青孤の嫁取り17
さて、熊女の屈強さは大神様の関心の的となり、なんと人間の身でありながらお目もじ頂く事となり、鬼征伐の影の尽力者として功を頂いて、神使女房という称号を頂いた。
これは人間でありながら、神使に近い位を熊女に下された事になる。
位は神使に及ばぬながらも、若き神使達よりも格上とされ、何かあらば神様からのお言葉を頂ける者とされた。
更に熊女当人をご覧になられた大神様は、いたくお気に召され寵愛される青孤との婚儀を急かされ
……青女……
という新たな名を与えた。
読んで字の如く〝青孤の女〟であると称したのである。
大安吉日のある日。
天は青々と広がり白く浮かぶ白雲が、祝福の小雨を地上に降り注いだ。
熊女はそれは華やかな花嫁行列を作って、青孤の待つ二人の住まいにお練りして向かった。
これ程の行列を作って行く花嫁御寮は、如何なる者で有ろうと人々は噂した。
「これは狐の神使の嫁入りに違いない」
嫁入り前の乙女達はそう言って、盛大なる花嫁行列を羨んで見つめた。
熊女は孤銀に手を取られて輿から降りて、青孤が待つ新居の前迄やって来た。
「馬子にも衣装だ……」
孤銀はそう憎まれ口を叩いたが、顔は満面の笑みを浮かべている。
両親のいない熊女の為に白狐は、我が娘にも負けぬ程の支度を整え、眷属神でもある青孤故に、天下に知らしめる為、わざわざ熊女を神山から、華々しく盛大で豪華な行列を作って輿入れさせた。
当然の事だが、熊女はその様な華々しい事は苦手だが、眷属神という貴い青孤に娶って貰うのだから、従うしかない。
本来熊女は実に従順な性格だから、白狐のいう事に反発する事すら考えられない。
白狐に言い聞かされて、それはそれは立派な輿入れとなった。
青孤は新居の前に立ち、実に立派で凛々しい熊女を見つめた。
婚儀は三日三晩続いた。
なんと寵愛する青孤の為に、大神様迄お出ましとなり、次から次といろいろな眷属達が祝いに馳せ参じた。
「疲れはせぬか?」
しこたま大神様や白狐それに親達に叱られ、心を入れ替えた熊女に意地悪をした乙女達が、側に在って言った。
「ああ、なんと盛大な事だろう……」
熊女はため息を吐いて言った。
「まだまだ、此処であるからこの程度なのだ……」
「えっ?」
「神山で行えば、この三倍の絢爛豪華さだ。神々様とて神使を遣わさずご自分で参られ、五日七日と宴は続く」
「いやいや、青孤は眷属神であるから、ひと月程続く場合もある」
「ああ、確かに……」
……なんと畏れ多いものと、約束をしてしまったものだ……
熊女は改めて畏敬の念を抱いて、身を縮めた。
宴も三日目になってやっと大神がお戻りになり、土猪のような眷属の同胞達からも青孤が解放されて、愛おしい新婦の待つ寝所に訪れ、熊女を見て直ぐに抱き寄せる事ができた。
「物凄い婚儀だったねー」
「熊の婚儀でもあるのに、他人事のようであるな」
「うん。自分の婚儀のようではない。こんな豪華な婚儀……。畏れ多い方々ばかりだ……」
熊女が言い終わらぬ内に、青孤は激しく熊女の唇を吸った。
そしてきつく抱きしめると
「其方に申しておかねばならぬ事がある……」
と言った。
「え?」
「私は今生で子を残すつもりはないのだ」
「えっ?」
熊女は青孤の腕を押しのけて、青孤を凝視した。
「今生に子を残しても其方はじきに死ぬ。其方が死ねば私も神山に戻る……」
熊女は意味を理解しようと、必死で青孤を凝視する。
「子が今生に残れば、其方も私も心配でならぬし、天泉から覗けば心を痛めよう?故に私は此処に子を残したくはない」
「青孤意味がわからない……」
熊女はそう言ったが、青孤の心を測っていた。
……やはり、この様な私と子を残すのが嫌なのだ……
熊女は我が身の醜さに、始めて恨めしさを覚えた。
以前佐介が、美女のお嬢様と夫婦となっても、我が身を呪った事はなかった。




