心して仕えよ10
みことがやっと大神様から授かった使命は、大神様の神使である鹿静さんの許嫁が、主人たる大神様にご挨拶に来る、そのおもてなし……。
「つまりはお客様のおもてなしだわね?」
なんとも母は簡単に理解した。
「人間のお客様だから、ケーキやお寿司や天ぷら?唐揚げとかハンバーグかしら?」
「な、何を言ってんの?」
「だって今日の今日で、どんなもてなしをしろと?あんたは客間を綺麗に掃除して、叔母さん起こして手伝ってもらって……。???神様って何を召し上がるのかしら?叔母さんに聞かないと……」
何故だか俄然張り切りを見せた母が、忙しげに奥に走って行った。
「鹿静さんと許嫁さんが来られるわけですか?」
「そうだ」
「……それって、結婚を許してもらう時とかにしてるもんなんじゃ?なんか、今更って感じなんですけど」
「大神様は代替りをされたばかりで、多忙であられたのでそれが叶わなんだのだ……。第一鹿静は許しを得に来てはおるのだから、普段ならばそれで済む事なのだが……」
「わたしの我儘で婚儀に来てみたくなったのだ」
「は?」
「現生での神使の婚儀に参ずる事はそうないのだが、人間との婚儀に興味津々であったが為、多忙にもかかわらず来てしまったのだ」
「……因みに愚問だとは思うんですど、神前結婚ってヤツですよね?チャペルで彼方の神様に誓ったりしたら、マジウケる……」
「なにを戯言を申しておるか!」
赤獺が間髪入れずに恫喝した。
「おお!そう言えば、何方であろうか?」
大神様は朗らかに言われたので、赤獺は不遜にも一瞥して見せた。
「大神様、こやつの戯言に合わせないで下されませ……」
「ふふふ……。その方共が致しておる神前結婚と申すもの、面前に神が本当に居るものでも無い」
「ええ?そうなんですか?」
「第一神社に神様がお座すならば、一体全体神様は何百?何千神お座す事となるのだ?」
「あ……。じゃ、神様は高い所からいっぺんにご覧になってる?」
「高い所から見てるやもしれぬが、婚儀を見てはおらんな……。うん……たぶん……経験上……」
大神様は悪戯ぽく微笑まれた。
「ゆえに興味津々なのだ……。如何様に致すのであろうか?」
その表情があどけなくお茶目で、ちょっと可愛い。
それに反して厳つい赤獺は表情をどんどん強張らせていった。
「みことよ。赤獺に怒鳴られる前にちゃっちゃと準備を致せ」
大神様はお茶目な表情を崩さぬまま、みことに向けて言った。
……マジそれって反則でしょう……
「何をぐだぐだと言っておる、早く致せ」
みことは遣る瀬無い思いを胸に、お言いつけ通り急いで居間の掃除へと向かった。
「赤獺よ。許す前に逢うてみなくとはならなんだのか?」
「はっ?誰にでございます?」
「鹿静の許嫁にだ」
「そのような事は……。みなお許しを頂いて娶っております」
「ふむ……。そうであるよな?みことは実に面白い事を申す娘であるな」
「只の無知なだけと申せます」
「なるほど、そうとももうせるやもしれぬな……」
大神様が大きく頷かれている時、みことは母の指示でとてもとても忙しい思いをしていたのだった。
母と叔母は料理に忙しくし、買い出し出前の注文などは、みことがする羽目となった。
こんなに甲斐甲斐しく動くのは、たぶん今生で最初で最後と言い聞かせ、約束の一時にはどうにか片付いて、大神様と赤獺を居間にお通しする事が出来た。
「なかなかであるな」
何時も小言ばかりの赤獺が珍しい言葉を吐いた。
「ささ……上座に……」
「ふふ…マジ神座?」
「何を馬鹿言ってんの?」
みことの戯言に、赤獺ならぬ叔母が突っ込みを入れた。
そんな事をしている内に、お客様が母に連れられてやって来た。
「お久しぶりにございます」
鹿静さんが障子を開けて座して平伏した。
「おお鹿静久方ぶりである」
赤獺が明るい声で言った。