青孤の嫁取り3
大神様に従って鬼征伐に出向いた青孤は、俊敏な太刀さばきで大神様のお助けをするが、鬼達は強固で剛力の持ち主だ、俊敏さと太刀の腕前では他の眷属達よりも秀でているものの、青孤の一族はとにかく非力だ。
確かにその要望から想像するに値する位の腕力しか持ち合わせておらず、そして打撃に弱い。
一瞬の不意を突かれ、青孤は大鬼の一打に吹き飛ばされてしまった。
それは驚く程の勢いで遥か遥か彼方に勢いよく吹き飛び、そして森林の大木の茂った葉の間をぶち当たりながら飛ばされ、気を失ったその後に勢いが和らぎ或る大木の下に落下した。
どの位意識を欠いていたのだろうか?
しとしと降る雨の冷たさに目覚めたが、如何ばかりとにかく身体が動かない。
打たれ弱いから、木々の葉の間でなければ、仮令神使の身であったとしても目覚めたかもわからない。
青孤は天に向けた目を静かに閉じた。
こうして暫く休んでいれば、いつかは回復するだろうが、それがいつになるかわからない。
一族のものが探しに来てくれればよいが、それは当てにならない。
冷たい雨は容赦なく、傷めた青孤の身体を更に冷たくいたぶる。
「おや。こんな所に狐が」
女の大きな声が傷だらけの青孤の耳に痛い。
「あらまあ、青い狐なんて珍しい……」
女はそう言うと目を閉じた青孤を覗き込んだ。
「………!」
青孤が少し目を開けると、大柄な女がずっと覗き込んでいる。
青孤は再び慌てて目を閉じた。
「なんだボロボロだけど、生きてるみたいだねー」
女は傷だらけの青孤の事など意にも介さずにカラカラと笑った。
「……じゃ、持って帰るか……」
「!!!」
ひょいと青孤の四つ足をまとめて持ち上げた。
そのまま肩に担ぐ様に青孤は運ばれた。
……神使であるが今は重症な状態だ、人間に何をされても抵抗などできない。下手をすればこれが今生との別れとなるやもしれない。流石の青孤も覚悟をした……
パチパチと音がする……。
青孤は重い目を開けると、大柄な女が囲炉裏に木を足していた。
女はその様子に気づいて、板ベラに無造作に横たえた青孤を覗きに来たので、青孤は大慌てで目を閉じた。
「なんでこんなに傷ついたか……。熊にでもやられたか?ひ弱な癖に熊に掛かって行くとは、根性は見上げたもんだ……」
大女はそう言うと、優しくボロボロの青孤の頭を撫でた。
「このちょっと奥に誰も知らない、私だけが行ける池がいるんだ。そこの水を飲めば元気になる。其処に自生する草花は薬草になるから、満身創痍のお前のあちこちに塗ったから、大丈夫。暫く寝てれば起きれる様になるさ……」
女の力は強くて、最初は少し痛かったが、撫でられている内に、とても心地よくなって、青孤は再び目を閉じた。
翌日再び目を覚ました時は、囲炉裏の側に質素な布の上に寝かされていた。
昨日目覚めた時は、まだ血が滲み出ていた為、板ベラに寝かされていたのだろう、新しく薬草を塗り替える時には、やはり板ベラに持って行かれた。
「まだ血が滲む……。かなりの勢いで投げ飛ばされたな……」
青孤は少し耳を立て聞いた。
……よく投げ飛ばされた傷であると理解したな……
たかが女の身で見抜くとは驚きだが、只の偶然だろうと納得した。
「毛並みが悪いからか、少し青みがかった毛色は珍しいな」
女はそう言うと
「お前の名はあおとしよう」
と言った。
……あお?また何と下手な名を……
青孤は眷属の中でも恥じぬ家柄の、その中でも恥じぬ血筋の家柄だ。
青い毛並みはその中でも、選ばれたものでしか誕生しない高貴な証だ。
その為父孤は青孤と名付けくれたが、意味は同じかもしれないが、響というか思いが違いすぎる。
元気が取り戻せない青孤は、不本意ながら暫く〝あお〟と呼ばれる事になった。
「あお」
女は何かにつけて、その気にくわない名で呼んだ。
日に幾度となく、下手をすれば一回に幾度となく連呼される。
不思議な水と薬草のお陰で、傷は少しずつ癒えていったが、その名を呼ばれる毎に気持ちは滅入って行くのも気づかずに、女は幾度も幾度も連呼する。