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第九話 騙され猫と10万ジェニー


「お、戻ってきたか」

「はい、戻りました。サーニャさんあとでちょっと時間もらえませんか? 話があります」

 俺に200万ジェニーという大金を『先行投資』してくれようとした理由を単純に知りたかった。 


 そんな俺の問いかけに何も不思議がることもなくサーニャさんは平然とした顔で

「おう、後でな」と気軽に言ってくれた。

 この言葉に策略めいたものは感じないし、聞いたらちゃんと説明してくれそう。これでひとまずは安心だ。



「それより、お前が連れてきたあの女はなんだ?」

 あの女とは道端で声をかけてきた猫娘シエラのことだ。

 美しい少女だがそれ故に怪しさ満点。

 それに俺のことを同姓の偉人の息子と勘違いして仕事を依頼してきた事実も面倒くさい。

 この街の市民権を得たばかりなので面倒ごとに巻き込まれたくはないのだ。



 出来れば丁重にお引取り願いたかったが、すぐに懐いてしまったユイリちゃんの手前無碍にすることも出来ず、無理やり工房までついて来られてしまっていた。

「仕事の依頼みたいなんですが」

「なんだ仕事の依頼なのか。てっきり女をひっかけてきたのかと思ったぞ」



「ユイリちゃんがいるのにそんな事しませんって」

「いなかったらしてたのか?」

 どう言えば正解なのですか、その顔怖いです…………。

 


 不穏な空気を打ち破ってくれたのは猫娘のシエラだった。販売所のカウンターに何やら布に包まれた品物を置いたのだ。



「にゃーの使っている武器をこれでパワーアップして欲しいにゃ!」

「中を見ても?」

「オッケーにゃ。でも丁重に扱うにゃ?」

 幾重にもおられた布を解いていくと、中から亀の甲羅? のようなものが出てきた。

 なんだこれ?



「これは『玄武の甲羅の欠片』にゃ」

「『玄武の甲羅の欠片』だぁぁ!?」

 話を一緒に聞いていたサーニャさんが思わずと言った感じで声をあげる。

「流石にお姉さんも知っているにゃ~ね」

「玄武の甲羅の欠片のことなら、な……で、これどうやって手にいれたんだ?」



 それを聞いたシエラはにやりと口角を上げ語りだした。

「街道沿いにある宿場町の酒場でお酒を飲んでいた時に、とても威厳のある老人から声をかけられこれを譲り受けたにゃ。決して楽ではにゃい取引だったけど、にゃーの優れた交渉術で本来の価値から考えるとびっくりするくらい格安で手に入れることが出来たにゃ!」

 


 お酒、取引、相場より格安……あっ。 

 俺はもちろんサーニャさんも瞬時に察したのか、指摘するのをためらってしまう。

 それをこちらが聞き入っていると勘違いしたのか、シエラのセリフはだんだんと芝居じみてきた。



「あの老人は人を見る目があるにゃ。にゃーを見るなりこう言ったのにゃ」

「なんて?」

「そこのお嬢さん、名うての冒険者と見受けるがどうじゃ? あー言わんでもよい。もうろくしたワシでもお嬢さんからすさまじいオーラを感じるでな」   

「それで?」

 女の子の会話を適当に聞き返すマシーンになってしまった俺。いつ切り出すべきか……。


  

「ワシも冒険者として長いことやってきたが、ここらが潮時と思っておる。もう体力も限界でのう。引退して息子夫婦の下で余生を過ごそうと思っておるのじゃ」

 シエラは熱の入った演技で老人のモノマネを続ける。 



「お主のような将来有望な冒険者になら、この『玄武の甲羅の欠片』を格安で譲ってやってもいいぞいって」

 シエラは言い終えると感動のあまりふるふると体を震わせていた。

 後で別の意味で震えてそうだが……。



「アキラ、ちょっと」

 いつのまにかカウンターからいなくなっていたサーニャさんに小声で「来い来い」と店の奥から手招きされる。

「お前も気付いたと思うがあれは『玄武の甲羅の欠片』なんかじゃない」

「……でしょうね」



「あれはこの世界のどこにでもいるグリーンタートルの甲羅だ。『玄武の甲羅の欠片』ってのはな、十年に一度顕現する伝説の聖獣『玄武』を倒したときに稀にドロップする超レアな素材だ。その素材を混ぜて強化された武具は国に途方もない金額で買い上げられる。…………あとは言わなくてもわかるだろ?」

 


 返事の変わりに首肯する。

 そして、年下のユイリちゃんと楽しそうに遊んでいるシエラの顔を見た。

 冒険者と名乗っていたが、命のかかっている職業を生業にしている割にはそこから緊張感のようなものが一切感じられない。俺の見立てだと蝶よ花よと育てられた一人娘くらいにしか見えない。悪い奴ではないのかもしれないが、悪い奴には騙されやすそうだ。かわいそうに……



