鹿静と鈴音2
「鬼が我が物顔で、闊歩していた頃の話しだ」
鈴音は視線を逸らす事なく、真顔の鹿静を直視した。無論鹿静もじっと見ている。
「お前の欠点はその鬼女の〝気〟が、もたらしている」
「何が言いたの?私の性格が気に入らない?だったら言ってくれれば……」
「性格は……」
鹿静は涙を堪えるのに必死だ。
「私が鬼女の末裔だから?だから別れるの?大神様にそう言われた?」
「……お前の先祖の鬼女が、大神様を激怒させたんだ……」
やっとの事で言う。
「神使だから、大神様を怒らせた鬼女の末裔とは、一緒に暮らしちゃいけないの?大神様は罰を与える事をしないって……」
鈴音も目に涙を溜めた。
「ああ、大神様は、ご存知ないやもしれぬ様なお方だ」
「だったら……」
「そんなお方に天罰を与える……。そうさせる程の事を、お前の祖先はしたんだ」
「そんな……私の先祖が何をしたって言うの?」
鹿静がこよなく愛する、鈴音の瞳から大粒の涙が溢れ落ちた。
美しくて大きな涙。
それを見ると胸が痛む涙。
「先代の大神様が愛された女性を、陥れたのだ」
「先代の大神様は、人間を愛されたの?」
「ああ。みことの祖先の縁者だ。姉か妹か……。大神様は未だにその遺恨をお持ちだ。知られれば大神様は、お許しにならない」
「知られれば、私は殺されちゃうって事?」
「さあ?お怒りになれば、火山の一つくらい容易く噴火させられる。あのお方は、大神様の中でもダントツのお力をお持ちだ、計りしれようがない……。私と別れみことと関わりを持たねば、大神様もお気がつかれる事はないだろう。だが万が一お気がつかれた時、其方の先行きは想像もつかぬ程の辛苦しかない」
鈴音は全身から力が抜けるのを覚えて、ソファに寄りかかった。
知らぬ鬼女の為に、何故今の幸せを犠牲にしなくてはならないのか……。
女なら誰しもが夢見る、最高の幸せだ。
鈴音はだが知らない、この様に贅沢な生活に執着するのも、親友と言いながらみことが手に届く事のない相手に、夢中になる様に面白半分で煽るのも、大神様への恋心を煽って面白がったのも、そして今そんなみことが大神様の寵愛を受けて、酷く嫉ましく思うのも、全てそれらが人より優っているのは、あの鬼女の気が色濃く残っているからだという事を……。
この妬み心が増していけば、いずれ鈴音はみことを陥れ、大神様に知られる事となる……。
このままの生活を続ければ、再び同じ間違いを繰り返す……。
鈴音は泣いた。
どの位の時間が経ったのか、鈴音は尚も鹿静を魅了しながら泣きじゃくった。
泣けば鹿静は、何時も鈴音の為に折れてくれた。
我を通す事を許してくれた。
だが今日はそうはいかない事は、当の鈴音が解っている。
鹿静の表情と話しぶりと……。
全てが許されない事は解っている、だが
「いや」
鈴音は、鹿静の思惑とは別の言葉を発した。
「嫌。別れない、別れない!別れるんだったら、いっそ此処で殺してよ」
鈴音は狂ったように同じ言葉を繰り返した。
「どうせ大神様に殺されるなら、鹿静が殺してよ」
「馬鹿を言うな、俺と別れてみことと縁を切れば、お前は普通に生きていける」
「嫌!」
「全てを忘れるんでしょ?鹿静を忘れるんでしょ?」
「そうしないと、お前は天寿を全うできない」
鹿静は鈴音の腕を掴んだ。
「記憶を消そうっていうの?」
「ああ、今すぐにでも消したい」
「だったら殺してよ!」
「……消したいが、真から消しやるには、お前の覚悟がいるんだ」
「……………」
「無理矢理消した記憶はどこかに残る。だから全てを話した。お前の納得がなければ、全てを消しやれない……」
鹿静は鈴音を力強く抱きしめた。
「鬼女の気が少しでも残るお前から、記憶を全て消しやれない……」
思いっきり抱きしめながら、鹿静はそう言って号泣した。




