表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

21/38

人を使うということ

 さて、スライムによるゴミ処理の案件を請け負ったヘニングお兄様ですが、その仕事は迅速で正確。毎日上げられる報告と要請に、わたくしは現状を把握するので精一杯という有様でした。


 まず、お兄様は現場の掌握に努めたようです。


 現場を守る衛兵を集め、スライムの活用方法の説明。その重要性を説きつつ、半信半疑の兵たちに自らゴミを与えてその処理速度を見せ、浮いた予算の使い道の中に軍事費も含まれると話したようです。


 回り回って彼らの生活をよくすると理解を求めたわけですね。


 実験的な試みではあるけれども、失敗することはほとんど無く、領主の期待度も高いと責任者の緊張感をほどよく煽るのも忘れない。


 さすがはヘニングお兄様、というべきなのでしょうね。


 上に立つものとして、既に人の動かし方というものをよくよくわかっているのでしょう。


 わたくしには無理ですね。


 次にスライムの処理速度を見つつ、実際にゴミ処理となります。


 またここがとてもお上手です。


 まずは既存のゴミ搬送に従事していた方々の仕事を奪わぬ程度に輸送先を街外と処理場とに分ける。元々このゴミの搬送は過負荷気味であったこともあって、特に混乱も無く受け入れられたようです。


 若干余裕ができたところで、その余裕分をわたくしのスライムの搬送作業に割り当て。


 わたくしのスライムも日々増えておりますので、こちらから派遣する数と、現場で増える数を調整しつつ、お兄様が現場でスライムの数を判断。


 街から出るゴミと処理能力がほどよく均衡したところで、元々のゴミ搬送に従事していた方々は、そのまま処理場での作業員か、街のゴミを集めて回る収集員として取り込み。


 未だ街外へと出される糞尿はありますから、そちらの搬送に割り当てもありました。


 また、その糞尿にしても、今までは生ゴミと一緒に搬送しており獣を寄せる可能性があったため森に捨てていましたが、今後処理できるようになる可能性があるため、街からほどよく離れた範囲を指定し、そこに集めるようにしたようです。


 土スライムで穴を掘っても良いのですが、まだそこまでスライムが有用だとは知らせる予定はないので、人の手で穴を掘っているそうです。


 最終的に搬送員の安全も確保されて、街の負荷が全体的に下がったと報告がありました。


 良いことです。


 稼働するスライムもかなりの数になるため、一度では運びきれませんから、ほぼ一日中わたくしのスライムが屋敷と処理場を行き来している状況ですね。結果的に仕事にあぶれた人はおりません。


 既存の仕事に従事している方への配慮はとても重要ですからね。理解はできていますが、そこをどう折り合いつけるのか、という実例を見たのは初めてです。


 また、お兄様はお父様にも掛け合い、ゴミを街中で放置した方へ罰金が出るようにもしたようです。罰金の方は話が広がるまで、今少し時間がかかると思いますが、誰も臭い中にはいたくないでしょうからね。浸透するでしょう。


 順調に事は推移しているようです。


 トラブルらしいトラブルといえば、処理場からスライムが盗まれ冒険者ギルドに運び込まれ、現金化しようとした方がいたようですね。


 まぁ、事が発覚する前に、当スライムは盗人の袋やら装備やらを溶かして脱出しのんびり処理場に戻りましたが。


 面白い事に、わたくしはその一部始終を屋敷で把握しておりました。<テイム>の力は問題無く、街中にいるスライムたちを補足できるようですね。


 どのあたりにいるかとか、どういう状況にいるのか、感覚的にわかるというのか。まあ不思議な感覚ですね。


 意識を集中すれば、そのスライムの周囲を詳細に把握することも可能です。


 まあ、今のところあまり利用することもありません。


 スライムたち自身、頭が良いですからね。何かあれば向こうから教えてくれます。それまでは基本的に任せています。


 そういうわけで、街のゴミ処理案件は私の手がほとんど入ることもなく、順調に稼働を始めたのでした。



「難民を使おうと思うが良いだろうか?」


 いつものように意味も無くスライムを整列させて、ナイフやら土球なんかを投げさせているのを呆けて見ていると、お兄様が来てわたくしにそう言いました。


「難民?」


「ああ、難民というのは、領や敵国から逃れてきた――」


「あ、いえ、難民という言葉の意味は知っています。いるのですか? 難民が、この街に?」


 お兄様がわざわざ声をかけてくるということは、処理場の件でしょう。元々適当に山に捨ててただけですからね、そこに勤める人が足りませんか。


 しかし難民というのは驚きました。我が王国は今のところ戦争状態にはありません。帝国との緊張状態ではありますが。


 我が領のどこかの街や村に何かあったという話も聞きません。いつものように誰がどの魔物を倒しただの、効率よくゴブリンを狩れるのは弓か槍かといった話しかありません。平和なものです。


 平和が一番ですね。


「む、すまない。流石に難民自体は知っているな。馬鹿にしたつもりはなかった」


 まぁ、わたくし五歳児ですからね。それを言ったらお兄様は七歳児ですが。


「まぁ、そうだな。難民がこの街にいる。正確に言えばいないのだが、事実としてはいる」


 謎かけ、ということではありませんよね。


 ということはつまり。


「政治の話ですか」


「そうだ、政治の話だ。我々が一番苦手とする、な」


 お兄様がその整ったお顔をほんの少しだけ歪めます。きっとわたくしも同じ程度歪めていることでしょう。


「なんとまぁ、めんどうなこと」


「貴族として、そのそんなことを言うものではない、と叱るべきところであるが、同意だ」


 ええ、そうでしょう。


 我が領の人間関係はある意味、とてもシンプルです。


 役に立つか、否か。


 役に立つなら重用します。そうでないなら、いつの間にか消えています。


 物理的に消すわけではありませんよ? 役に立たない人に割ける時間を、わたくしたちは持ち合わせていないのです。


 お喋りに費やす時間があるほど、裕福ではありませんからね。


 特にこの考え方は領の上位者であるほど強く、わたくしたち家族に近い人ほど無駄な話を嫌い、無口になる傾向があります。わたくしもどちらかというと、その傾向がありますね。ヘニング兄様も、お父様も、あら、お母様も。


