心して仕えよ14
鈴音は学生の頃から、しっかりしているというか、妙に現実的なところがあって、みことの様に白馬の王子様的な恋愛に憧れを持つタイプでは全くなくて、とにかく一つ吐出した能力を持つ、大人っぽい先輩とか先生とかに憧れを持つタイプだった。
だから現実とはかけ離れた異世界の住人である、神使いと結婚しようなんて、考える筈がないのだ。
「鹿静さんとの出会いってなに?……っていうか、神使いと恋愛するタイプじゃ、全然なかったよね〜」
「みこちゃんなら、未だしもだけどねー」
「うっ……そうとも言えるけど……」
「最初は全然そんな風に見えないわけさ」
「そんな風?」
「神使いとか人間じゃないとか……」
「ああ……なるほど」
みことが大きく納得して頷く。
「……やっぱりみこちゃん、全然変わらないね」
鈴音は嬉しそうに笑んだ。
「鹿静って幾つかの不動産会社の社長なのよ」
「えっ?ええ!」
……全然普通の人間基準じゃないじゃん……
みことの脳裏で、鈴音に対するみことのイメージが合致した。
「鹿静に引っかかったって感じ?」
「……セレブ婚目当て?」
「あ!今は違うよ。今は本当に鹿静が好きなんだ。神使いだろうと僕だろうと、人間じゃなくても妖怪って言われたって好き」
……嘘のようだ……
パッと鈴音の顔が、ほんのりと紅を差して美しく輝いた。
これが噂の〝恋する乙女〟ってヤツですかい?
「やっぱ、最初はお金がないよりあった方がいいじゃん?付き合ったのはそれかもしれないけど、付き合ってるうちに「これが堕ちるってヤツかぁ」って思ってさ。普通の人間とはちょっと違うから、もしかしたら不倫かなとか、彼女いるのかなとか隠し事がある感じで、いろいろ気をもみ出したら、そしたらみことこっちの負けさ」
鈴音はみことの目を覗き込むような仕草を作るが、今迄同性に感じた事が無い程に色っぽい。
「結局私が滅茶苦茶になって鹿静に詰め寄ったら、鹿静が覚悟を決めたように吐露してさ」
「吐露?」
「だから自分の事をゲロったのよ」
「ああ……神使いって事?」
「そう……。鹿静も私が好きだったわけだから、全部ゲロって私が退いちゃったら、それで関係が〝無〟になるの。つまり、私達の関係が無かった事になるんだって……。私の記憶から人生から、鹿静は無くなる。わかるこの意味?」
鈴音は真顔を作った瞬間に、悲痛な表情を作った。
やはり今迄生きて来て、初めて見る悲痛な表情。
「鹿静の記憶が無くなるだけじゃ無いんだよ。鹿静と私の接点が全て消されて、決して二度と関わり合う事が無くなるんだって……。偶然出会う事すらできないんだって……まあ、それって後から聞いた事なんだけどね」
鈴音は目頭を人差し指で拭いながら言った。
「で、いろいろ気になりだしてた私は〝神使い〟くらいって思っちゃったんだよね。不倫じゃないから結婚もできるし、二股とかじゃないから結婚もできるし……。たかが神使いでも幾つかの不動産会社の社長で」
「結婚もできるし……」
みことと異口同音で言ったので、二人は吹き出すように笑った。
「そんなに好きになっちゃったんだ?」
「……ほら、大神様を見てるからわかるだろうけど、彼奴らってこっちの理想そのものじゃない?神力は有るし」
「神力にこだわるよね?」
「やっぱり男は〝力〟よ」
鈴音は先程の乙女チックな表情とは、打って変わって言った。
こっちの鈴音の方が、みことの親友の鈴音の顔だ。
「結婚したいくらい好きなんだよね?」
「うん。みこちゃん、彼奴らって幻想とか幻覚とかの世界の住人だよ。結局私の気持ちひとつで、目が醒めたら全てが〝無〟になってる。鹿静も家も会社も二人の生活が無くなる……。この世の全ての人間に幻覚を与える事だって簡単にできる……それでも一緒にいたい」
「そうなんだ……。愛は偉大だね」
みことはちょと感激して涙ぐんだ。
「私の気持ちひとつで、死ぬまで社長夫人だもん」
鈴音は学生の頃のようにキラキラと、瞳を輝かせて言った。
「鈴音ちゃん……」
みことは感涙を引っ込めるように、鈴音の肩を叩いた。