1st Attack: 面影
「申し訳ありません!」
綺麗に整頓された一室で、輪太郎は深々と頭を垂れた。その部屋の壁にはたくさんの肖像写真が飾られており、生気の無い目で輪太郎を見下ろしている。
「いやぁ、それは災難でしたな」
校長である安中義満は、静かな微笑みを浮かべながら答えた。
東京の西外れに位置する都立月ヶ丘高校は、学力ランクで上位をキープする進学校だ。校訓は『自由闊達』で、生徒たちの自主性が重んじられている。
「本当に、なんとお詫びすればいいのか……」
「まぁ、心配せんでくださいな」
安中は、小柄ながら恰幅の良い体を椅子に預けて悠然と構えている。その姿に焦燥感は微塵も感じられない。
「そう言われましても、私の――いや、学校の一大事だと思います」
「確かに。だが、君がことの顛末をきちんと話してくれたおかげで対策を打つことが出来ます。私は常に生徒の味方ですが、それと同時に全職員の味方でもあります」
校長は話を続ける。
「ところで、本当にその女の子に心当たりはないのかな?」
「ないです。我が校の生徒であることに間違いはないと思うのですが……」
「そうですか」
安中は小さなため息をついた。
「まぁここは一つ、私に任せてくださいな。あなたがいろいろやったところで事態は悪化するだけでしょう。それに、あなたはまだ若い。君のその実直さを見込んで私は採用したんです。見捨てるつもりは毛頭ありませんな」
「はい。ありがとうございます、安中校長」
「スーツを着替えていらっしゃい。家、近いんでしょう? その格好じゃ生徒の前で示しがつきませんな。幸い、始業まではまだ時間がありますしな」
「分かりました」
「よろしい。では、解散」
安中に促され、輪太郎は校長室を出た。
輪太郎は現在、高校から徒歩五分で通える場所に居を構えている。スーツを家に取りに戻る道すがら、輪太郎はネガティブな考えに苛まれた。
教師人生としては最悪のスタートだ。正直、懲戒処分は免れないだろう。
今までも決して順風満帆の人生ではなかった。色んなことがあった。本当に、色んなことがあった。そんな中で、今回のことは人生で二番目に辛い出来事になるかもしれない。
なんでいつもこんな苦しい思いをしてるんだろうな。
輪太郎の思考は、用務員室で鉢合わせた女の子へ移る。
それにしても、あの子は大丈夫だろうか。
花も恥じらう高校生。多感な時期だ。心に傷を負い、引きこもりになるかも知れない。考えたくないことだが、もっと悪いことが起きる可能性さえある。僕は一人ならずさらに他人の人生を破壊するのか。
家に戻り、輪太郎は服を着替え始めた。
朝っぱらから動き回ったせいで、下着がすでに汗ばんでいる。スーツだけでなく全部着替えた方がいいだろう。
輪太郎は洋服タンスを開けた。そのとき、内扉の鏡に映った自分の姿が目に入る。不意に、彼女のあられもない姿が脳内にフラッシュバックした。
あー、何を思いだしてるんだ!
輪太郎は、自分の頬をバチンと叩いて自分自身に活を入れる。それと同時に、ある奇妙な感情がモヤモヤと湧き上がった。
何か、どこかで同じような印象を受けた記憶がある。絵画とかグラビア写真とか、そういう女性のヌードという意味ではなく、もっと特徴的な何か。花飾り? いや違う。うーん、分からない。思い出せない。
それに、既視感がある。昔どこかで彼女に会ったことがある気がする。
彼女にどこか懐かしさを覚えるのは何故だろう。