怒れる大神2
「どうしたら、お辞め頂けますか?」
「其方如きが如何様に致せども、如何様にもならん」
「…………」
みことはじっと黙って大神様を見つめた。
「私はその為に存在しておるのだ。均整を図る為汚れた所を排除致す。その為地上に生きしもの達の、多少の犠牲は致し方ないと思うておる。とにかくいずれはせねばならぬ事だ。先に延ばせ延ばす程、事は大きくなる。其方の願いを聞き入れて、もし今せねば全てが無くなるぞ。全てを排除し、新たに始めねばならなくなる……。それを避ける為に、今多少の犠牲で済ますしかないのだ」
「…………」
「中の原は天照の孫が統治致した故、天照は以前より指針を示して参った。しかしながら、お前達は天照の思う様にはならなんだ。言う事を聞かなんだは、お前達の誤ちである」
「言っている意味が……意味が解りません」
「解らぬ其方が、どうこう致せる事ではないのだ」
「では……では、うちには帰してもらえますよね?」
「何故急にその様に言うのだ?」
「だからさっき申し上げました。大神様がお越しにならなかったから、 寂しくて神泉を覗いてたって……。そしたら里心がついたって、仕方ないじゃないですか?だからちょっとだけ……本当にちょっとだけ……」
「もし帰れば、二度と私とは会えなくなると申したならば、其方如何致す?」
「お会いできなくなるんですか?」
「……だとしたら、だ」
みことは涙を、一筋頬に落とした。
「……ならば、二度と申しません」
大神様は思いっきり、みことを抱きしめられた。
毎日みことは、神泉を覗きに行った。
大神様は少しの時間でも、みことに寂しい思いをさせぬ様に、お顔をお見せくださった。
それが有り難くもあり恨めしくもあったが、みことはあれから、一言も両親の事も家の事も、口には出さなかった。
それどころか、人間界の事は全て口にしなかった。
鹿静の事も鈴音の事も……。
それが青女の不安を、増させていく。
だから、青女は久しぶりに神山に戻って来た、最愛の夫に神妙な面持ちで尋ねた。
「事は近いのか?」
「いや……もう暫くの猶予はある」
「ならば何故大神様はみことを、ちょっとだけでも帰してやらぬ?」
「みことがお手元から離れるが、お嫌なのだろう」
「なんと子供じみた事を……。あれではみことが哀れだ……」
青女は大人げない大神様を、呆れ果てて言った。
「しかし、みことが戻ってしまったら、大神様が彼方に行くは簡単ではない」
「そうなのか?」
「大神様の願いは、私らと同様に彼方でみことと共にあって、天寿を全うさせる事であったと思う。その為に、大神様に頭をお下げになられたのだ」
青孤は天を指して言った。
「頭をお下げになられたのか?あの大神様が彼方に?」
青女も天を指して、吃驚して見せた。
「彼方に頭をお下げになるなど、考えられぬ事だ。それをなさったのだから、早々事を急がれてはおられぬ。今も天照様と、ご相談をされるに忙しくされている。だが、そう長くは延ばせぬ事もご承知だ」
「そこまで来ておるか?」
「……でなければ、彼方が出張って参られる事はない」
「いやいや、天照様と諍いがあったからであろう?」
「それは、あの方特有の言い訳だ。あの方は殊の外大神様をご案じになるが、それを決してお見せになりたくないのだ」
「なんと大神の癖に天邪鬼な……」
青女は呆れ果てて呟いた。
「それでも大神様は、少しでも被害を少なくとお考えだ……」
「ならば余計にみことを、一旦でもよいから帰してやれば、みことも安心して大神様にお任せできるものを……」
「大神様はみことを手放せぬのだ。一番彼方に共に戻りたいお気持ちであろうは、大神様であろうよ」
「大神様故の生まれ持った〝もの〟が、お気の毒であるのだな」
青孤は大神様を近くで見ているから、大神様の苦悩が手に取るように解る。
大神様は不思議に思う程に、人間に興味を抱かれ慈しみをお持ちになられている。
今や愛する者が、人間なのだから尚更の事だ。




