バラエティ番組とJアラート
揚げたてのとんかつの上に、ウスターソースをささっとかける。ついでに添えられたキャベツの上にもたっぷりかけて、とんかつとキャベツを混ぜ合わせ、ソースがよく馴染んだキャベツと一緒に口に放り込む。そしてすぐに、真っ白なごはんを掻き込む。
(うまい、卵を使わなくても、こんなカリカリに揚げることが出来るのか)
登は、衣の触感を楽しんだ。
景子、おばさんと3人で夕食を食べていると、おじさん(景子の父親)が帰って来た。登は、箸をとめて、お辞儀した。
「お、登くん。久しぶりだね」
「お久しぶりです」
背広姿から、スウェットに着替えて来ると、おじさんは冷蔵庫からビールを取って来た。
おじさんはとんかつを味わった後、口に残った油分をビールで流した。登は、無性にそんな食べ方をしてみたくなった。
おじさんは「疲れた、疲れた」とよく連呼した。キャベツだけを綺麗に残し、とんかつを食べた。
「お父さん、キャベツ残ってるでしょ」景子が指さす。
「野菜は嫌いなんだよ」おじさんは、ごねる。
「食べなきゃ。こないだ尿酸値が危なかったんでしょ」
「分かった。分かった。それより、最近忙しくて大変だ。赤尾に行政センターを移転させることになって、その準備が忙しくてたまらんよ」
おじさんは十字台区役所の課長で、中間管理職としての苦労話をよく愚痴った。
(なに、愚痴ってんだよ。変なの……)
箸を止め、登はほっと一息をついた。何気なくつけっぱなしにしていたテレビに視線を向けると、バラエティ番組が流れていた。事変が始まってからも、こうしたバラエティ番組は、しぶとく生き残っている。景子の話によれば、これは今、1番人気の番組でいつもこれを見ているらしい。流れている番組企画は「半熟ゆでたまごを作るにはどうすればよいのか」というもの。
(ありふれた企画だな)
登は苦笑したが、おばさんはいたって真面目に「冷水で冷やすのが肝なの。でももっと、うまい方法はあるわね」
「そうなんだ……」景子が、とんかつにソースをたっぷりかけながら、頷いた。
「なるほど」登もとにかく、頷いた。
(まあ、面白ければ、なんでもいい)
全身の力が、抜けていくのを感じた。
(俺の家も、こんな感じだったらいいのに……)
「登、寝ちゃったの?」
「あら、まあ。ふふふ」
景子とおばさんのやり取りが、微かに聞こえる。
(うるせえな、景子。今は寝かせてくれ)
登は、そのまま寝てしまおうとした。
その時スマホが、アラート音を発した。
それは、Jアラートであった。
「ミサイルです、ミサイルです。ただちに退避してください」
登ははっとした。目を開けると、とんかつを頬張ろうとしていた、景子の手が止まっていた。
おじさんは箸を投げると、ベランダを開けて外を見た。
夜空に警報音と共に「留加県からミサイルが発射された模様です」というアナウンスが響いていた。防災放送と同じく、嫌に間延びして、聞こえた。
何の音もない。おじさんはおそるおそるベランダから戻った。窓を閉めながら、祈るように呟いた。
「訓練か? 頼むぞ、訓練であってくれ」
だが、次の瞬間にはドンという音が響き、軽い地響きがベランダの柵を震わせた。同時に部屋のすべての照明が落ちた。
「本物だ、伏せろ!」
おばさんが景子をテーブルの下に入れ、自分がその背中に覆いかぶさった。
「僕は、家に戻ります」
「登君! 行ってはならん」
「登!」闇の中から、景子の声が聞こえた。
それを振り切り、登は団地の階段を駆け下りた。