海神様6
大神様は、車窓をしげしげと眺められている。
「鹿静よ。車とは良いものであるな」
ご機嫌で仰せになられるが外の景色に夢中で、隣にみことが居ることすらきっと忘れている。
みことが不満げに、窓にへばり付きそうなご様子の大神様を、恨めしげに見ていると
「そう恨めしげにするでない」
顔を見る事なく仰せになった。
「べ、別に……」
心を読まれてますます恨めしい。
運転席と助手席の鹿静夫婦は、何やらと楽しげに話しが弾んでいる。
初めは鹿静も大神様を気遣っていろいろ申し上げていたが、どうにも生返事しかなさらず、とにかく外が気になって仕方ないご様子に、とうとう話しかける事を辞めて、鈴音とふたりだけの世界に入ってしまった。
置いてきぼり感に、みことは寂しさを隠せない。
「じきに着く、そう拗ねるでない」
大神様はみことを見て微笑まれた。
目が眩む程に眩しいのは、みことだけだろうか?さっきまでの恨めしい気持ちが、吹っ飛んでしまった。
「海が見えて参りました」
鹿静は、とにかくずっと外の景色に気を取られている、大神様に言った。
「外界を眺めながらは、実に心地良い」
「我らはアッと言う間に、思う所に移動できるんだ。大神様はもっとお早い」
「移動ってどうするんです?」
みことはおバカちゃんだから、直ぐに聞きなさいとおばあちゃんに教えられた。
〝聞くは一時的の恥。聞かずは一生の恥〟だよと、おばあちゃんに言われて育った為か、羞恥心もなく聞く癖がある。
みこと自体は、そんなにおバカちゃんじゃないと思っているのだが、おばあちゃんはそうは思っていなかったようだ。
「考えればよい」
「へ?」
「考えればアッと言う間にお行きになれる。我らは少し力を要するが……」
「力?」
「行きたい!行きたい!って……」
鹿静は力を込めて言って、鈴音を笑わせた。
すると大神様は、その二人の様子をしみじみとご覧になられている。
鹿静が車を止めたのは、海が広がる岬の側だった。
好天気なので、暖かな陽射しが海面にキラキラと輝いて綺麗だ。
「今日は波もない、綺麗な海」
鈴音ちゃんが、車から降りると後部座席から降りるみことに言った。
「凪で出迎えるは、海神様の心遣いにございましょう?」
「多少白波が立つのが好みであるが……」
大神様は、真っ青な海面に不服を漏らされた。
すると風が出て来て、微かに波が立った。
「まあよい」
大神様は一瞥しただけで言われた。
「凄い波が立ったよ」
みことが興奮して鈴音に言った。
すると鈴音は苦笑して、鹿静と大神様を見た。
「みこちゃん、大神様のお力だよ」
「え?」
「大神様が望まれたから、海神様のお使いの方が、白波を立ててお迎えしてんのよ」
「ええ?マジで?うっそー」
みことはびっくりして大神様を見たが、大神様は白波のその先を見つめられている。
同じ方向に目を向けた途端、一瞬気が遠退く感覚が襲い、立ち直りを図ろうとした時に、今度はパッと目の前が光輝いて、目が眩んではっきりと目の前が見えなくなった。
足元が少しふらついた。
……倒れるか……
と思った次の瞬間、みことは目の前にそびえ立つ建物に釘付けになった。
「き、宮殿?」
傍らでは、鈴音もわらわらと見入っている。
「大神様」
鹿静が大神様を凝視した。
「よい」
大神様は鹿静の顔を見ずに言われた。
「しかしながら……」
「海神は美女好みであるが、みことと其方の嫁は、案ずるに足らん」
「…………」
鹿静はそのお言葉に、不満そうな表情を隠せない。
みことは納得できるが、最愛の妻の鈴音は、長年人間としてやってきている鹿静にしても、なかなか美人の部類に入ると思っている。
美女がお好きな海神様の、お目に留まっては大変な事になる。
なのに、大神様の今のお言葉は何だろう?
鈴音もみこと同様の、見栄えのしない〝顔〟という事だろうか?
昔からそうだが、大神様は本当に理解不能なお方だ。




