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第七話 束の間の休息

 


 聖都グロリアに突如現れた魔物達を撃退した後は、疲労で足がガクガクになってしまうほど忙しかった。三人で壊されたドアや壁を大雑把だが補修し、その後は魔物を倒したら手に入った大量のアイテムを何往復もして冒険者ギルドに持ち込み換金した。



 その額はシステムメッセージが教えてくれた通り、126万ジェニーぴったりだった。



 冒険者ギルドへ何度も向かう途中、この世界の相場が気になって露店を注目して見たが1ジェニーは日本円で1円と考えてよさそうだった。


 

 異世界で日本語が通じているし、俺が転生先で速攻つまづかないようカミシマ陣営から色々と配慮がなされているのかもしれない。

 ありがたいと一瞬思いかけたが、元凶を作ったのは奴らだ。優しさの裏に何かあると思い直す。



 そんなこんなで気づくと辺りはすっかり暗くなっていた。

 そして今、大量のジェニーが手に入りほっこり笑顔のサーニャさんに誘われるがまま夕食を三人で取っている。



「要するに、お前は地球という別の世界の人間で、訳あってこの世界『エーステ・ディベルト』に転生してきたと?」

「そうです!」

 お酒が入って上機嫌なサーニャさんは、俺の荒唐無稽にしか聞こえないであろう話をしっかり聞いてくれていた。 



「そして神様にもらったチート能力で、ユイリの包丁に『勇者アミルマミル』が使っていた『聖剣シャイニングマスター』に匹敵するような力を付与して今日の厄災から私達を救ってくれたってわけだ」

「そうなんです!」

 


 神様というかカミシマ陣営からもらった力のはずだけど、言ったところで伝わらないしいいか。

 それよりこんな荒唐無稽な話を信じてもらえたのか驚きだった。自分が同じ内容の話を聞かされていたら、絶対信じられない。



「そうか、そうか」

「信じてもらえたようで何よりです」

「…………」 



 あれ?……………………何この変な間。



「ユイリ、そこのパン一切れ取ってもらっていいか、あとお肉も。あ、ブロックのままくれ」

「は~い」

 転生云々の話は何事もなかったように消失し、家族団らんの食事風景になってしまった。



「もしかして、信じてもらえませんでした?」

 グビっとコップに入った酒を一気にあおったサーニャさんは「ウィ~」とおっさんくさい事を言った後食事の手を止め、真正面から真剣な目で俺を見つめこう言った。



「私とユイリじゃ起こせない一生に一度あるかないかの奇跡を目の当たりにした後だからな、お前の話を信じてやりたいのはやまやまなんだが……」

「だが?」



「いやな、お前がその力をこの包丁に込めたと言われても私は納得出来ん」

「そう、ですよね」

 流石にそこまで信じてもらえなかったか。



「まぁ、そう落ち込むな。そういうのは凄腕の冒険者が必死になって集めた素材を、武具を造ることに人生の全てを捧げた、文字通り神のような鍛冶職人が作ってはじめて成り立つような話だ」



 サーニャさんは目の前の若造がそんなすごいもん作れるわけないだろうと言っているわけだ。

 俺が造ったのは事実だけど、あれを造ったと言っていいのか自分でも甚だ疑問なので、そう思われても仕方ない。



「それにな。さっきお前の手を触らせてもらったが、ありゃ鍛冶職人としての苦労や鍛錬をまったくしていないないド素人の手だった。あれで話を信じろといわれても私には到底無理」

「ですよね……」

 


 言われた自分の手のひらを眺めてみる。指先の節々はスラっと伸びゴツゴツしていないし、怪我や火傷のあとなどまったくない綺麗な手だった。



 これで信じてもらうのは確かに無理だが、間違いなく自分のチート能力のおかげで今日は助かったわけで……めんどくさい事になってしまった。

 


「お母さんもお兄ちゃんもさ、その話もうよくない? ユイリ食事中はもっと楽しい話がいいなぁ」

「ま、そうだな。色々あったが何はともあれ命は助かった。それにこうしてうまい酒と料理も食べられているし、これで十分だな」

 


 九歳児にフォローされてしまって情けないが、その通りだと思った。

 今日は異世界に転生させられるわ、エピックウェポンを作って魔物達を撃退するわ、ゲームでしかありえない事が自分の身に起こりすぎて心身ともに疲れた。

 


 だから心を休めるために今はこの瞬間を大いに楽しもう。

 三人で食べる料理はたしかにおいしい。



「ですね。ところで俺もそこのお酒飲んでいいです?」

 サーニャさんがあまりにもおいしそうに飲むものだからさっきから気になっていた。

 酒好きとしてこの世界のお酒の味に興味津々。



「お前まだ十五だろう? お酒は十六からだ。あと一年待て」

「そこをなんとか、なめる程度でいいので」

 