「どうしましょう、伝えたほうがいいですよね?」

「仕事を依頼されたのはお前だ。後ろで見ていてやるからうまく対処してみろ」

「やってみます……」



 気が重い。

 だけどあやふやにしたままじゃ他所でも同じようなことで騙されそうなので、ここで真実を知ってもらうのがこいつのためだと思い、全てを伝える事にした。



「シエラ、ちょっといいか? 落ち着いてよく聞いてくれ」

「なにかにゃ?」 

 

 

「これは『玄武の甲羅の欠片』じゃないそうだ。お前その老人に騙されたんだよ」

 ズバっと言ってやった。その瞬間、シエラの瞳孔がカっと開く。

「にゃにゃ!? そんな事あるはずないにゃ! だってにゃーはこれに全財産をはたいたのにゃ? もう冒険を続ける路銀だってにゃいのに」

 


 パニックなのか、言っている事全てが根拠になっていない。

 てか全財産はたいたのかよ……



「信じたくない気持ちもわからんでもないがこの甲羅、どこにでも生息しているグリーンタートルの甲羅らしいぞ?」

「んにゃーー!!」

 今度はギャグマンガみたいに飛び上がってしまった。よほどショックだったのだろう。



「にゃ、にゃーは信じないにゃ!!」

 シエラは現実を直視できず、半べそをかいちゃっている。

 だいぶ感情的になっているし、これ以上やりとりしても平行線を辿るだけで埒が明かないと思っていた所でサーニャさんの助け舟が来た。



「話は聞かせてもらったよ。残念だがその素材はどこでも取り扱ってる安価なものだ。今からその証拠を見せてやる。ユイリ、これ倉庫にいっぱいあったろ。ちょっとここに持ってきてくれ。アキラ、お前は運ぶの手伝ってやれ」

「わかりました」

 


 ユイリちゃんと素材置き場になっているという店のバックヤードに向かう。

 いろんな物がごった返していたが、ユイリちゃんは迷うことなくある木箱へ向かう。そして木箱の中身を確認せず「お母さんが言ってたのこれなんだ。お兄ちゃんお願い」と言った。


 

 念のためふたを開けて中身を確認すると、確かにさきほど見たのと同じものがいくつも詰まっていた。販売所に並ばず乱雑に取り扱われているところからして、大分安価で需要のない素材であることがわかる。



 大量の素材を木箱から取り出し、シエラの待つカウンターの前に並べる。見ていたシエラは「あわわ」といいながら震えている。

「ニャーはこれに大事な10万ジェニーも……いち、じゅう、ひゃく、せん、まん、じゅうま……ふぅ――」

 


 あ、倒れる。

 流石に見過ごすわけにもいかないので、カウンターから飛び出て床に激突する前にシエラをキャッチする。

 そして、『どうしましょう?』ってな顔で店主のサーニャさんの判断を仰ぐ。 



「やれやれ、二日続けて変なことが起きやがる…………だが、流石に気絶した人間を外に放り出すわけにもいかん。アキラ、そいつをベッドまで運んでやってくれ」

 確かに哀れすぎる。ショックがでか過ぎて口から泡吹いちゃってるもん。

 言われたとおりベッドへ運ぶため、意識を失ったシエラをおんぶする。


 

「あー! お兄ちゃんどさくさに紛れてシエラさんのお尻触ってる! いけないんだー」

「違うって。こうやっておんぶしないと、意識ない人って重いから運べないの。冗談でもそういうこといっちゃ駄目だからね」



「でも、お兄ちゃんなんかエッチな顔してるもん!」

 しているかもしれないが即、反論する。

「してない、してないって!」

 こんな他愛もない問答をしながら、ユイリちゃんに二階にある空き部屋まで先導してもらうとその部屋のベッドに傷心のシエラをそっと下ろす。



「シエラさんかわいそう……」 

 そう言ってユイリちゃんはシエラの涙と口元を拭いてあげていた。優しいなぁ。

 しばらくユイリちゃんが優しく付き添ってあげているとシエラは寝息をたて始める。



 寝顔を確認してから俺のお役ごめんとばかりに部屋を出て行こうとすると

「んにゃー。とと様、かか様、ごめんにゃさい……大事なお金を……ううぅ」という声が聞こえてしまった。



 女の涙を信用してはならない。

 今までの人生経験からすると間違いないはずなのだが……。

 だからと言って、これを見なかったことに出来るほど冷徹でいたくないとも思う。

 流石にどうにかしてやらないとな……俺はサーニャさんにどうやって頼み込むかを考えながらユイリちゃんと手を握って仕事場へと戻った。 






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