お風呂を作りましょう
お兄様の説明で、とりあえず難民の方々は何故この仕事が必要なのかは理解できたようです。
ご飯も出ますし賃金も出ます。実際仕事はこれしかないですし、納得して貰うしかありませんね。
アントンが言っておりましたが、奴隷にするにしても、養うためにこれまたお金がかかりますし、いきなり大量に「商品化」すると値が崩れるのだそうです。そして先述したように、我が領に今のところあぶれた仕事はありません。難しいものですね。外に出すにも輸送費がかかります。
自領で発生すると労働力が損失し、他領で発生すると負担が増える。
少し時間がかかりますが、腕があれば冒険者登録をして前線へ向かえますし、最悪難民街を整理して街の拡張ですね。地味に領民が少ないのですよ、我が領は。冒険者や商人がかなりを占めていますね。
魔の森から出る資源がそれほどおいしいということでしょう。その分危険ですが。
チャンスと思うしかありませんね。
帰すというのも無いでしょうね。その経費を誰が出すのかって話ですし。まさか相手が出すとは思えません。
追い返して終わり、なんてすれば領内で野盗化するでしょうし……。つまり、来られた時点で対処はこちらの領民にする、しか選択肢がないんですよねぇ。
この街は壁で囲まれていますが、これは昔、まだ魔の森が間近だった時の名残です。少しずつ森を削っていった結果、前線は大分向こうになってますから、この街への大規模な魔物の侵攻はまず無いでしょう。壁が無くてもまぁ、問題無いでしょう。
そんな彼らの今の業務内容は、運び込まれるゴミを軽く分類して所定の場所に集めるだけですね。あとはスライムがやってくれます。生ゴミ、木材、石材が基本的な分類ですか。木材は緑が、石材は土スライムが効率よく処理できます。
生ゴミは即処理しますが、木材や石材は分解して一定期間保管します。何かに使うかも知れないからです。
実際にやるとなると、結構な労働力が必要な事が見ててわかります。
それにしても、
「汚れてますね」
「まともに体を洗うこともできないのだろう」
わたくしの小声に、お兄様が前を向いたまま答えます。
今、周りに居るのはわたくしの事を知っている方ばかりですからね、普通に喋っても特に問題ありません。
難民の方々は服がかなり汚れています。作業でもかなり汚れることになるでしょうし、汚れたまま帰らせるのは疫病を蔓延させることになりそうです。
チヨ様の言っていた「衛生概念」というものです。不潔さは病を呼び、それどころか、未知の物に変化して蔓延する可能性もあるのだとか。恐ろしい話です。
ゴミを処理することで、領民の死亡率が下がる事は記録としてあったようですが、清潔さが大事だとは思っておりませんでした。わたくしなどは「綺麗な方が気持ちがよいですよね」くらいにしか思っていなかったものです。
「井戸はありますか?」
「ああ、敷地内にある」
案内してもらえば、井戸がポツンとあります。
「元々は倉庫があったらしいが、取り壊されたらしい」
地面は土です。井戸の水も枯れてなさそうです。
「ちょうど良いですね。お風呂を作りましょう」
水でも、体を洗うことができれば清潔さはある程度保てるでしょう。
「ふむ。できるのか?」
「恐らく。目隠しをお願いします」
騎士たちに指示を出し、周囲を布で覆いました。これからの作業を見られないで済みますし、そのまま風呂の目隠しにもなります。
元々、わたくしが何かをするときのために天幕は用意しておりました。騎士たちの働きは流石ですね、あっという間に布の壁ができあがりました。
仮面になっている白スライムを外し、放り投げます。
仮面からじわじわと土スライムが分裂し、地面を覆い始めます。
「このまま、すり鉢状に穴を掘らせて、縁をスライム球で固めます。水は漏れないと思います」
正確にはすりつぶした石の粉が含まれた土スライムの粘液です。スライムの粘液は水に溶けますが、土スライムのものは溶けにくいようなのです。検証は十分ではありませんが、水捌け対策くらいには問題ないでしょう。
久々に土を思いっきり食べて良いからでしょうか。土スライムのテンションが凄いです。
うぉおおおって感じです。
「ふむ。水は井戸から補充するわけか」
「そうですね。最初は大変だと思いますが、頑張って貰いましょう」
「水が汚れたらどうする?」
「スライムが常に水を綺麗にします。問題ありません」
「ふむ、それは良いな」
何体かのスライムを常に風呂の中に放り込んでおけば良いのです。あとはスライムが水を吸って吐いてを繰り返して、綺麗にするだけです。
「ただ、これから冬が来ますからね。それまでに対策は立てないといけませんね」
今は秋の中盤といったところ。魔法を使える方を呼ぶか、それとも他の方法を考えるか……。今から考えておく必要がありますね。
「そうだな……。燃える廃材は取っておいて燃料に加工するのも業務に組み込んでおくか」
「それはようございますね。難民に優先的に割り当てるとすればやる気もでましょう」
土スライムがぐるぐる回りながら風呂を作っているのを見ながら、二人でこれからの事をつらつら考えます。
「しかし、この効率は良いな。スライムはとても役に立つ」
お兄様は飽きること無くスライムを観察しています。
「しかし他の魔物使いや魔法使いの方々も、これくらいはできるでしょう?」
「まぁ、できなくはないだろうが……。難しくもあるな」
「そうなのですか?」
「そうだな……犬や熊といった魔物は能力はあるがこのような緻密な円形の風呂は作れないであろうし、水捌けの問題には対処できない。魔法使いはそもそも魔力が足りず時間がかかるだろうな」
「そういうものなのですね……」
汎用性の高さ、という意味では確かにスライムは色々できはしますが。風呂を作ってるだけですからね。
本当もっとこう、大それた事がしてみたいものです。月並みですがね。
「そういうものだ。まぁ、便利なのは良いことだ。スライムには私も可能性を感じている。今後を楽しみにしている」
「はい。ここの働きは直接スライムの有用性を見せることになりますからね。わたくしも頑張ろうと思います」




