鹿静と鈴音6
「なんだもう帰って来たのか?」
モーニング珈琲を、みことと楽しんでおられた大神様は、天の大神様を見て残念そうに言われた。
「もう少し楽しもうと思うたが、私は思いの外短気であった」
「は……。今に始まったものではない」
お二方の相変わらずのご様子に
「……あの、珈琲入れて来ますね」
みことは早々にその場を退散した。
赤獺など怖がって、お揃いの時には極力姿を隠している。
「……で、決断致したであろうな?」
天の大神様は椅子に腰掛けられながら、仏頂面の大神様を楽しげにご覧になられた。
「其方も存じておる通り、私は短気なのだ」
「上は其方に一任か?」
「上だけではない」
「下もか?」
「下だけでもない」
「私は孤立しておるという事か?」
「〝孤立〟とは人聞きの悪い……。誰が考えても今が時期である……。其方だけがぐずぐずとしておるのだ」
「ならば、このままであると、再び幽閉されるやもしれぬな?」
大神様は戯ける様に言われた。
「おお。それもよいな……。その間に、私が残らず始末をつけてやろう」
天の大神様は身を乗り出して、それは楽しげに答えられた。
「其方は実に楽しげであるな……」
「実に楽しい。解りきった事で、其方が苦渋致すとは……実に見ていて飽きぬ」
大神様は天を仰いで、溜息を吐かれた。
そして徐ろに立ち上がって、美しく輝くもう一人の大神様を見つめられた。
このお方は、大神様より少し早くにご誕生なされた。
大神様が一番初めに目にされた、美しい大神だ。
〝力〟以外では、何一つ敵う事はなかった。
聡く鋭く非情でありながら、恩情に厚く慈愛に満ちている。
殊の外年下の大神を気にかけて、からかい過ぎる程であるが、一番関わりをお持ちくださる。
天と地に在っていつも見下されているが、対を成して指針を示してくださる。
いつまで経っても、永遠の時を過ぎようとも、このお方には適わない。
大神様は長身のその身を屈め、そのまま膝を突かれ美しい大神様を仰ぎ見られた。
「暫し……暫し時を頂けまいか?」
「はて?どれ程の時を望む?」
「あれの天寿が全うされる迄……」
「それくらいの時は待てぬでもないが、果たして其方がそれまで此処に居れようか?」
「……………」
「其方が一番解っておろう?気の毒ではあるが、其方は選ばれて誕生して参ったのだ。全てに敏感に反応する……。これは大神としては素晴らしい能力であるが、今の其方の望むものではない」
天の大神様は、しみじみと年若い大神様を見つめられた。
「先代の因縁が其方に及ぶとは……。かの昔先代の大神は、ご寵愛されし女子を信じきれず、黄泉の伊邪那美に返してはもらえなんだ。その悔いが其方のあの者に対する深い思いとなっておるのやもしれぬ。が、たかだかのあの者の天寿であっても、其方には長過ぎる。もはや限界に近いはず……」
「そのような……」
「神泉の水を、此処に湧かしたが証である……。其方が私を誑かそうなどと……天地がひっくり返らぬ限りできぬ技よ」
「……ならば、私が耐え得る限りを、お許しください」
「は?解り切った事を先伸ばせと?」
大神様は、呆れるように吐き捨てられた。
「今も申したが、私は短気なのだ。解り切った事を先延ばしに致すなど、性に合わぬ事くらい、その惚けた頭でも考えられよう?」
「そこを……」
「何故其方らは、人間に情を抱くのであろう?」
「そのように誕生しておるから、致し方ありません」
「ほほう?全ては〝そこ〟にあると私を脅すか?」
「…………」
「天意であると?そう申すか?」
天の大神様は嘲るように、大神様を凝視された。
大神様は只々跪坐かれたまま、首を垂れられた。