 体は十五歳だが、中身は二十九歳だし道徳的にも問題ないだろう。

「悪い奴だなお前、ユイリが真似したらどうするんだ……ま、今日は頑張ってくれたし、少しだけならいいか」

「やった!」

 


 少しと言いながらもコップ半分くらいまで注いでくれた。意外と融通がきくなサーニャさん。

 隣で「ユイリも飲む~」とねだられたが手で制してから、ちびちびと味わうように飲んでいく。



「ふわぁ~うめぇ」

 疲れた体に染み渡る極上の味わい。

「だろう? 今日は久々に奮発したんだ」

 


 相当いいお酒なのではこれ? 口当たりもよく非常に飲みやすい。

 食欲が増進し止まらない! 口にいっぱい料理を詰め込むと、のどがつまって激しくえづく。サーニャさんもユイリちゃんもそれを見てにっこり笑顔。

 なんて幸せな食事だろう――




 食事中はしゃぎ過ぎたのか、船を漕ぎ出したユイリちゃん。それに気づいていたサーニャさんから「アキラ。すまんが、ユイリを部屋まで運んでくれないか?」と頼まれる。



「わかりました」

「ありがとう。私が運んでやりたかったが、飲みすぎてちょっと足元がおぼつかない」



「でしょうね、顔真っ赤ですし。後の事は任せてゆっくりしていてください」

 サーニャさんはそれを聞いて安心したのか「ん……」と言ったきりテーブルに突っ伏して寝息を立て始めてしまった。あとで何か暖かくなるようなものをかけてあげよう。



 ユイリちゃんをおぶり階段を上っていく。

 九歳児の重さはこんなものなんだなと感心していると部屋に着いていた。

 ユイリちゃんをベッドに寝かせ、部屋から出て行こうとするとズボンを後ろから引っ張られていた。



「どうしたの? ユイリちゃん」

「一人で眠るの怖い……」

「あ……」

 


 魔物に襲撃された後も気丈に振舞っていたから気づかなかったが、今日の悲惨な出来事は子供であるユイリちゃんの心に大きなダメージを与えてしまっていたようだ。考えればすぐに分かることなのに気づけないなんて、大人として失格だ。情けない。



「よし、今日はお兄ちゃんが一緒に寝てあげる。でもその前にテーブルで寝ちゃったサーニャさんにシーツか何か暖かくなるものをかけてあげないといけない。すぐ戻ってくるから、いいよね?」

「うん……でもすぐ戻ってきてね?」

 


 元々ここに泊まるつもりはなかったのだが、ユイリちゃんのことを想えばこれで正解だろう。事情を説明すればサーニャさんもきっと分かってくれるはず。



 ユイリちゃんに薄手の毛布がある場所を聞き、それを持ってサーニャさんの元へ行き、体にそっとかける。

 起こして寝室に連れて行くことも考えたが、大人の女性にそれをやるのは少し気が引けた。それ以前にぐっすりと寝入っているのでこのままのほうがいいだろう。



「サーニャさんお休みなさい」と言って二階へ上がろうとしたら

「娘に手を出したらころすからなぁ~。むにゃむにゃ……」と物騒な寝言が返ってきた。母親として当然のことかも知れないが、そんな心配要りませんって、本当に。



 約束どおり一人さびしく恐怖と戦っているユイリちゃんのもとへ戻り、一緒の布団に入ると、すぐにぎゅっと体に抱きつかれた。



「お兄ちゃん、遅い! ユイリ一人で怖かったんだからね」

「すぐ戻ってきたつもりだったんだけど、ごめん」

 


 ユイリちゃんに謝りながら、布団に入った子供の体温って何かに似ていると気づく。

 実家にいる愛犬のような温もりなのだ。あのマヌケで愛らしい顔を思い出すと思わず笑ってしまった。



「あー! お兄ちゃん笑った!

 選択肢を誤ってしまった。セーブ前に戻ることなどできない。どうすれば機嫌を直してくれるだろうか?



「そんなつもりはなかったけどごめん。どうしたら許してくれる?」

 長い沈黙……相当怒らせちゃったかな。

 だけど、それは杞憂だったみたいで、ユイリちゃんからささやかでかわいらしいお願いをされる。



「寝ている間もユイリの手、ずっと握ってて?」

 返事はせず、ユイリちゃんの手を布団の中から探し出し握ってあげるとユイリちゃんも握り返してきた。それでようやく安心したのか、程なくして寝息を立ててユイリちゃんは夢の中へ旅立っていった。


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