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新事変―初瀬登のいちばん長い夏  作者: 居木井 丈晴
第1章 開戦
7/8

バラエティ番組とJアラート

 げたてのとんかつの上に、ウスターソースをささっとかける。ついでに添えられたキャベツの上にもたっぷりかけて、とんかつとキャベツを混ぜ合わせ、ソースがよく馴染なじんだキャベツと一緒に口に放り込む。そしてすぐに、真っ白なごはんをき込む。

(うまい、卵を使わなくても、こんなカリカリに揚げることが出来るのか)

 のぼるは、衣の触感を楽しんだ。

 景子、おばさんと3人で夕食を食べていると、おじさん(景子の父親)が帰って来た。登は、箸をとめて、お辞儀した。

「お、登くん。久しぶりだね」

「お久しぶりです」

 背広姿から、スウェットに着替えて来ると、おじさんは冷蔵庫からビールを取って来た。

 おじさんはとんかつを味わった後、口に残った油分をビールで流した。登は、無性にそんな食べ方をしてみたくなった。

 おじさんは「疲れた、疲れた」とよく連呼した。キャベツだけを綺麗に残し、とんかつを食べた。

「お父さん、キャベツ残ってるでしょ」景子が指さす。

「野菜は嫌いなんだよ」おじさんは、ごねる。

「食べなきゃ。こないだ尿酸値が危なかったんでしょ」

「分かった。分かった。それより、最近忙しくて大変だ。赤尾あかおに行政センターを移転させることになって、その準備が忙しくてたまらんよ」

 おじさんは十字台区役所の課長で、中間管理職としての苦労話をよく愚痴ぐちった。

(なに、愚痴ってんだよ。変なの……)

 箸を止め、登はほっと一息をついた。何気なくつけっぱなしにしていたテレビに視線を向けると、バラエティ番組が流れていた。事変が始まってからも、こうしたバラエティ番組は、しぶとく生き残っている。景子の話によれば、これは今、1番人気の番組でいつもこれを見ているらしい。流れている番組企画は「半熟ゆでたまごを作るにはどうすればよいのか」というもの。

(ありふれた企画だな)

 登は苦笑したが、おばさんはいたって真面目に「冷水で冷やすのが肝なの。でももっと、うまい方法はあるわね」

「そうなんだ……」景子が、とんかつにソースをたっぷりかけながら、頷いた。

「なるほど」登もとにかく、頷いた。

(まあ、面白ければ、なんでもいい)

 全身の力が、抜けていくのを感じた。

(俺の家も、こんな感じだったらいいのに……)

「登、寝ちゃったの?」

「あら、まあ。ふふふ」

景子とおばさんのやり取りが、微かに聞こえる。

(うるせえな、景子。今は寝かせてくれ)

登は、そのまま寝てしまおうとした。


 その時スマホが、アラート音を発した。

 それは、Jアラートであった。

「ミサイルです、ミサイルです。ただちに退避してください」

 登ははっとした。目を開けると、とんかつを頬張ろうとしていた、景子の手が止まっていた。

 おじさんは箸を投げると、ベランダを開けて外を見た。

 夜空に警報音と共に「留加県からミサイルが発射された模様です」というアナウンスが響いていた。防災放送と同じく、嫌に間延まのびして、聞こえた。

 何の音もない。おじさんはおそるおそるベランダから戻った。窓を閉めながら、祈るようにつぶやいた。

「訓練か? 頼むぞ、訓練であってくれ」

だが、次の瞬間にはドンという音が響き、軽い地響きがベランダの柵を震わせた。同時に部屋のすべての照明が落ちた。

「本物だ、伏せろ!」

 おばさんが景子をテーブルの下に入れ、自分がその背中におおいかぶさった。

「僕は、家に戻ります」

「登君! 行ってはならん」

「登!」闇の中から、景子の声が聞こえた。

 それを振り切り、登は団地の階段を駆け下りた。

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