 ほぼ家族全員ですね。


 もう一人の上のお兄様はどうだったでしょうか。何分、しばらく会っておらず、おぼろげです。


 とても明るい方だったように記憶しています。まぁ、その内お会いするでしょう。


 便りは来ますからね。


 箱で。


 分析と解釈と判断の結果、要約すると元気でやっているそうです。


 少なくともわたくしを嫌ってはいないはずです。


 まぁ、つまり結果として、有用な人だけが残ります。


 素敵ですね?


 煩わしさがありませんので、この考え方、わたくしはとても好ましく思いますよ。


 まあ、だからこそ<スライム使い>という職能を貰った時、存外に心を乱してしまったわけですが。


 これもまた過ぎた話ですね。


「難民は隣のザイフリート領から来たといっている」


「……帝国と接しておりますよね?」


 ザイフリート領はわたくしたちの領と同じく、辺境伯領となっています。帝国へ睨みをきかせ、王国の盾となることを役割としている領ですね。


「そうだな。どうやら軍の維持のために徴収が頻繁にあるらしく、逃げてくる者が後を絶たない」


「マジですか」


「――まじ……とは?」


「ああいえ。こほん、そうなのですか」


 驚き過ぎててチヨ様の言葉が出てきてしまいましたね。なんとなく耳に残る言葉が多いのです。危ないですね。


「まぁ、他領の政策にとやかく言うつもりもないが、実際にこうして実害が出ていてはな」


「危ういのではないでしょうか?」


「さてな。知らんよ。知らん知らん。わかっているのは、どこからともなく人が湧き出て、それは我が領の民ではない。それを無償で養えるほど我らの胃袋は大きくもない。全てお父様にお任せすることにする」


 放り投げましたね、お兄様。


 では私もそれに倣うことにしましょう。


 そしてきっとお父様も棚上げするのでしょう。いや、しているのでしょうね。


「にしても、飢餓や疫病や戦争でもないのに難民が出るとは……なんとまぁ」


「コゼットの言いたいことはわかる」


 ため息しか出ませんね。


 民とは極端な話、労働力という名の資源です。実用に足るまで約10年はかかります。戯れに減らして良いものではありません。


 それを数字として考え、計算を繰り返すのが我々貴族の仕事です。


 労働力があるからこそ、食料ができ、兵力が確保でき、領の治安が維持できるのです。


 我が領ではそれを維持するために、今まさに金をかけてゴミを処理しているほどです。


 そんな貴重な人的資源を、自ら削るとは……。


 にわかには考えられません。


 口から思わず「マジ」と出てしまう程には考えられませんね。


 それとも、他の領ではそれがまかり通る世界なのだとでも言うのでしょうか。


「もしや、この領の外では、人の子は1年も経てば大人になるとは言いませんよね」


 それくらいしかもう、わたくしには思いつきませんね。きっと凄い職能かスキルをお持ちの方がおられるのでしょう。


「それは本当に人か? それが真だと言うなら、私は恐ろしすぎて領の外になど絶対に出たくないぞ。魔の森よりも魔境に違いない」


 お兄様が真顔で言ってきます。


「――答えが出ない話ほど無駄なものはないな。話を戻そう。その難民たちを使おうと思う。当初は奴隷を使おうと思ったが、そこに働きたいと言っている者がいるなら使うべきだろう」


「道理ですね」


「その難民たちだが、政治上の非常に面倒くさいあれやこれやで実在しないことになっている。なので、我々としては基本的に無視せざるを得ない」


 まぁ、そうでしょうね。お隣に抗議したとして、難民が出ていることを認めないでしょうし、受け入れたらそれはそれでまた長々としたやりとりが行われるのでしょう。


 その結果が放置というわけですね。


 本当にもう、めんどうくさいことこの上ない。


「しかし、私は労働力を欲しており、彼らも仕事を欲している。民にするのは難しいが、自由民や奴隷扱いで使う事はできるだろう。時間が経てばうやむやにすることもできる」


「なるほど。基本的にはこれまで村や町で生活していた実績はあるでしょうし、問題はなさそうですね」


 ここでいう自由民は家を持たない冒険者、奴隷は自身に価値をつけてその価値分働く労働奴隷ですね。出稼ぎのような扱いにするわけですか。


 我が領は基本的に武力至上主義ですからね。それも領民の。難民が入り込むことによって治安が致命的に悪くなることもないでしょう。


「よろしいのではないでしょうか?」


「うむ。私も問題はないと判断した。そして処理場が実際に動き始めて少し経った所だし、これを機会にコゼットも一度現場を見に来てはどうかと思ったのだ。難民を使うことについても、現場をみないと判断つかないこともあろう」


 なるほど、本題はそこですか。


 わたくしはスライムを通じてある程度の現状は把握しております。


 しかし自分で見るのはまた違いますしね。


 それに、外へは単純に出たいです。行き先がゴミの山だとしてもです。


「それではお兄様、エスコートをよろしくお願いいたしますわ」


 さてはて、どんな感じなんでしょう。楽しみですね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