心して仕えよ5
青孤は真夜中に、厳かに鈴のような音色を奏でてやって来た。
だから、誰だって大神様のような大物の登場ともなれば、それはそれは仰々しく、特別な趣向を凝らして来られると思うのは普通だと思う。
それが普通……。凡人の思考だとみことは思うのだ。
つまり、青孤のように大神様は、夜中に仰々しく、お出ましだと思い込んでいたわけで……。
「大神様のお出ましである」
喫茶店の鈴が鳴ったかと思った瞬間に、小太りの男が声高々にみことに告げた。
「は?」
「大神様のお出ましである。心より有り難くお迎え致せ」
みことは開店したばかりで、客が誰もいない事を有り難く思いながら、小太り男の側に駆け寄った。
「失礼な奴め」
小太り男はみことを見るなり睨みつけて言った。
「あっ?すみません……」
心中を読まれてみことは肩をすぼめた。
「青孤さんとは大違いなもので……」
「フン!」
小太り男が横を向いたと同時に再び鈴が鳴って、モデルのように長身な美男子が入って来た。
イケメン……ではない。美男子と表現する他ない程の、凛々しさと神々しさを持った、日本的な美男子だ。
「なかなか良い店であるな。流石は青孤」
大神様はしみじみと店内を見回しながら小太り男に言った。
「青孤は何に対しても抜け目のない奴にござりますれば」
「ふむ……。赤獺よその方も青孤のように抜け目がない。これは褒め言葉である」
「有り難き幸せにござります」
小太り赤獺は低頭して言った。
「この娘が遙の者か?」
「は……はい。みことでございます」
「みこと?良い名である」
大神様はそう言って微笑まれると、側の椅子に腰を落とされた。
「みことよ、そのようにまじまじと見るでない」
大神様は暫く黙っておいでになったが、余りに見惚れ抜いているみことに、顔を見る事なく言った。
「あっ……。流石神様だと思って……」
「さすがとは?」
「目がくらむ程にカッコいいです」
「ふふ……。青孤の報告通りであるな……」
「えっ?」
「イケメンに見えるようだ」
「見える?いいえ。この人は見えませんけど……」
赤獺を指差して言うと、赤獺は飛びかかりそうな格好をとった。
「我らは実態がないのだ。故に思い浮かべるは相手の自由という事になる。つまり、その方はかなりのイケメン好きなのであろうな」
「えっ?そうなんですか?」
「それが証拠に、彼処に控えておるその方の母親に聞いてみるとよい。わたしがイケメンに見えておるか否か……」
気がつかなかったが、店の奥に母が呆然と立ち尽くしていた。
「お母さん!お母さんは大神様が何に見えるの?見えないわけじゃないでしょう?」
「……猫男爵……」
「へ?」
「猫男爵様カッコいい!」
「え〜マジで?じゃあじゃあ……この人は?」
「小太りな川獺男爵?」
「赤獺、少し痩せた方がいいようだな……」
大神様はそう言うと優しく微笑まれた。
後光が差して見えた。
みことは大慌てで店を休みにしてドアを閉めた。
みことの様にイケメンに見えるならまだしも、猫男爵や川獺男爵に見える人が他にいては大変だ。
「此処より奥の家の方に……」
家は今まで通りで、喫茶店が家にくっつく形で増築されているので、奥を指して言った。
「いや……」
大神様が何かを言おうとされて、奥から我が一族で一番〝持っている〟叔母さんが飛び出して来た。
「みこちゃん、誰?芸能人?」
大神様に一目お目もじ頂きたいと、叔母は飛んでやって来たのだった。
「遙の一族は、イケメン好きらしい……」
後光を差しながら、大神様は微笑まれた。