心して仕えよ8
店を出て裏に立つお母屋へ向かって歩くと、家の奥に森林が広がっているのを目にする。
誰の所有の森林なのか、今の住人達には判らない。
この辺りで名だたる大地主という人達の名前が出るのだが、本当の所は誰も判らないまま、ずっとずっとみことの家の裏の森林は其処に在る。
「此処にご用がお有りで?」
「ふふ……ご用というものではないな」
大神様は和かに微笑まれると、森林の中央に佇む木祠を見つめられた。
「以前、わたしは此処に鎮座しておったのだ」
「えっ?」
赤獺を含めた四人が頓狂な声を上げた。
「故にみことでなくとはいけぬのだ」
「えっ?この祠の為ですか?」
「此処に帰って来たかったのだ」
「…………」
「この祠の為?」
みことが力なく呟いた。
叔母は満足な表情を作って木祠を見つめている。
「美女とか若いとか、持ってるとかいないとか、そんなことじゃなかったんだ……」
叔母はホッとするように呟き
「そんな理由ではない事は判っていたが、まさか鎮座されておられたとは……」
赤獺は感じ入るように言った。
「以前は此処に神様がお座したと、言い伝えられておりました」
そして母が神妙に言った。
「えっ?そうなの?そんなの聞いた事なかった」
「古くからの言い伝えだもの。みことのおじいちゃんおばあちゃん世代までは、信じている人も多かったから、ほら地元の人は此処を綺麗に掃除しているでしょ?……確かお護りする大蛇がいたって……」
「よく存じておるな?白蛇の事であろう?」
「えっ?本当に居たんですか?」
「いたみたいよ。おじいちゃんおばあちゃんの世代の人迄は、目撃者も居たもの……」
「白蛇はお茶目な奴であったから、よく村人をからかっておったのだ……」
「その……白蛇さんは?」
「わたしが大神となったので、不本意ではあったが、わたしの元に呼び寄せ別の使命を与えておるので、今回は伴に連れてまいれなんだ……。此処の者達は実に実直な者達であるから、白蛇もまいりたがっておったが……」
大神様はしみじみ言われると、木祠の傍に聳え立つ櫟の大木を撫でられた。
「ではそろそろ我が家の方へ……」
ちょっと凹み気味のみことと逆に、凄く気が晴れ晴れの叔母が大神様に言った。
「我が家の方へ?はて?」
「とてもとても大神様をお迎え致すにはお恥ずかしい、小さな家でございますが、私共々できる限りのおもてなしをさせて頂く所存でございます」
「…………。毎回の事であるが、その方の言う意味は理解しがたいが、その方共の家に留まる気はさらさらないが……」
「それは……。只神使の婚礼迄の間、どうかあの家に……」
「いや……。此処は以前我が神祠であったので、此処に暫し留まるつもりでみこととしたのだ」
「えっ?じゃ、わたしは何をすればよいのでしょう?」
ちょっとおいてきぼりな寂しさを覚えて、みことが言った。
「用があれば赤獺を迎えにやるし、わたしが出向く事も可能ですあるから、そう気を回してくれんでもよいのだ」
「……では、大神様。私もこの木祠で寝泊まり致すのでござりますか?」
赤獺も寝耳に水の様で慌てるように言った。
「赤獺よ。そうがっかり致すな。確かに主人が不在であったが為、些か汚れておるが、此処の者達は実に実直であるから、思っておった程傷んでおらぬし、なかなか綺麗に掃除をしてくれておるから、居心地はよいぞ」
「……はは……主人にお使いするは私の本分にてございます」
赤獺は平伏した。
「では、今日の所はその方達は戻るとよいぞ」
「いえ、この祠をお掃除します」
「おっ!そうだ。その位はいたせ」
赤獺がすかさずみことに言った。
「なに、実に小綺麗にしてくれておるから、みことは心配致さずともよいぞ」
大神様はそう言うと、とても懐かし気に木祠の中に入って行かれた。
その後を追うように、仏頂面の赤獺がみことを一瞥して入って行った。
「マジか……。わたしが特別って訳じゃなかったのね……」
みことはちょっと悲しくなって呟いた。