青孤の嫁取り6
「誰も期待などしないから……」
熊女は、吹き出すように笑って言った。
青孤はバツの悪さに、打ちひしがれてヘタレ込んだ。
「だけどありがとう……」
熊女は青孤を見つめながら笑顔で言った。
「佐介の事で悲しかったが、なんだか平気になった……。お前が笑かしてくれたからやもしれん」
「……お前ではない。神使の青孤である」
「青孤……」
「あ、あおであった青孤だ」
「本当にあおなのかい?」
「だから申しておるであろう……」
青孤はムッとして言った。
「ああ……ありがとう。青孤……」
「べ、別によい……」
その翌日から青孤は熊女と共に畑に出かける事とした。
「まだ充分と回復しておる訳でないのに、そんなひ弱な体でついてこんでも……」
熊女は何かしらと青孤の貧弱な身体を口にするが、確かに見た目はどの眷属よりも華奢だが、俊敏な動きはどのものたちよりも引けを取らないし、神力さえ戻って来れば、どんなにがたいが良いものよりも〝力〟はある。
神力と体格は決して比例しない。
だが体力が回復しない今、確かに青孤は非力だし華奢だ。
都や町中の上流の者達であれば、その高貴な美しさは眼を見張る物だろうが、こんな山奥の自然の中で生きている熊女にとって、青孤の美貌は何の魅力ではないらしい。
「だから無理をするな」
青孤が鍬を持ち上げはしたものの、上手く鋤く事ができずにいると熊女な〝無理なのはわかっている〟といわんばかりに、鍬を振り下ろしながら言った。
「なんのこれくらい……」
青孤はフラフラとしながら言う。
何せ太刀さばきは眷属一であるから、その愛刀よりも重いものを持った事が無い。
神力は人一倍早く使いこなせていたから、手にするものは愛刀くらいのものだった。
鍬はそれよりもはるかに重い、それに体力も回復していないから、打撲に弱い体質なのに、しこたま吹っ飛ばされた折に、あちらこちらとぶち当たった為に体中が痛んでいる。
神力どころか力という力が回復していないのだから、鍬を振るだけでもやっとの思いだ。それなのに、〝鋤く〟などできるはずもない。
まあ、只の言い訳でしかないが、青孤は面目にかけても言い訳をしたい。
したいが、熊女はそれを許してくれそうにない。
そんな恥をかき続けながらも、毎日熊女と畑に行き鍬を振り下ろし土を鋤き続けていると、体力も回復してきているのか、どうにかこうにか格好がついてきた。
「熊女天気が荒れそうだ。今日の所は早めに切り上げるとしよう」
「え?こんなに上天気なのにか」
「山の天気は当てにならん」
「確かに変わりやすいが……」
長年森で暮らしている熊女であるから、多少山の天気も読めはするが、どう見たところで荒れる様子はとんとない。
だが青孤が譲らず言うので、熊女は青孤に従う事とした。
熊女は容姿に似合わず、非常に素直で従順だ。
小言も文句も言わずに、晴天の中後片付けをせっせとこなして、二人は帰途に着いた。
「!!!」
帰る途中で晴れてはいるが風が徐々に吹き始め、もうすぐ家だという辺りまで来ると、ポツポツと雨が降り始めた。
「本当だ荒れそうだ……」
熊女は感心するように言った。
「凄いな青孤。どうしてわかったんだ?」
「神使にわからぬものなどない」
青孤は熊女の手を取り走りながら言った。
「青孤は凄いな。長年森で暮らしている私ですら分からなかった」
熊女は今までに見せた事もないような、尊敬の眼差しを向けて言った。
「私にわからぬ事などないのだ」
面目躍如、青孤はドヤ顔を作って言った。
「はは……。青孤は本当に凄いのやもしれんな」
「体力が回復し力が戻って参れば、そのような言い方は致さぬようになる」
「そうかもしれんな」
熊女は屈託なく笑い、その笑顔に惹き込まれそうになる自分に、青孤は困惑をおぼえた。




