――いえ、そうなのでしょうね」
少なくとも彼らについては”首輪”をしましたからね。その効果も見せましたし、問題はありませんか。
「まあ、強すぎると逆に、じゃあ力試しにと今度は本当に強い奴が絡んできますが」
「はぁ、際限はないのですね。阿呆の集まりですか」
うんざりしてきましたよ。
「強さに取り付かれた奴は、どいつもこいつも脳まで筋肉がつまってますゆえ」
「ああ、知っております。そういうのは『脳筋』というのです」
チヨ様が言っておりました。
「はは、なるほど。良い言葉です。覚えておきましょう」
「ところで、ああいう育ちの悪そうな方達は、街には多いのですか?」
マイノーなんとかがどうとか言ってましたが。
「多くはありませんが、ああいうのは居なくなる物でもありませんな。目立てば潰しますがね」
「なるほど? では、何かあれば今度挨拶しにいきましょう。その時はお供してくださいな」
あなた護衛も兼ねてますよね? か弱い少女が危険な場所にいるのですから守って下さい。
「御意に」
まぁ、何も無ければ、わたくしも面倒な行動をしなくてよくなるので良いです。
とりあえず歩き回ります。何か獲物でも居れば狩ってみるのですが。
◇
……見つかりませんね。
感づかれて逃げられてますかねぇ。
歩きつつ、裾――足下から土スライムを落としていきます。緑スライムはやらかいですからね。土スライムなら堅くなれますし、危険は無いでしょう。冒険者に捕まったとしても、ギルド経由で戻ってきますし。問題はありませんね。
道しるべにもなりますし、草木で範囲が限定されますが、監視もできますからね。
今後も知らない所に行くときなどは、この手を使いましょう。
「そうやって茶色い塊を出しながらあるいていると、まるでうん――」
声のした方向に短剣を放ちます。もちろん鋭く研いだ良い奴です。
ダンっと木に突き刺さります。
それ以上は言わせませんよ。
「言いたいことがあるなら面と向かって言いなさい。受けて立ちますよ」
帰ってくる声はありません。
完全にからかわれてますね。
「お父様に言いつけますよ」
「それは止めて頂きたいですな」
ナイフの刺さった木の後ろから、ひらひらと手が振られます。
お父様を出したらすぐこれですよ。舐められておりますね。
「私は街中でもそれをやらないように、あくまで親切心で言ったまでですよ」
「むっ」
「今後何があるかわかりませんからね、下手に隙を作る必要もありませんでしょう」
「むむっ」
「それに、少しくらいショックな言い方が、心に残って注意もしやすいでしょう」
残念ながらその通りですね。確かに傍目から見て、少しばかりはしたなかったかもしれません。
仕方がありません。裾――足下ではなく、袖、手元から出して放り捨てて行きましょう。
◇
しばらく歩き回っていると、魔物を見つけました。
ゴブリンです。
頭が大きく背が低く、緑の肌に棍棒を持っておりますね。体は貧相ですが、数は多いと聞きます。
噛まれると毒にかかり、侮ると命の危機もある危険な魔物です。
ふむ。どうしましょう。
辺りを見回しても先生はいません。自由にやれということでしょう。
スライムを放ち、辺りを探索させます。<移動>のレベルも結構あがりましたからね、中々スムーズです。
情報を集めるのは何よりも大切だとも教えられていますからね。
辺りを探り、特に危険はないと確認できたら、数匹のスライムを新たに放ちます。
次のは土スライムです。ストック多めの特別製です。
実はスライム、ストックを増やすと、スキルに補正があるだけではなく、その耐久力が上がるのです。チヨ様曰く「隠しすてーたす」だそうです。
ほら行くのですよ。
◆
ゴブリンはこの日、巣のために偵察に赴いていた。
戻れば妻と子がいる。今日も一日がんばるぞい。
食べられるキノコを見つけ、ウサギなんかも捕まえる事ができ、中々実りある一日であった。
仲間の数も多くなってきたし、そいつらの腹を満たすのには足りない。
まあ、それは餌探しの奴らがどうにかするだろう。
このゴブリンの仕事は偵察なのだから。
と、目の前に数匹のスライムが現れた。
なんだスライムか、と注意を外し、先へ進もうとしたが、そのスライムたちは何故かついてくる。
「ギギィ!!」
うざったいと思い、殴りつけたとが、硬質な感触と共に、棍棒がスライムの体に取り込まれてしまう。
「ギィ!!」
棍棒を伝ってスライムが這ってくる。
必死に棍棒を引き離そうと踏ん張るゴブリン。
ゴブリンには残念ながら手を離せば良いという所まで頭は回らない。
他のスライムも、ゴブリンの体を張ってくる。
「ギィイイー!!」
最後にゴブリンの頭に浮かんだのは、なんで、どうしてという考えだけであった。
◆
「――というゴブリンの事情があったら嫌ですね」
スライムに埋もれたゴブリンを観察しながら、なんで一体だけで動いていたのかを想像してみました。
「なんで、わざわざ口に出すんですかね」
後ろには眉をへの字に曲げた先生が立っていました。
「想像してみると、なんとも気まずくなったので誰かに聞いて貰おうかと」
「誰かって、私しかいませんよね」
「言葉って便利ですよね」
まあゴブリンにどんな事情があろうと、討伐対象なので狩りますが。
良いゴブリンは、死んだゴブリンだけですよ……。
どうやら、スライムは生きている物を<吸収>するのは少し手間がかかるみたいです。普通ならあれくらいの量は既に消えているはずなのですがね。
「耳をギルドにもっていくと、換金してくれますよ」
「何かに使うのですか?」
もしポーションなどに使うならば是非聞いておきたいです。今後絶対に飲みたくありませんので。
「いいえ。厄介者なので、駆除した数に応じて金を払っているんですよ」
「なるほど。良い仕組みですね。わたくしは要りませんが」
いくらかのお金を貰うためにゴブリンの耳を持ち歩く不快さを我慢できるかと問われると。できませんね。
ほら、わたくし、この領の姫ですので。
尊い身なのですよ。ほほほ。
「あとたまに魔石がありますよ。心臓の横あたりにあります。これも金になりますよ」
「そうですか」
そんな事を話しながら、ゴブリンが消えていくのを二人で見守っておりました。
良い経験値になります。
「ところで、この森を歩いているそもそもの理由は、格闘術の授業なのですが」
「そういえばそうでしたね」
そんな設定もありましたね
「つまり、今のところのお嬢様は0点です」
「そんな!?」
ゴブリンを簡単に倒して見せましたよ!
「格闘術の訓練なのですから、格闘してくだされ」
「そんな、はしたない……」
「ちなみに服に短剣はいくつ仕込んでおりますか?」
「今日は10本ですね」
音もならないですし、違和感なく持ち運べていると自負しておりますよ!
「恥じらう少女が10本も短剣隠し持ってるはずもないでしょう。くだらない問答は終わりにして、次からは格闘術で対処なさってください」
「ふう、わかりましたよ」
どうやら初めての外で、些か高揚していたようですね。気を引き締めなければ。




