怒れる大神5
「大神様、何卒お怒りをお鎮めください」
青孤はひれ伏して大神様に懇願した。
仰ぎ見る大神様の表情は、冷たく歪んでいる。
このお方のお怒りは、火山そのものだ。
内なる怒りが、マグマとなって噴火する。
その怒りが収まらなければ、マグマは吹き出し続ける。
「ご、ご予定はもう少し先の筈でございます」
「…………」
「あのお方に頭をお下げになって、お許しを頂いたのではありませんか……。みことの天寿全うまで……」
大神様は、険しいお顔を向けられた。
青孤は身が縮む思いで、尚も続ける。
「現世でお過ごしになられるお望みは叶わずとも、此処、神山にて暫しお過ごし頂く筈では?熊など穴の掘り方を教えるのだと、それは楽しみにしております」
「よい」
「は?」
「そのような話しは致さずともよい。早々にあの者を帰せ」
青孤は顔面を蒼白にして、尚も続ける。
「大神様……こうなっては、事を済ませて……済ませて後落ち着いた頃を見計らい、みことと〝あちら〟で暮らしてみられては?」
大神様が一番にお望みだ。
……みことが全てを知れば、こうなる事は解っていた。
先代の失敗がある。失望され黄泉の国に、逃げ込まれるのを恐れておられる。
一縷の望みをかけて進言した。
一瞬大神様は、冷ややかな眼差しを青孤に向けられ
「よいか青孤。如何に其方であろうと、口を挟むでない」
吐き棄てる様に言われた。
……駄目だ。お怒りは収まるどころか、増されていく……
青孤はなす術もなく、ひれ伏した。
みことの天寿全うまで、待てぬ事は解っていた。
だから、大神様は此処に連れて来た。
暫く此処に置き、いずれ大神の〝力〟で永遠の伴侶とするおつもりだった。
大神様が代替わりされるまでの永きに渡り、お側に置かれる心積りでおられた。
そして塵と成る時が一緒ならば、一体となってもはや離れる事はなくなる。
みことは大神の一部となって誕生する。
……そこまでお考えであったのに、此処までお怒りになって手放されるのか……
青孤は再び、みことと青女の居る寝所に赴いた。
「いかがであった?」
「もはや如何様にもならん。早々に帰せと仰せだ」
「只の痴話喧嘩であろう?」
「痴話喧嘩で済む事ではない。今一度みことが、誠心誠意お詫びするしかあるまい」
「しかし大神様も大人気ない。ちょっと寵愛する者が、女の武器を使おうとしたくらいで……」
「みことがか?」
「ああ、身を捧げて己の意を、通させようと目論んだ様だ」
「大神様にか?大神様はあの彼方の大神様に頭を下げて、暫しの時間稼ぎを乞われたばかりなのだぞ」
「ああ?そこまでなされたのだった、あの大神様が……」
「心中を読まれては終いだ。我ら夫婦の様になるがお望みであった……とことんみことに尽くされている」
「流石に言い成りになるから、大事を避けさせようと致すは、傲慢極まりないか……」
「大神様とて自尊心はお有りになる……」
「そこまで言うては不遜だぞ」
青女は呆れる様に言った。
「仕方あるまい?痴話喧嘩で済む事ではないぞ。大神様がお怒りになられておれば、大地は共鳴して揺れ始めるぞ、のみならず火山が噴火を始める」
「来るべき時が来るという事か?」
「大地が動けば天と海が動く」
「予定が早まるという事か?」
「ああ……。神々においては、来るべき時が来るだけだ。〝事〟さえ確実に済めば、何時でもいい事だからな。先代の遺恨の所為か?とにかく大神様は人間に、殊の外愛着をお持ち故、思い切れず引き伸ばされて来たが、他の神々様方はちゃっちゃと済ませる様急かされてた。それを彼方が出張る事で、其れ等の不満を落ち着かせられたのだ。彼方も了承され〝事〟は先送りになってた、だがこのお怒りではもはや長く持たん」
青孤は青女を、神妙な面持ちで直視した。
「大地は近々共鳴する」
「そんな中帰せなどと……」
「大神様の加護は授かれる……だが……」
「お怒りは避けられぬか?」
「避けられぬ。あれ程の剣幕は始めてだ。あのお方の時ですらお見せになられた事はない。とにかく我らは四方に飛ばねばならん、みことを送り届けてくれ」
青孤は青女に、ただ黙って俯いてベッドに座る、みことを見つめて言った。




