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第八話 うさんくさい猫娘


「二人とも朝だぞ、起きろ」

 大きな声と差し込む日差しで一気に覚醒した。

 と同時に肌寒さで昨日かけていた掛け布団がなくなっていることに気づく。

 そういや隣に寝ていたユイリちゃんが途中で掛け布団を蹴り飛ばしていたような? 疲れてたからそのままにしちゃったけど、たぶん暑かったのだろう。子供の体温ってすごいし。

  


「おはようございます」

「おはようさん。二人とも顔を洗ってこい。そうしたら飯だ」

「はい」「はぁ~い」

 昨日はあれほど疲れきっていたというのに、一晩寝ただけで気分爽快。

 若いってすばらしい。



 一緒に下へ降りていき、顔を洗う。気持ちがシャキっとする。

 食事中サーニャさんから何気なく「昨日はありがとうなアキラ」と言われる。それはこちらのセリフなのだが。

「いえ、俺もあのまま一晩泊めてもらって、ありがとうございます」

「その事なんだがな」

「はい?」



 食事の手を止め、サーニャさんの話を待つ。

「これからどうするんだ? お前さえよければここで雇ってやってもいいぞ。衣食住ありの好条件だ、どうだ?」

 ありがたい提案だった。この世界の事を何も知らない状況で魔王を倒しにいくなんて無謀すぎる。ここで色々なことを教わり、それから攻略を開始しても遅くないはずだ。



「ありがとうございます。その提案に甘えさせてください」

「よっしゃ! 今日からお前はマクシミリアン工房の一員だ。よろしくな、カグツチアキラ」

 突き出された左手と握手を交わす。すると「よろしくな、アキラお兄ちゃん」とユイリちゃんは右手を突き出してくる。サーニャさんのマネかわいい。



 食事を終え、ユイリちゃんと仲良くお皿を洗っているとその最中、席を外していたサーニャさんが何か封筒のような物を持って戻ってきた。



「アキラちょっといいか? 昨日一緒に行った冒険者ギルド、あるだろ? あそこに行って手続きをしてこい」

「何の手続きです?」

「この国で活動するためのお墨付きをあそこで発行している。面倒な手続きとか、話はこっちでつけておいてやるから」



「昨日あったばかりなのに何から何まで……」

「先行投資だ気にするな」

 出会ったばかりで素性もよくわからない俺になんて親切な人だろうか。

 最初にこの世界で出会った人がこの二人でよかった。本当によかった。



「ユイリも一緒にいくー」

 そんな愛娘をサーニャさんはじろりとにらみつける。

「アキラは遊びでいくんじゃないんだぞ? ユイリは家でお母さんと一緒に待ってなさい」

「やーだーユイリもお兄ちゃんと一緒に行くのーー」



 人の家の教育に口出しするのはよくないかもしれないが、自発的にお手伝いをしたのだから多少のご褒美があってもいいのではないか? 

 かわいそうなので少しだけ助け舟を出してみる。これでダメならごめんね。



「ユイリちゃん昨日から頑張ってますし、絶対に目を離しませんから一緒に連れて行っていいですか? それに一人で行ったら道に迷っちゃうかもしれませんし」

「……ユイリに甘いなぁお前は。まぁいい。頼んだぞアキラ」

「はい、任せてください」

「やったーお兄ちゃん大好き!」



 ユイリちゃんと出かける準備をし終えると、サーニャさんから「これを持っていけ。これを冒険者ギルドのはげ頭のおっさんに渡せば全て済む」とさっき見た封筒を渡された。それを受け取りユイリちゃんと冒険者ギルドへ向かった。



 冒険者ギルドに着くと目的の男性はすぐに見つかった。

 大賑わいのカウンター付近で順番を待ち、ユイリちゃんと料理の話をしていると、まもなく自分の番が訪れた。



「お、昨日の坊主じゃねえか。今日はどうした? 素材の買取ならあいつに頼んでくれよ」

 あいつと言われ指で刺された女性はカウンターの奥から愛想よく手を振ってくる。それに手を振り返すユイリちゃん。とてもほほえましい光景だが、今日は目的が違う。



「いえ、今日は冒険者ギルドに加入するために来ました。手続きをお願いします」

「ふむ」

 あれ、ちょっと空気が悪くなった。何か気に障ることでもしてしまったか?

 


「坊主、冗談を言っちゃいけねーよ」

「え、どういうことです?」

「知らないのか? 冒険者ギルドに加入するためには厳しい条件があるんだよ」

「厳しい条件?」 



「そうだ。簡単に説明するとだな、ギルドに加入するためには金か冒険者としての実績が必要だ。それだけじゃねーぞ? 未成年はこの街に何世代も暮らしている引受人が必要だ。これら全てを集められれば即日冒険者ギルドに加入できるが、外から来た子供のお前さんじゃ無理だ」

 


 お金がいくらかかるかはあとで聞くとして、まずは預かった封筒を渡しておこう。

 話をつけておいたと言ってたし、お金を払う前に渡しておけばいろいろと免除してくれるかもしれない。



「あの、これサーニャさんに渡すよう言われてたものです」

「ふむ」

 俺が封筒を渡すと、禿頭の男は封筒の中身と、俺の顔を何度も見てくる。更に封筒を天窓からの陽光で透かしたり、裏面を確認したりとその行動ひとつひとつに俺に対する信用がまったく感じられない。終いには「ユイリちゃん! ちょっといい? これ本当にお母さんがこの坊主に渡したの?」とまで言い出す始末。

