お戯れが過ぎます
「ついにこの時が来たねコゼットちゃん!!」
白い部屋にて、チヨ様が腕を組んで立った状態でわたくしを迎えました。
「外出の話ですか」
「そうだよ!!」
「まぁ、楽しみではありますが」
そこまで意気込むほどではない、というのが正直な所です。ゴミ処理場の見学ですからね。
他に、特にどこか行くという予定もありません。
「甘いねコゼットちゃん!! この生チョコよりも甘いわ!!」
いつものように口元に突きつけられ、半ば条件反射で食べてしまいます。
「ふぉあ……」
舌の温度でとけるというのでしょうか。あまりにも上品で豪華な香りと甘さが口の中に広がります。
「くくく……ここでミルクだ……」
そして渡されるホットミルク。これまた濃厚で、すぐに高級品だとわかります。そして、不思議なことにミルクでさらに生チョコとやらが広がるのです……。
「ここが天国なのですね……」
そしてチョコには生があるのですね。木の実か、もしやもすると何かの肉か内臓ということもあるのでしょうか。わたくしたちの世界にもあるのでしょうか。
是非とも手に入れたいものですね。これは傾国の味ですよ……。
◇
「わたくしがとても甘いというのはよくわかりましたが、具体的にどう甘いのでしょうか?」
「外は危険がいっぱいなんだよ、コゼットちゃん!!」
「え、はぁ、まぁ。危険ではあるというのはわかりますが」
とはいえ、自分の領なんですけどね。流石に自分たちのお膝元でそこまで危険があるとも思えないのですが。
明日はお兄様もおりますし、格闘術の先生も、護衛も一緒です。スケジュールも既に組まれており、早々予想外の事も起きないと思うのですが。
「そう言って攫われたり、変な道具屋でよくわからないアイテムを買って呪われたり、階級詐欺の冒険者に絡まれたりするんだよ!!」
「物騒すぎませんか?」
チヨ様の中で我が領はどういう扱いなのでしょう。流石にそこまで破滅的ではないつもりです。
若干ムッとしてチヨ様を見ますが、チヨ様は真面目な顔でどこ吹く風といった様子です。
「こういうものは、理屈じゃないんだよ」
「はぁ、そうなんですか」
あ、これは止まらない時のチヨ様ですね。
最近わかってきましたが、こうなったチヨ様は基本的に何を言っても無駄です。満足するのを待つのに限ります。
「コゼットちゃんはとってもかわいい!」
「はぁ……ありがとうございます?」
「そんなかわいいコゼットちゃんを野に放ったら、狼の群れに飛び込んだ羊!!」
「なんとまぁ、悲惨な未来しかありませんね」
「そういうことだよ!!」
どういうことですか。
なんとまぁ、得意気な顔ですね。
「そんなわけで、ぼうはんぐっず~~~!!」
ごそごそと色々取り出すチヨ様。
「なんですその声は」
そしてどうやって出したんですか。
「タスケテチヨエモ~ン」
スライムまでなんですか。さてはあなたも絡んでいますね。
それに、あなた誰かに泣きつく玉じゃないでしょうに。
「まずこれね、スライムを使った仮面。定期的に模様を変えて人相をわからなくするのよ。スライムくんに外でも試して貰ったから、問題無く使えるよ!!!!」
「仮面の時点で人相はわかりませんし、模様が変わったとて『変な仮面を被った人』ということで逆に特定が容易になるのでは」
そしてわかりました。つまり、危ない云々は建前で、これらの道具を見せたかっただけですね、これは。
「スライム変声機!! リボン型で裏のダイヤルを回すとその声に変わる……予定!! 今のところはスライムボイスのみ!!」
「スライムですからね。まぁ、少なくとも普通の少女とは思わないでしょうね。とてつもなく怪しい何かとは思われそうです」
「スライムキック力増強ブーツ!! これでサッカーボールが殺人兵器に変わるの! 相手は爆発四散するわ! 今のところ反動を制御できないから装着者も吹っ飛ぶけど」
「さっかーぼーるとはなんですか? 蹴りが届く場所にいる時点で防犯にはなっていないのでは」
「……むぅ」
「あ」
チヨ様が頬を膨らませております。
あまりにもツッコミどころがありすぎてついつい口を挟んでしまいました。
「コゼットちゃん。ここは『流石です!!! さすチヨ!!』って褒める場面なの! これはね、お決まりって奴なの!! 話が進まないんだよ!! 会話とイチャイチャで物語がちっとも進まないラノベのごとく!!」
「は、はぁ。サスチヨ」
よくわからない怒り方をするチヨ様。とりあえず言われたとおりにします。
「罰としてこちょこちょします」
すん、といつものテンションに戻ったチヨ様がそんなことを言いました。
「え? やめてくだ、早っ」
いつの間にか近づいたチヨ様に簡単に抱きかかえられています。
これでも格闘術を習っているのですが!?
