ようやく落ち着きましたが
一週間ほど経ちました。
その間、特になにもありませんでした。
平和なものです。
今までが色々ありすぎただけなのです。
諸々が落ち着いた感じですね。
畑の雑草処理はとりあえずの成功を収めました。
スライムの能力も上がった結果、目に見える速度で雑草が処理できるのです。
わたくしが担当する畑は美しくも整然としたものです。
一切土に手を触れずに、この光景を作り出せるのです。
最早わたくしは草むしりを制した、といっても過言ではありませんね。
……だからといって貴族令嬢としては、あまりにも風評に悪いので自分から言って回るような事はしませんが。
さて、実証はできましたが、これを敷地にある畑全てで実施するのは今のところ保留です。
庭師の仕事が減り、お給金に響くからですね。
庭師は雑草や土の状態からも畑や植木、花々の健康状態を推し量るのだそうです。
草木を育てるのはかくも難しく、労力がいるのかと感心するばかりです。
庭を今日も美しく維持する庭師たちには感謝ですね。
なんでも便利にすればいい、というわけではないというのも知りましたよ。
難しいものですね。物事はバランスなのだそうです。
街の農家に向けて実施するのにしても、これもまた、今の所は保留です。
わたくしがスライムを使役できることは勿論、完璧に制御できる存在がいるのを秘密にしなければならないからです。
このあたりは政治の話ですね。
というわけで、わたくしは依然として微妙な立ち位置の籠の鳥というわけです。
自分で言っていて少し笑ってしまいますが。
スライムの総数としては1000を超えました。
多いと見るか、まだまだと見るか。
桁が大きくなってきたので細かい数字はもう省略しております。
ストックの分配も白に任せていますね。
スライムの総数が増えてきたことで、スライムたちの思考能力もかなり上がってきました。
スキルの管理なども方針だけを伝えて、あとは任せております。
スキルは全体的な強化が行われ、特に<吸収>は目に見えて速度が出るようになりました。
その分手持ち無沙汰になったスライム達にやらせることが無くなってきています。
緑は<光合成>がありますから、増やすなり経験値にするなりできるのですが。
白と茶がですね。暇な時間にできることがありません。
とりあえずはナイフや土の弾を投げさせたりしています。
わたくし自身が成長して、格闘術の先生やお父様から外出の許可でも出れば、またできることの幅は広がると思うのですけれどね。
訓練や講義については、特に言及することはありませんね。一週間で特に何かが成長するということはないです。
魔法? ふふふ、まだ「えい、えい」していますよ……。わたくし、本当に才能あるんですかね。やはりダメな子なのではないでしょうか。
「コゼット、少し良いか」
「ヘニングお兄様」
スライムから、ぽいぽいとナイフや土の塊が放り出される様子を呆けて眺めているところを、しっかりとヘニングお兄様に見られてしまいましたね。
お母様譲りの端正なお顔に赤みがさしているところから、気まずく思いながらもお声がけしてくださったのでしょう。
「少し呆けておりました。お恥ずかしいところをお見せしてしまい、申しわけありません」
「いや、こちらこそ。あまりにも絵になっていて、不躾にも見とれてしまった」
まぁ、なんとも。ヘニングお兄様もかような世辞が言えるのですね。淑女として扱われるのは悪い気はしません。
……ん?
今の状況を傍目から見ると、スライムと玉遊びに戯れる童女といった感じでは?
なんとまぁ、それはそれは、微笑ましくも絵になる光景でしょう。
「ヘニングお兄様のお目を楽しませられたのなら、なによりですわ。いくらでも見ていってくださいまし」
減るものでもありませんからね。ここで怒って見せるのも何か違う気がしますし、童女なのは変わりありません。
好きなだけ見ていってくださいと、余裕を見せるのが貴族令嬢というものでしょう。
多分。
「いや。また今度にしておこう。時間を忘れて明日が来てしまうからな。最近、コゼットは特に頑張っていると聞いている。今後の事でも考えているのであろうと、声をかけるのもはばかられたが、どうしても今のうちに言っておかなければならないことがあった」
兵力の強化と統率の訓練か、流石だ、などと玉投げ遊びをしているスライムたちを見てヘニングお兄様は頷かれています。
あまりにも真面目に評さないで下さい。
これは何も思いつかない結果の、戯れ以外の何物でもありません。
「いいえ、わたくしなどはまだまだです。それに、今は本当に呆けていたのです。――それで、お話とはなんでしょう」
「ふむ。そういうことにしておこう」
そういうことにしなくても良いです。
「コゼットのスライムを使ったゴミ処理の件だが、私が主導することになった」
「ヘニングお兄様がですか」
「お父様達はご多忙だからな、経験を積むのにも、失敗の恐れがなく街民に存在を示せる今回の件は渡りに船だったというわけだ」
「なるほど。今回のお話はわたくしのスライムの実働試験も兼ねてますからね。どうしてもわたくしに直接話が通らないといけません。そうなると管理する方は、わたくしに近しい方にする必要がありましたか」
そこまで考えが及んでいませんでしたね。わたくしという存在を、職能込みで把握している方が主導する必要があるわけですか。
今回はお父様たちが案を用意して、わたくしはそこにスライムを提供するという形で組み込まれました。今後自分から何かを発案するならそこまで考えておく必要があるわけですね。
「そういう事だ。対外的には、今回の功績は私のものとなるだろう。コゼットの立場からは仕方がないとはいえ、断りは入れておかなければと思ってな」
そう言いながらヘニングお兄様が頭を下げられます。
「お気になさらないで下さいまし。領のためです。わたくしの事は存分に使い潰しくださいませ」
この働きの如何によってはスライムの評価も変わりましょう。わたくしが前に出ては、上手くいくものも上手くいかないことになりそうですからね。
ヘニングお兄様ならば上手くやって下さいますでしょう。
そのためならば、わたくしが手足として上手く動く必要があるでしょうね。
「……どうやらお前は自己犠牲が過ぎるようだ。欲を持てとまでは言わないが。献身も過ぎると身を滅ぼすぞ」
ヘニングお兄様は少し表情を険しくさせます。
どうやら少し言葉が過ぎたようです。お気になさらず、好きにして下さいませと言ったつもりなんですが。
「ご忠告痛み入ります。ただ、わたくしもわたくしなりに、自分をかわいく思っております。保身の術は磨いておくつもりです。今回の件はお兄様のお好きなようになさって下さいませ。わたくしはスライムの価値が示せれば十分ですので」
自分がかわいくなかったら、必死にスライムの活用法や勉学、格闘術に真剣になりませんからね。
わたくしが慌てて頭を下げると、ヘニングお兄様はため息をついて肩をすくめます。
「そういうことにしておこう。今回は借りということにする。精々上手く取り仕切ってお前に返すとしよう」
「い、いえ、ほどほどでよろしいのですよ?」
何故かヘニングお兄様のやる気に火がついてしまったようです。
なんとなくわかりました。
ヘニングお兄様は冗談が通じないタイプの人間です。
今のわたくしには、そのやる気が暴走しないことを祈ることしかできません。
わたくしの知らない間に、手に負えないほどに物事が大きくならない事を祈るばかりです。