 


 少し離れたところで素材の買取を担当するお姉さんと楽しくおしゃべりをしていたユイリちゃんが戻ってくると「そうだよ~」と返してくれた。

 ユイリちゃんの返答が決定打になったのか、禿頭の男は渋々といった感じではあるがギルド加入の手続きを始めてくれた。



「あ、ちなみに冒険者ギルドの加入金っていくらなんです?」

「200万ジェニーだよ。本当サーニャのやつ何を考えているのやら……」

「に、にひゃくまん万ジェニー!?」

  昨日魔物たちを倒して手に入ったジェニーが126万。元手ゼロの臨時収入だったからそれを先行投資に使うのはまだわかる。でも、そこに74万ジェニーも上乗せして、昨日会ったばかりの人間に託すなんてことがありうるか? ……普通あり得ないよな。

 


 サーニャさんが悪い人じゃないのは間違いないが、理由がわからないと正直怖いぞ。 

 高額なお金はトラブルの元だ。万が一これがサーニャさんの好意なだけであるならいいが、お金を稼ぐ苦労を知っているからこそ、そうは思いづらい。なので払えるあてがある今、自分で支払うことにした。



「あの、すいません。加入金は俺が払います」

 帳簿のようなものを机の上に出し、作業を始めていた禿頭の男の手が止まる。

「払うって……200万ジェニーだぞ? 坊主に払えるわけなんて――」

 言い終えるより先に200万ジェニー分の金貨をテーブルの上に置く。

 


「これで足ります?」

「あ、ああ……まぁいいけどよ。どっからこんな大金を? まさか盗んだとか」

 うーん、人に信用してもらうって、なんて大変なのだろう。 



「これは俺が旅に出る際、親からもらった支度金です」

俺を異世界に送ったカミシマとその上司からのギフトなのが癪に障るが、まっとうなお金の使い道が出来ているのでこの際細かい事はいいや。



「よほど名のある家柄じゃないと子供にこんな大金渡す親なんかいないぞ…………うん? そういやお前カグツチアキラとか言ったな……どこかで聞いたことあるぞ………………そうか! わかったぞ」

 なにがわかったのだろうか。こっちはなんもわからん。

「カグツチアキラお前、勇者御用達の刀匠、カグツチ家のご子息なんだろう?」

 


 ……いえ、そんな人一ミリも知りません。

 中二心を忘れない酔っ払いアラサーが『かっこいいだろう?』ってだけでつけた痛い名前なんです! などと言える訳もなく。



「そうです! グロリアにもカグツチ家の名がとどろいていましたか!」

 と、適当に話を合わせる。

「なんだよもう。最初から言ってくれれば手続きなんてあっというまに終わってたのに」

「ははは、すいません――」



「ちょっと、そこのお兄さん」

 用事を終えた工房への帰り道、はぐれないようにユイリちゃんと手をつないで帰っていると後ろから声をかけられた。

 


 振り向くと真昼間から大分きわどい格好をした猫耳の美少女がそこにいた。そりゃ異世界だし猫耳娘もいるよなぁとゲーマー的な発想をしたのち、ユイリちゃんの教育によくないので無視して帰り道を急いだ。



「にゃにゃ! ちょっと待って欲しいにゃ!」

「ユイリちゃんの知り合い?」

「ううん? ぜんぜん知らない人」

 


 なら、怪しい人で間違いないだろう。

 美少女+セクシー衣装+気さくに話しかけてくる知らない人=やべぇ奴。

 ついて行ったら怪しい壷を買わされたり、変な宗教に勧誘されちゃったりするんだ。

 関わらんとこ。

「じゃ、そういうことで」

 


「何か勘違いしてるかもしれにゃいけど、そうじゃないにゃ! にゃーはシエラっていう名の冒険者にゃ! 怪しい者なんかじゃないにゃ!」

「でも、怪しい人はみんなそう言って否定するし……」

「お兄ちゃん、話だけでも聞いてあげようよ。にゃーさん泣いちゃってるよ?」

 


 女の涙は絶対信用しちゃだめなんだよと九歳児に言うのはためらわれ、俺は渋々シエラと名乗った猫娘の話を聞くことにした。



「さっき冒険者ギルドにいたらお兄さんの話が聞こえてきちゃったにゃ。お兄さんはカグツチ家のご子息にゃんだって」

 こんな目立つ猫娘近くにいなかったはずだけど、猫耳のおかげで遠くでも話が聞こえていたのだろうか?

 実際はカグツチ家なんか知らないが、否定するとややこしいことになりかねないのでここでも話をあわせる。



「そうだけど、それが何か?」

「にゃんか、とげのあるいい方にゃ……まぁいいにゃ。にゃーはカグツチのご子息に仕事の依頼をしたくて声をかけたのにゃ」

「仕事の依頼?」

「そうにゃ! にゃーに見合う立派な武器を作って欲しいのにゃ!」


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