「ククク、この部屋では常識を捨てるのが最初の”壁”なのよ」
「なんですかそれは! 人の中で好き勝手が過ぎます!!」
そもそも私の中だと言うならなんで私に優位性がないのですか!! なんでそんなことできるんですか!
「アルジハコノナカデサイジャク……」
「造反ですか!! 受けて立ちますよスライム!!」
「ヤメテクダサイシンデシマイマス」
「そうでしょうね!」
最弱はあなたですよ! わきまえなさいな!!
「ツギノスライムハ、キットウマクヤルデショウ」
「次はもう少し素直なスライムにしてもらえると嬉しいですね!」
あなた死ぬ事、基本的にないんでしょう? さくっと変わってもらえませんかね!
「ふふふ、コゼットちゃん、スライムを気にしていて良いのかな?」
「ハッ!?」
そうでした。今、私は自身の生殺与奪をチヨ様に預けているようなもの。
「さ、さすちよ!! さすちよ!!」
何がどう流石なのかわかりませんが、このままでは非常にマズい気がします。抜け出さなくては。
「もう遅いんだよねぇ。それ! それそれ!!」
「あっ、おやめください! そこは」
「はははー!!」
「あっぅんっ」
「はは・・・」
「ああっ」
「ハァハァ」
「やめってくださいませっ」
「なんだか変な気持ちになってきた!」
「い、いい加減に……」
「コゼットちゃーん!!」
「してくださいまし!!」
「ヘブッ」
勢いが緩んだ瞬間に繰り出した拳が、今までにない程、見事チヨ様の顎を捉えました。
◇
「流石にチヨ様相手とはいえ、怒りますよ」
「はい、すいません。とてもやわらかかったです」
「反省してます?」
「勿論!!!」
ビシっと手をあげるチヨ様。
「オコラレテヤンノー」
あなたはクッキー抜きですよ。このダメスライム。
「ソンナッ」
むしろなんでもらえると思えるんですか。やっぱり”次”になります? 私、自分で言うのもなんですけれども、割と容赦のない方だと自負しておりますよ。
「チュ、チュウセイヲチカウノデ」
そんな安い忠誠は要りませんね。
クッキーですぐに買収されそうです。いえ、されるでしょうね。このスライムなら。
「はぁ、もう良いです。で、どんな物を考えたんですか。見せてくださいませ」
「お、怒らない?」
「最初から怒っておりませんよ」
わたくしのために考えて下さったのは事実でしょうけれどね。結果として戯れみたいな物ができただけで。
「色々考えてくださったんでしょう? 使えるかどうかは実際試してみませんと」
わたくしもスライムを使って色々と試している途中ですからね。成功することもあるし、失敗することもあると知っています。1つ1つの失敗を気にしていては、先に進めなくなってしまいます。
それに、先ほど色々言いましたが、チヨ様の発想から来る道具というのは、まあなんとも奇抜というか、未知のものです。
わたくしには思いもつかない物ばかり。見ないという選択肢はありませんね。
「じゃあね、これはスライム毒霧、激辛成分を抽出したスライム球を口にかくして、使うときに破って相手に吹きかける。欠点は自分も辛いこと。次にこれは――」
そして出るわ出るわ、不思議な道具たち。
そして何故か、どれもこれもよくわからない欠点がついています。どうしてこうも最終評価が微妙なものばかり……。
これなんて使った瞬間手が吹き飛びますよ? 反省してくださいませ。なんですか、リトルフラワーって。洒落が効き過ぎて皮肉がすぎます。これはボツです。
残念そうな顔はやめてくださいませ。私が悪いみたいじゃないですか。……わかりました、保留です。永遠にですが。
パイルバンカー? だから腕がですね。どうしてもわたくしの腕を吹き飛ばしたい欲求でもあるのですか? 受け止められませんよ、そのような歪んだ欲求。
チヨ様はわたくしをどうしたいのですか?
裏でスライムと色々やっていたのでしょうね。その悪巧みの結果というわけですか。
まぁ良いです。実際にはわたくしが使うのですから、良いように調節してしまいましょう。




