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ZONES  作者: モリ・トーカ
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第一章

「ひどい顔ね」


 出勤するなり、そんな言葉を投げかけられた。緩慢な動作で声のする方を見ると、染めた茶髪をゆるく巻いた女性が立っている。林絢子という名前である。世間的に言う美人なのだろうが、目元がきついのか、全体的に近寄りがたい印象が強かった。数年ほど一緒に仕事をしているが、物言いも基本的に歯に衣を着せない人間である。倉田はふんと鼻を鳴らして自販機で買ったまずい缶コーヒーを口に含むと、特に何も言わずに目を逸らせた。コンビニで買ったのであろう紙コップに入ったコーヒーを持った林は構わずつかつかと倉田に歩み寄り、小さめの丸テーブルの反対側に腰かけた。ここは十三区隊のオペレータ室にある休憩所である。同じように丸テーブルが点在しており、昼時にはオペレータ室の人間が弁当を開いたり、特に意味のない会話に花を咲かせたりする場所だ。今は誰もいないその休憩所はオペレータ室の二階にあって、吹き抜けになっているので一階が見える。まだ人は少なかったが、大量のコンピュータが所狭しと置いてあり、部屋の一面には所狭しと様々なサイズのモニタが設置されていた。やかましい部屋だ、と倉田は良く思っていた。倉田や林がそこにいたのは、ブリーフィングまでまだ時間があったからだ。


「『彼』の件はまだ受理されてないわ」


 林が言うと、倉田は吊り上がった暗く青い目で林を睨んだ。林は首を傾げて目を細め、私に怒んないでよ、と強い口調で言い放つ。


「元々警察学校だって卒業できないはずだったのに。さすがに上の人間も止めるんじゃないかしら」

「そりゃどうかな」


 倉田は吐き捨てるように言って、缶コーヒーを飲み干すと席を立った。林はその姿を目で追いかけながら、これ見よがしに大きなため息をつく。


「その考えてること全部顔に出す癖、いい加減やめなさいよ」


 倉田は缶コーヒーを指定のゴミ箱に捨てると、気だるそうに振り返ってうるせえよ、と呟いてブリーフィングルームに向かった。倉田は現在の東京における公安警備隊の隊長を務めていた。十三区隊と呼ばれるその警備隊は、今や十四の区画に整備され直した東京の各区の治安を守ることを目的としている。政治機関が集中する中央区を除き、第一区から第十三区までは数字が大きくなるほど住民の所得が低くなる仕組みになっていた。元はといえば、近年増え過ぎた移民を管理するために出来たシステムである。必然的に所得の低い移民たちは第十三区に集められ、政府によって課せられた多大な制約の中で暮らしていた。そもそもこうなってしまったのは東京だけの話ではなく、世界も同様だった。


 増え続ける移民とそれによる治安の悪化に各国が打ち出した対策は、厳密ではないものの鎖国に近い政策だった。ほとんどすべての国が外国人に対してその門扉を閉じ、十年以上前に日本もそれに倣っていた。それでも、既に国々に居住していた移民への処遇は国によってさまざまで、日本は東京にすべての移民を集中させ、政府の元で十三区制度に則って管理することになっていた。倉田はその十三区隊の総隊長でもあったが、同時に最も治安の悪い第十三区の実働警備も行っていた。林はその十三区隊を遠隔でサポートするオペレータ室の室長である。オペレータ室にあるモニタは大体が十三区中に張り巡らされた監視カメラの映像で、オペレータたちは皆ヘッドセットをつけて仕事をしていた。倉田はといえば、十三区隊のトレードマークになっている青緑色のパーカに身を包み、カーゴパンツにミリタリブーツといったあくまでも動きやすさを重視した出で立ちだった。


 倉田の髪はプラチナブロンドとまではいかないものの、どこからどう見ても金髪である。目も薄暗いものの深い青で、目鼻立ちのはっきりした外国人然とした顔だった。父親は白人だった、と聞いていた。聞いていた、というのは、倉田が親に出会ったことが一度もないからだった。


