大神様の思い人4
赤獺が午後から出勤をすると、大神様は茫然自失として端座されていた。
「大神様如何なさいました?」
赤獺が慌ててお側によって聞いた。
「赤獺よ。私はもういかんのかもしれん」
「何を申されます?如何なされたのでございますか?」
「みことの心中が読めぬようになった」
「ええ?人間如きの心の内が、でございますか?」
「如何にも……?赤獺よ、其方少し笑っておるな?」
「は?」
赤獺はびっくりして大神様を見た。
「おおそうか……。私は其方の心中は読めるようである」
大神様はホッとされて言った。
大神様はホッとされたが、赤獺は体裁が悪い。
主人の不幸を笑っちゃったんだから、これこそ身を縮めて恥じ入るばかりだ。
「赤獺よ、そう気に致すでない。其方の心中が解っただけでも有り難いのだ……」
大神様はそう言われると、にこやかに笑われた。
ここのところ大好きな酒に酔ったり、腹が痛くなったりと、今まで経験した事のない事が続いたので、大神様も只事ではないと心配された。
赤獺がどんな不埒な事を思おうと、読めればそれで安心できて良かったのだ。
大神様のご不調は神使達の元に、あっという速さでもたらされた。
近頃多忙を理由に参ずる事のなかった青孤も、血相を変えて飛んで来た。
「鹿静よ。大神様は如何である?」
大神様のお側に侍る、鹿静に問うた。
「青孤久方ぶりであるな」
大神様は至ってお元気そうに、声をおかけになった。
「大神様、如何なされたのでございます?」
「青孤よ……」
大神様は、じっと青孤を見つめられて言われた。
「確かに私は、青女を見て人間に興味を抱いたが、青女に〝恋〟など致しておらぬぞ」
「は?大神様?」
「まして其方に青女を、差し出させるなどと……」
「いやいや大神様?」
青孤は大慌てで、鹿静と赤獺を見やった。
「みなやられたのだ。我慢致せ」
鹿静が物静かに青孤に言い聞かせた。
大神様は普段神使達の心中を、読み取るなどという事は決してなさらない。
がしかし、今は緊急事態なので、来るもの来るもののお心の中を読み取られている。
何故なら、ご神力が失われつつあるか失われたか、はたまた体調が悪くなっているやもしれぬからだ。
「わ、私は決してそのような事は……」
青孤が動揺を隠せずに言った。
「私は〝愛〟は知っておるが、〝恋〟を知らぬ。それは、私には必要のないものであったからである。故に青女は好きだが、恋をした事はない。このような事は、直々其方に言った方がよかろう?」
大神様はお珍しく、矢継ぎ早に言われた。
「申し訳ございません……」
「それもよい。其方の青女への情は、重々存じておる故……。あれは稀有なる女子であるが、私の求めるものではない。安心致すがよいぞ」
「はい。有難き幸せにございます。では、如何なされたのでございます?」
「みことの心中を、読み取る事がおできにならぬらしい」
青孤が再度聞いた時、赤獺が青孤に言った。
「なんと?」
青孤は頓狂な声を発した。
「私が此処へ参る前に、みことの心中を読み取られている事で、口論になったらしく……」
「如何にも。急に読めんようになった……。人間がダメなのであろうか?」
大神様は、結構思いつめられている様子で言われた。
「何故に口論となられたのだ?」
鹿静は小さく首を振ったが、昨日海神様の宮殿まで、みことと鈴音を連れて行った事を伝えた。
「海神様は人間に情をお掛けくださると考えられ、先々の事を案じられて、二人を海神様に引き会わされたのだ」
「それは……」
「しかし、何故それ程までに大神様はあの者を?唯一無二のものと仰せであるし……」
「ああ……それはだな……」
鹿静は少し声音を落として、青孤と赤獺を見やった。




