青孤の嫁取り11
熊女は高く蹴り上げられたが、そんなに遠くには弾き飛ばされてはいなかった。
横たわった熊女を見つけると、青孤は急いで駆け寄った。
「青孤よ。この者は人間の女子であろう?」
「ああ……」
青孤は跪坐くと、熊女を抱きかかえた。
「人間でありながら、大鬼に蹴り上げられてこの程度の傷で済むとは……」
熊女は傷はさほどではないが、しかしぐったりと身動きする事なく、事切れていた。
青孤は抱きしめながら、熊女の顔を撫でた。
「青孤よ。其方とは思えぬ程の動揺ぶりだな」
土猪はしみじみと青孤を見て言った。
「この者は鬼の気にやられたにすぎぬ」
「え?」
「鬼の気にやられた者であらば、眷属神としてお許し頂いておる其方なら、鬼の気を取る事は容易い事であろう?」
「……………」
「事切れておる者は如何様ともならんが、鬼の気を取り除いてみれば、もしやしたら息を吹き返す事もあるやもしれん……」
「そのような事何故分かる?」
「以前眷属神様が、鬼の気で死んだものを生き返らせた事があるのを、見た事がある」
「いつだ?」
「はて?いつの事であったか?人間ではなかったが、確かに生き返った……」
青孤は暫し熊女の顔を撫でて、考える素振りを作った。
「人間でなくとも、今生に生を得たものならば同じであろう?」
「確かに……」
「それに其方は眷属神だ。鬼の気を抜いてから様子をみても、遅くないであろう?」
青孤は土猪の言葉に、徐々に落ち着きを取り戻して頷いた。
大きく息を吐くと、青孤は熊女の口に口を付けて、熊女の中に流れ込んだ鬼の気を吸い取った。
大鬼の気は強力だ。熊女の中にある大鬼の気を吸い取るのに、幾度となく繰り返した。
すると熊女が呼吸を微かに始めた。
それを見た青孤は、全身の神力を一点に集めて、それ等を大きな気に変えて熊女の口の中に流し込んだ。
熊女の呼吸は徐々に大きいものとなり、そして大きく
「はあ……」
と声を立てて息を吹き返した。
「熊女……」
青孤はきつく熊女を抱きしめると、土猪を見上げて笑んだ。
「この前の礼だ……」
土猪はそう言って笑った。
その後落ち着きを取り戻した青孤は、神力で熊女を家まで連れ帰り、温かなふかふかの布団を用意して寝かせた。
「しかしながら、あの青孤があれ程までに正気を失うとは……」
土猪も一緒にやって来て、五月蝿いったらない。
「恋をすると、青孤すらも愚かになるという事であるな」
「ああ……土猪よ。其方のお陰で、熊女を失わずに済んだ」
もう何回同じ事を、言わされているだろう。
だが、息をしている熊女の姿を見ていれば、幾度となく土猪に礼を言わされようと苦にもならない、いや幾度言ったとて足りる気がしない。
「しかしながら、このような稀有な人間が存在するとは……」
土猪は感心しきりだ。
熊女は、 大鬼に蹴り上げられ弾き飛ばされた事は、生死に関わる事ではなかった。
ただ大鬼が持つ強力な悪い気に、当てられて死んでしまった。
大鬼の気で事切れたのであれば、大鬼の気を取り除けば高貴な神力を持つものであれば、蘇生が可能であった。
しかし、青孤はそれを知らなかったから、土猪が偶々訪れてくれていたのは幸いであった。
だから幾度となく土猪に礼を言うのは、青孤にとって当然の事だ。
「青孤……」
熊女は、土猪の話し声に気がついたのか、目を開けて青孤を見た。
「熊女……本当に良かった……」
青孤は熊女の手を取ると、その手に口づけて言った。
「青孤が助けてくれたんだね」
土猪が幾度となく話を繰り返すから、眠っている熊女ですら理解できてしまった。
「だったら今度は私が恩返しをしないといけないね」
……恩返しと恩返しでこれでチャラだ……
熊女ならいいそうな事だと、青孤は身構えた。
そんな事を言われても、こればかりは絶対に退けない。
「青孤……。私も恩を返す、青孤が嫌だと言っても……。所帯を持ってずっと一緒に暮らしたい」
これには青孤よりも、土猪が大喜びで飛び上がった。