緊急速報、日常、そして爆撃
「緊急速報 邦城留加県知事が県内主要道路・鉄道・空港の封鎖を宣言。政府関係者の無期限退去を求める」
不倫騒動を叩いていたスタジオから、映像が報道センターに切り替わった。堅物を絵に描いたような中年の女性キャスターが、原稿を読み上げた。
「ここで番組を変更してニュースをお伝えいたします。先ほど、邦城雄一郎留加県知事が緊急会見を開き、県に通じる主要道路・空港・鉄道の封鎖を宣言。これにより留加トンネルが上下線とも通行止めとなりました。また留加空港の封鎖に伴い、国内線は全便欠航となっております。JRによりますと、在来線・新幹線も先程から運転見合わせとなっています。
これにより本州と留加県を結ぶ交通は、すべて遮断された状態です。邦城知事は、会見で、日本政府が推進している国民純化政策を厳しく批判し、大和人とは異なる、古い伝統を持つ留加人を貶める政策には賛成できないことを表明しました。続報が入り次第、お伝えいたします」
報道センターでは、何やらスタッフが叫んでいる。そして、情報を書いたメモが、スタッフやディレクターの間で、すばやく回覧されていく。
そうした光景を見ているうちに、”事の重大性”というものが、団地の小さな部屋にまで浸みこんできた。
部屋は、静まり返った。
そのとき登のスマホに着信があった。その音に、心なしか、皆がぎょっとした。通知を見ると、「親父」からだった。
「誰から?」と景子が聞いた。
「親父だ」ぶっきらぼうに答えた。
マジかよ、と登は思って、しかたなく電話に出た。
「登か。今どこにいる?」
「……どこにいたっていいだろ」
「いいか、よく聞け。今すぐ、家に帰れ。いいな。今日から、たぶん私は、ほとんど家に帰れない。義母さんとうまくやってくれ。じゃあ」
「オイ」
一方的に、電話は切れた。
おばさんが、テレビのボリュームを上げたが、続報は入ってこない。NHK、他の民放にもチャンネルを合わせたが、それらしいものはない。
「どういうことなの?」
「さあ」と景子がとりあえず、そう答えた。
登はラーメンのスープを飲み干すと、キッチンシンクにどんぶりを置いた。
「悪い。親父が、今すぐ家に戻れってさ。どんぶり、洗っといてくれ」
「お父さん?」
「ああ。心配性なんだよ」
景子が言った。
「ここにいればいいじゃない。お義母さんだって、さすがに分かってくれるよ」
そういう家じゃねえんだよ、という言葉を、なんとか登は飲み込んだ。
「とにかく帰る」そう言い捨てると、登は靴を履いた。
「じゃあ、僕も帰ります。おばさん、お邪魔しました」
豪太もそう言って、通学バッグを手に取った。
帰宅すると、案の定すぐに義母が噛みついてきた。
「どちらにいらっしゃったんです? 登さん」
自分と10歳ぐらいしか違わない、親父の後妻。登は、とにかくこう言った。
「景子の家です。知ってるでしょ」
「お父さんは今日、帰れないと……」
「それはさっき、電話で直接聞かされました」
靴をそろえると、まっすぐ洗面台に行った。義母はリビングでテレビにかじりついていた。だがテレビの続報は流れていない。
無意味なことを、と登は思った。
総理大臣の記者会見は結局、ずるずると伸びて、6時半になった。夕食のため、しかたなく、リビングに行くと、ちょうどテレビで会見が流れていた。
夕食は、義母の作ったカレイのムニエル。小骨が多くて、食べにくかった。イライラしながら骨を取っていると、会見が始まった。
濃紺の垂れ幕をバックに、青色の防災服を着た中村総理大臣が現れた。
「留加県知事の、このような、暴挙にはですね、厳重に非難し、封鎖解除のため、隣接自治体、警察、国防隊の力を合わせて対応する。国民の、皆様は、冷静に、政府の指示に、従ってください」
クラス担任の村井の方がもっと堂々としているな。まず、登はそう思った。会見後、解説者が、総理大臣の空疎な会見内容を補強するコメントをひねり出していた。
無意味、無意味、と呟きながら、登はカレイの骨をむしった。
1か月半後、政府と留加県との間の和平交渉は、頓挫した。この結果をうけて、日本政府は「留加県反乱を鎮圧する」という大義名分を掲げて宣戦布告した。
そして、4月16日。
政府軍爆撃機が突如、留加県の県庁所在地・北都を空爆した。