青孤の嫁取り4
女の名は熊女といい、大柄な女でこの森林に一人で住んでいる。
両親は数年前に二人とも他界しているから、熊女は女の身でありながら何でも自分でやった。
やったというよりできたというべきか、不思議な熊女はがたいもいいが女にしては怪力の持ち主なので、森林に両親達が作った畑仕事すら難無くこなせてしまうし、熊と遭遇したとしても、退治する迄はいかぬものの追いやる事はできたし、木々を切ったり割ったりする事もこなした。
なんとも非力一族の青孤にとって稀有な女であった。
今日も今日とて猪を仕留めて来て、滋養をつける様にと猪の血と肉を青孤にくれた。
青孤は神使であるから、余り血を啜ったり生肉を食したりは好まないが、確かに大量に血を流し出してしまっているので、滋養に効くといわれれば効くような気がしないでもないが……。
「熊……お前が拾った、珍しい青い狐というのはこいつか」
だいぶ傷も癒えて来た頃、初めて聞く男の声に青孤は耳を立てて男を凝視した。
「うん。毛並みも良くなって来たから、綺麗な狐だろう?」
熊女はそう言うと青孤を指差した。
「本当に綺麗だな……。こいつが居ればお前も寂しくないな」
「佐介?」
「お前も聞いていると思うが、山下の庄屋の娘と所帯を持つ事になって、俺は山を下りる事になった」
「本当に庄屋様のお嬢様と、所帯を持つのか?」
「ああ」
「昨年の今頃か?お嬢様が熊と遭遇した時に、佐介が助けたのが縁で、話が進んでるとは聞いてたが……」
「あれは俺だけじゃなくて、お前も一緒に助けた事だが、お前は女で俺は男だったから、俺が婿に選ばれる事になっちまった」
佐介はへへへ……と、照れ笑いを浮かべて言った。
「佐介はお嬢様が好きなんだろ? あんなに美しい女だもの」
「ああ……そりゃ、あんなに美しい女を、好きにならない男なんていないさ」
「そ、そうだねー。そうだよね」
熊女は力なく言った。
「俺とお前はこの森では、たった二人の幼馴染みだから、俺は何れお前を娶って、此処に残ると思っていたんだが……」
「な、何を言ってる。いいご縁を縁の神様が結んで下さったんだから……。佐介が好きになったんだから、それは良いご縁に決まってる……」
「俺はお前が、此処にひとりになってしまうのが心配なんだ」
「それこそいらぬ心配だ。私の方が佐介より力はあるし、この森で生きて行く方法を知ってる。佐介は森で生きるには非力だから、だから縁の神様が結んで下さったに違いない。山を下りた方がいいのさ」
熊女は笑顔を作ってそう言った。
「祝言にはこの〝あお〟が心配だから行けないが、お嬢様を大事にして幸せになるんだ、いいね?」
佐介は熊女を直視していたが、ほっと笑顔を浮かべた。
……心配なら残ればよいものを……
青孤は佐介の顔を見て苦々しく思った。
幼馴染みを心配する傍ら、山下の美しい乙女に心を奪われた事は事実なのだから……。
どんなに怪力の持ち主であったとしても、熊女は女なのにただ独りこの森に残される。
……何が俺が居て寂しくない……だ……
青孤は人間の男の薄情さに、吐き気を催して目を閉じた。
……………………。
暫く目を閉じて寝たフリを作っていたが。
囲炉裏の彼方側で、熊女が啜り泣きをしているのに気がついた。
青孤は首を擡げてじっと啜り泣く熊女を見つめた。
熊女はとても悲しげに泣いている。
あんなに怪力で、大女で大声で粗野で粗暴な熊女が、とても小さな幼女のようにしゃくり上げながら泣いている。
……なんで泣いているんだ?……
青孤はじっと見つめ続けながら幾度も言った。
……あんな人間の男の為に、なんで泣いているんだ……
青孤は意味も無い腹立たしさを覚えて見つめ続けた。
「何で泣いているんだ?」
青孤は怒りに任せて熊女に怒鳴った。
熊女はしゃくり上げたままの格好で青孤を凝視した