 その日のブリーフィングが終われば、倉田は中央区から第十三区につながる門のそばにある第十三区隊の詰所に戻って、再度隊としてのブリーフィングを行い、その日のローテーションを確認して仕事を始める。十三区隊の基本任務は各区の見回りと警備で、必ず二人一組で行うことが決まっていた。第十三区に関しては、その職務はそれ限りでもなかった。警備は二十四時間行われるので、倉田が詰め所に入ったときには夜勤の隊員たちが眠い目をこすって帰宅しようとしているところだった。


「5Aブロックでデモ活動、鎮圧は依然完了せず」


 林からもらった書類をめくりながら、あくまでも迷惑そうに倉田はぼやく。第十三区において、第十三区隊の仕事は警備だけでは済まない。度重なるデモ活動や抗争の鎮圧から、逃走する犯罪者たちの逮捕まで様々だ。規模は百名以上、死傷者有、というところまで読んで、倉田は舌打ちをして書類から顔を上げ、それぞれ思い思いの場所に座ってこちらを見ている隊員たちを見て腕を組む。自身が出張るほかあるまい、と思っていた。


「夜勤の尻ぬぐいだ。斎藤は俺と来い。宮下と高橋、お前らも。もう一ペア志願しろ」


 隊員たちが顔を見合わせて、戦闘能力で順当だと思われるペアに視線が集中する。倉田は手だけで彼らについてくるように命じると、書類を放り出して低い声でさらに続けた。


「以前逃亡中の強盗殺人犯に関しては各ペア注意すること。その他はオペレータの指示を待って通常任務だ」


 その言葉に隊員たちはいそいそと立ち上がり、伸びをしたり欠伸をしたりする。解散、と倉田が宣言すると、皆がだらだらと詰所の出口に向かい始めた。そもそも十三区隊の風習として、各隊は警備する区の出身者たちで固められる。そのせいで第十三区隊が『一歩間違えればごろつきの集まり』とされるのも仕方のないことだった。倉田は先ほど呼びつけた隊員たちを率いてガレージに向かい、防弾仕様の軍用四輪駆動車にペアごとに乗り込むと、分厚いガレージのドアを担当の人間が慎重に開く。ガレージを開けば、隅々まで整備された中央区とは異なり、そこはただのスラム街だった。第十三区隊のガレージのドア周辺に乞食やホームレスが群がっているのはいつものことで、勤務開始と終了時にはそういった人間がガレージに侵入しないよう牽制するたまえに、大体三ペアくらいを要する。四輪駆動車の発進させ、誰も轢かないようにするのは誰もが嫌がる瞬間だった。


「こちら倉田班、5Aブロックに向かう」


 車が発進すると、左耳にかかったワイヤレスのヘッドセットを押さえながら倉田が言う。大抵倉田の率いるペアをサポートするのが林の仕事で、林はオペレータ室で同じようにヘッドセットを押さえて車の動向を監視カメラで確認した。


『了解しました。デモ活動の様子は依然変わらないわ。銃火器が複数確認されてる。刃物については触れるまでもないわね。でも素人の集まりよ』

「じゃあ夜勤組は何やってたんだよ」


 倉田は思わず愚痴って舌打ちをする。斎藤は第十三区隊の副隊長だったが、いつまで経っても倉田のとげとげしさには慣れることがなく、車を運転しながらもちらちらと様子を気にしていた。第十三区の中央通りはうらびれていて、シャッター街にすらなっている。幾度か角を曲がったあと、目的のブロックに到着すると、民家が燃えていた。それを囲むように、報告通り百名ほどの人間が看板を掲げたり、銃を空に向かって打ち放したりしている。その上空を報道用のドローンが飛んでおり、先に到着したペアたちは車内から平和的解決を呼び掛けていたが、それも社交辞令のようなものだった。


「林、消防だけ呼んどけ」


 倉田は短く言い放って、三台の車を並べて止めるよう指示する。




「死人を出しても構わない。止めろ」




 それが開戦の合図だ。そしてそれが、第十三区の日常だった。

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