海神様
「ねえねえ知ってる?」
神使の鹿静と結婚した鈴音は、高校卒業してから疎遠になっていたくせに、神使である鹿静の自慢を、みことしかできないので、頻度にやって来ては神使達の情報を流してくれる。
流すというより、自慢話しにくっ付いてくるってヤツだが……。
ていうか、そんなにいろんな情報、奥さんに漏らしていいのかい鹿静……。
今日も今日とて、店の仕事は母親に任せて、鈴音の自慢話しに付き合わされている。
店……喫茶店だが、大神様にお仕えする為に、神使の青孤がちょちょいと、翌日迄に全てお膳立てしてくれてて、挙げ句の果てに母親なんて、以前から自分がやっている様な錯覚まで持っているから、みことの店というより、母親の店みたいになってしまっている。
しかし、青孤の思惑やみことの心配なんてなんのその、マイペースな大神様は特別みことに用事をお言いつけになるでもなく、家の裏の林の中にある木祠に殆ど籠られているから、みことの出番など全くといっていい程何もない。
今のみことの仕事は、神使の一人である鹿静と結婚して幸せいっぱい、贅沢いっぱいの鈴音のお相手をする事なのだ。
「大神様の初恋の相手……」
「え?神様も初恋なんてすんの?」
みことの理想形態である大神様の事となると、とても人ごとではいられない。
直ぐにその話題に食らいついた。
「鹿静は、大神様が小神様の時から、お仕えしてるんだけど……」
「え?え?……小神様?」
聞き慣れない言葉に聞き直す。
全く自分には関わりの無い分野だと思っていたから、神様については普通人以下の知識だ。
こうなると知っていれば、みことだって叔母さんの様に、勉強も修行だってしていた。
只の繰り言だが……。
「ああ……。いろいろな意味はあるようだけど、鹿静の話しじゃ〝子供〟の時みたいな……?」
「神様も子供の時があるんだ?」
……さぞかし可愛かったろうな……
と思って顔面が綻びるが、今の大神様は単なるみことの理想形態である事を、もはやすっかりと忘れている。
「その小神様の時に、どうやらみこちゃんの大大大好きな青孤さんの奥さんに、初めて会ってドキュンときたらしい」
「えー!青孤さんの奥さん?」
「そうそう……。小さかった大神様は、初めて見た人間に恋しちゃったんだねー」
「な、なんで鹿静さんが知ってんの?小神様……。いやいや、大神様がゲロった?」
みことは動揺を隠せずに言った。
「お仕えしていたから、分かっちゃったんじゃない?だから、人間に興味あるのか……って言ってたんだ」
「誰が?」
「鹿静だよ。大神様がこの世に居たがるのを、へへへ……ちょっと不思議だなぁ……って?思い当たるのは、それくらい?」
「赤獺さんに聞いたけど、凄い人間らしい」
「おっ!さすがみこちゃん、やっぱ大神様の事は気になるか?」
「そ、そりゃぁ、あれ程理想的な訳だし……」
「呼び捨てにされるし……」
「呼び捨ては皆んなするんだけどねー」
「キュンってなるのは、大神様だけ?みこちゃんの事、唯一無二って言ってくれるのも、大神様だけだもんねー」
「うっ!覚えてた?」
「女の記憶を侮っちゃいかんよ、ふふふ……」
鈴音は不気味な笑いを浮かべた。
確かに女のチェック、インプットというものは、それはそれは恐ろしい物がある。
男がすっかり忘れている事でも、物凄い量を覚えている。
いい事も悪い事も……。それが凄い褒め言葉でも、悪口でもだ。
だから口から出した言葉は、決して戻る事は無いから気をつけなくてはならない。
……病は口から入り禍いは口から出る……という諺があるくらいだから、仮令大神様でもその辺は気をつけねば、女達の記憶は本当に本当に怖いのだ。
第一当のみことが、その一言を支えに思いを募らせている感はある。