青孤の嫁取り5
「お前は誰だい?」
熊女は泣き顔のままそう言った。
「え?」
「お前は誰だい?何処から現れたんだ?」
「はあ?」
青孤は熊女の態度を見て、慌てて我が身を確認した。
「まさか……」
回復の度合いからしても、まだまだ元の姿に戻るのは先の事と思っていたが、余りの怒りの所為で神使の姿に戻ってしまった。
「お前は誰だい?」
男の為にめそめそと泣いて、青孤を激怒させた熊女は泣くのも忘れて青孤を見た。
「私は神使の青孤である」
「神使の青孤?ああ!あおが……」
熊女はそう言うと青孤の側に駆け寄り、お気に入りの青い毛並みを持つ、狐のあおの姿が無い事に慌てた。
「あおがおらんようになってる」
熊女は大慌てで、辺りを見回している。
「トロい奴よ。私がそのあおなのだ」
青孤の苛立ちはどんどん増している。
何時も穏やかで冷静な青孤だが、今日はかなりの〝おこ〟MAXである。
何故そうなのか、当の青孤すら理解していない。
「いやいや。私のあおは、それは綺麗な青い毛並みで……」
熊女は青孤をマジマジと見つめた。
「神使?」
「さよう」
「なんで?」
「なんでではない、神使なのだから神使なのだ。そのような事よりも、お前は何故に泣いておるのだ」
「……その事よりも……じゃないと思う。うんうん……私が佐介の婿入りに泣いているよりもだ……」
「だから、何故お前はあやつの為に泣くのだ?」
「……それは……佐介が嫁ごを娶るから」
「何故あやつが娶ると、お前が悲しいのだ?」
「それは……。私が佐介を好いていたから……」
「な、なに?その方はあやつを、好いておったのか?あのような者を?」
「佐介は小さい頃からの仲で。凄くいい奴なんだ。偶々庄屋様のお嬢様に見初められて、縁が付いたけど……」
「はん!それはそれだけの男という事だ。幼き頃からの仲の其方との縁よりも、たかだかの美女の縁を選んだたかだかの男にすぎぬ」
「佐介の悪口は言うな」
熊女は、再び泣き出しそうな顔を作って言った。
「泣くでない!あんな男の為に、この私の前で泣くでない!」
青孤も我を忘れて怒鳴りつけた。
すると熊女は、ぽろぽろと大きな涙を零した。
「なんであんたに、怒鳴られないといけない?」
「わ、私も解らんが、とにかく泣くでない。それ程独りが寂しいのであれば、私が其方の側にずっと居てやる故」
「…………?」
「お、恩返しに私が其方の側に、ずっと居てやる故、だから泣くでない」
「恩返しの為に?」
「そうだ。だから私はお前に助けられた〝あお〟だから、だから恩を返す」
熊女は暫くじっと青孤を直視した。
「恩返しなんて別にいい。それに別に独りが寂しくて泣いた訳じゃない」
「うっ……。これはこれで、あやつでなくとは、嫌だという事か?」
「そりゃ佐介さんがずっと側に居てくれる事に、こした事はないけど……」
熊女は少し頬を染めて言った。
その様子が再び青孤を激怒させた。
「この神使の私が、其方の為にずっと側にいてやろうと言うのだぞ? 」
「たかが狐のくせに……」
「な、何を申すか?この私に向かって……」
「……と言われても、たかが狐のくせに偉そうに……」
熊女は泣くのをやめて、青孤をマジマジと見つめた。
青孤は眷属の中でも美形を誇る。
血統だけではなく、持って生まれた〝もの〟自体に自信があった。
「狐の時も痩せ細っていたが、今とてお世辞にもたくましいと言い難い……」
熊女は不服げに、首を左右に振って言った。
「こんなひ弱な感じじゃ、なんの役にも立ちそうにない」
「は?はあ?何を戯けた事を……。傷を負うておったから何もできなんだが、力さえ戻れば……」
青孤は汚名返上とばかりに、台所の隅に置いてある、石臼を持ち上げようとした。
「!!!」
怒りに任せて姿が戻りはしたものの、流石に〝力〟が戻るはずもない。
青孤は大掛かりなパフォーマンスを披露しただけで、恥の上塗り状態と化してしまった。




