海神様4
大神様は、とても早くにお目覚めになられ、今か今かと鹿静をお待ちになっている。
その姿は、畏れ多い大神様のお姿ではない。
お小さくとも〝神〟の小神様でもない。
只々難儀な人間の幼児そのものだ。
まだ日も昇らぬ内から、神祠の外へ出たり入ったり……。 大神様がされれば、赤獺も共をしなくてはならないから、後を追って出たり入ったり……。幾度繰り返したか分からない。
その内山本夫妻が、木祠とその周辺の掃除にやって来た。
一時期痴呆を患い、一命も危ぶまれた老女だったが、毎日欠かさず大神様が以前お座した、神祠を掃除していた恩恵を賜り、一命を取り留め痴呆も殆ど完治してしまった。
これを今の世では奇跡と呼ぶらしいが、神様の恩恵である。
大神様は老女が供えていった、缶コーヒーを手に取られた。
「赤獺よ。これは何というものであるか?」
「只今の人間共が、好んで飲む物にございます」
神使は神様方にお仕えし、地上の物に使いとして参るお役目があるので、多少なりと現世において精通していなくてはならないから、研修的な意味で現世に留まったり、往来して勉強を重ねたりしている。
勉強……といっても、それこそ遊び呆けて神様方に報告する痴れ者も多いが。
赤獺は余り都会の水に合わないので、田舎に留まっていた事はあったが、今は都会の進歩は激しいから偶に来て〝情報を得る〟事位しかしない。
反対に洗礼されている鹿静は田舎より都会を好み、尚且つ現世に於ける〝神の物〟の管理を任されている。
……あいつはちょっと、人間に侵されている……
悔し紛れに赤獺が言う事だが、あながち嫉みだけではないようだ。
「ほう……」
大神様はしみじみと、ご覧になられている。
赤獺は畏まりながら、大神様のお手から缶コーヒーを取ると、カチと音を立てて蓋をお開けして差し出した。
「此処よりお召し上がり頂けます」
大神様は至極興味を持たれ、お飲みになられた。
「これは美味であるな。以前みことの所で食した、ビールとやらも口当たりが珍しかった」
大神様は上機嫌で言われた。
「コーヒーがお気に召されれば、みことの店にてお召し上がり頂けます」
「そうなのか?」
「その物より美味いかと……」
「ほう……」
大神様はご満悦の表情を見せられた。
辺りは日が昇り、木々に囲まれた森林を明るくさせて行く。
大神様は、木洩れ陽を浴びられて神々しく輝かれた。
「今日は良い天気であるな」
両手を後ろ手に組まれて、天を仰がれる。
みこと好みの美しいお顔が朝日に照らされたが、決して眩しげな様子はされない。
「良い日差しである……」
それから暫くして鹿静が、畏まって大神様のご前に現れた。
「遅いぞ鹿静……」
赤獺が恨めしげに、直ぐ様近寄って来て小声で言った。
「赤獺よ。まだ7時半であるぞ」
鹿静が呆れたように言う。
「大神様はそれは楽しみになされて、日が昇る前にお目覚めである」
「そうなのか?大神様のご性分を承知しておる故、これでも早めに参ったのだ」
「確かに……」
「だが、もう一時間早く致さねばならなんだか……」
反省しきりだ。
「で、何処へ参るつもりだ?」
「桜の時期ではないが、花を見に参るか……」
鹿静が赤獺に言った。
「鹿静よ。私は海を見とうなった」
大神様が、すかさず言われたので
「海でございますか?」
鹿静が反復する。
「天気が良い故、海神に挨拶に参りたい」
「しかしながら、今日は我が妻とみことと共に、参ります故……」
鹿静は少し渋る。
「二人には会わせられぬが……如何様にもなろう……」
「は」
鹿静はそのまま首を垂れた。
大神様のお決めになられた事は、従うしかない。
「鹿静よ。何で参るのだ?女子共を飛ばすのか?」
「何を言う、車で参った」
「やや?車とな?それは名案であるな」
赤獺も大神様を少し理解し始めている。
「お喜びになられよう……」




