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新事変―初瀬登のいちばん長い夏  作者: 居木井 丈晴
第1章 開戦
8/8

7月10日——首都が炎上した夜

 ミサイル第1撃で、街全体が停電していた。信号機さえ動いていない。交通が混乱し、交差点で車が立ち往生していた。

 都営団地と登の家は路面電車の駅で3つ離れている。義母とあの娘がいるとはいえ、ともかく、今は帰らなければならなかった。

 愛情というより、男としての義務感だった。

 走りながら、のぼるは計算を続けた。第1撃が的確に変電所を狙ったとすると、当然、官庁街などの重要ポイントも狙われている。問題は十字台だ。ここには国防隊の補給司令部がある。攻撃対象になってもおかしくない。


 「逃げろ!」という声が口々に聞こえる。だが、誰もどこへ逃げろとは教えてくれない。真っ黒な街路の中で、車のヘッドランプだけが光っている。逃げまどう群衆の顔が、ヘッドランプに照らされて、またすぐに消えた。警官たちも「群衆の数が多すぎます。避難場所などの指示を願います。警察署《PS》、応答願います」と、応答のない無線機に指示を求めている。


せろー!」

 誰かが叫んだ。「伏せろ」「伏せて」という複数の声が波状に重なった。彗星すいせいのように青白い光が、夜空を一瞬横切った。そして数秒後に花火のような破裂音。建物や街路樹の陰で、何も見えないが、空の一部が赤く染まった。

 悲鳴が、あたりにこだました。

登は、路面電車の線路沿いに走った。自宅の玄関に走り込んだとき、ようやく空気が湿しめっぽいことに気づいた。よく見ると、小雨が玄関や壁にまとわりついている。

明かりの消えたリビングに駆け込んだ時、登は一瞬立ちすくんだ。

テーブルの下で、義母がうずくまっていた。

「怖い……」

室内よりも外の方がぼんやりと明るかった。

白い光が一瞬横切った。そして、また爆発音と震動。

 そんな中、あの娘が、窓辺に立っていた。

留加るかの光よ……」

 祈りを捧げるような静かな声。

 鳥肌が立った。

「誰だ、お前……」咄嗟にそう言っていた。

あの娘は、登の方を少し見た。

「私は、留加めぐみ」

 登は苛立いらだった。

「どうせ、偽名だろ」

 外でオレンジ色の閃光が走った。大音響とともに家屋全体が軋んだ。

「きゃー!」義母の悲鳴がこだました。登も立っていられなくなり、テーブルにすがりついた。

「十字台高校に着弾した……」

 留加めぐみが、そう言った。

 登は思わず掴みかかろうとした。だが彼女は蝶のようにひらりと、それをかわした。

 床に膝をついた登が、目を血走らせた。

「誰なんだ!」

「私の名は邦城くにしろ小礼これい。留加国最高指導者、邦城雄一郎の孫娘」

(え?)

 登は呆然とした。だがすぐに我に返った。

「お前……お前、お前」

 異常事態の中、思考が空転する。

「どう思ってるんだ?」

 やっと出て来たのは、それだけだった。

「どうって?」

「お前らのせいで、こんなことになってるんだぞ!」

 娘はふーんと鼻を鳴らした。

「あなたの親父は、罪なき留加るかたみ殺戮さつりくしている。そもそも、あなたたちは留加の民がどれぐらい死んでいるのかさえ、知らない」

 今の登には、返す言葉が出てこなかった。ただ、睨むだけである。

 だから、小礼は歯牙しがにもかけなかった。

 そしてこの夜、東京都立十字台高校は炎上した。


政府軍戦死者【246名】戦傷者【492名】

留加人民被害数:不明


挿絵(By みてみん)



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