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第六話 実はピンチなんてものは最初からなかった

 


 ドアを叩いていたのは高齢の男性で、サーニャさんはその人を家に招きいれた。

 その人はよほど急いでやってきたのか汗だくで、肩で息をするのもやっとの状態だ。



「ベベット爺、その話は本当か? 冗談だったらただじゃおかないぞ」

 そう言ってからサーニャさんはベベットと呼ばれた高齢の男性に水を手渡す。

 受け取ったベベットさんはそれを一気に飲み干すと、まくし立てるように言った。



「危険がすぐそこに迫ってるんだぞ! 赤ん坊のころから知っておる家族同然のお前に嘘をついてどうする! 早く荷物を纏めてユイリちゃんと安全な所へ向か、ゲホッゲホッゲホ」

 


 サーニャさんは咳き込むベベットさんの背中を優しく撫で、収まるのを待った。

「だ、大丈夫かよ、ベベット爺」

「大丈夫だ。老人扱いするな」  

 


 ユイリちゃんもただ事ではないことに気づいたのか、俺にぴったりと寄り添い、ギュッと腕をつかんできた。不安なのだろう。

 


 男としてここはしっかりとしないといけない場面だが、俺も内心不安になっていた。子供のユイリちゃんよりも、悲惨なことが想像できる分たちが悪い。

 


 転生した自分は戦闘スキルをまったく振っていないからただの一般人でしかない。

 それに非常に情けないことだが、平和な日本で育ったため、こういった命がかかる場面が迫ってくると免疫がない分どうしようもなく怖い。



 でも、自分を頼ってくれている子供の前でくらい何でもないよと強がれる芯の強さはある、はず。それを証明するために外面だけでもどっしりと構えてみせた。



「それが本当なら聖都防衛軍は何をしているんだ? 平和ボケして全員休暇でも取ってるのか?」


 

「大半の兵は同盟国との合同演習をしている。今街の前線を守っているのは今年採用された新兵ばかりで、ほとんどのやつらが魔物の大群を見て恐怖のあまり城へ逃げ帰ってきたそうだ」 

「まじかよ、本当に平和ボケが原因とは思わなかったぜ」

 事態は思っていた以上に芳しくないようだ。転生初日からハードモード過ぎる。



「今いる新兵どもの指揮は実戦経験のない上流階級の子息が取っている、このままここで留まっていたらどんな悲惨な目にあうか考えないでもわかるだろ? だからお前達はすぐに荷物を纏めて安全なところへ逃げろ。ワシは他のやつらにもこの事を伝えなくてはならん」



「わ、わかった。ユイリ! 二階で自分の荷物を纏めてきな!」

「うん、お人形さん持って行っていい?」

「……全部は駄目だ、身軽でいられるように一つだけにしておけ。アキラ、ユイリを手伝ってあげてくれ」

「わかりました」



 ユイリちゃんに連れられ、二階の部屋へ向かう。中に一緒に入ると女の子らしいかわいい物がいっぱいあった。



「お兄ちゃん、必要なもの投げていくから、この鞄に荷物いれてもらっていい?」

「いいよ」

 皮製の大きな鞄が投げられ、それをキャッチ。それからいろんな物が俺めがけて投げられてくるのでそれもキャッチし、つめていく。つめていく、つめて……荷物多すぎない!?



「ユイリちゃん、いくらなんでも荷物多すぎない? お母さんに身軽にいられるようにって言われたでしょ」

「うん、言われたけど……」

「けど?」

「全部お父さんとの大事な思い出の品なの」

 


 とてもデリケートなことを言わせてしまって心が痛んだ。

 だが、なるはやで逃げないといけないから平静を装って返事をする。いつかこの事を話す機会もあるだろう。



「そっか…………うん! それじゃ仕方ない。お兄ちゃんが荷物持つから任せて!」

「! ありがとう、お兄ちゃん。だ~いすき!」



 ――こんもり荷物の詰まった鞄を背負って台所へ戻ると、荷物を先に纏めていたサーニャさんが待っていた。



「ったく、待たせやがって。二人とも行くぞ。街の目抜き通りを西に突き進むと冒険者ギルドがある。そこに行けば名うての冒険者どもがいるはずだ。それにあそこは地下避難所もある。今は一番安全な場所のはずだから私達はそこを目指す。いいな? 絶対にはぐれるなよ」



「はい」「うんっ」

 返事をしたものの、ここに来て心臓が平常時ではありえないほどドックンドックン脈打っていることに気づいた。考えないようにしていたが、ドアを開けたらいきなり魔物に出くわす可能性があるからだろう。本当に怖い。



「あ、忘れ物しちゃった。ちょっと待ってて!」

「ユイリ! もう時間ないから諦め、って、はぁー誰に似たんだか」

 


 外へ出る直前だったが、ユイリちゃんはサーニャさんの話を聞き終わる前に、台所のほうへ戻ってしまった。

「俺見てきます」

「頼む」



 ユイリちゃんに追いつくと、ユイリちゃんは俺が研いだことでエピックウェポンになってしまった『ユイリ愛用包丁+99』を皮のナイフケースに収めているところだった。

 


 確かに世界に三本しかないこのやばすぎるエピックウェポンを、魔物たちの戦果にされていたらやばかったかも知れない。ユイリちゃんグッジョブ。



「もう大丈夫? いくよ」

「うん!」



 サーニャさんのいるところへ、ユイリちゃんと手を繋いで向かった。

「お待たせしまし――」

「きゃーーーーー魔物よ!!」

 外から女性の悲鳴が聞こえた。

 もう視認できる場所まで来ている、のか?



「ち、まずいな。時間を食いすぎちまったようだ」

 ドアを開けて外を確認したサーニャさんが、すぐにドアを閉めてそのまま険しい顔で黙ってしまった。状況が相当よくなさそうだ。


 

「さっきの女性の方は?」 

「あいつの旦那は名うての冒険者だ。あいつと逃げることくらいなら大丈夫だろう」

「俺達は?」

「……裏口にいくぞ」



 そう言って裏口へ移動したサーニャさんについていく。

 そこでこっそりと外を確認すると

「やべっ、目が合っちまった」

 


 目が合うほどの距離に魔物たちがいるようだ

 ということは既に包囲されている可能性もあるのか? 大ピンチである。

 


 どうすればいい? 名案は浮かばない。

 時間が経てば経つほど包囲は狭まり、すぐそこに悲惨な結末が訪れてしまうかもしれないというのに――



 ドアの前に生き物の気配がする。それも複数だ。先ほどの魔物が来たのだろう。

 転生初日でこんな目にあうとは。



 カミシマをぶんなぐる機会がなかったのもきついが、転生先で知り合ってよくしてくれたユイリちゃんとサーニャさんがひどい目に会うかもしれないと考えるとすごいきつかった。



「カミシマ、いるんなら返事しろ。俺の事はいい。この二人だけでも助けてやってくれないか? なぁ、頼むよ」



 現実は非情である。カミシマもその上司とやらも返事をしやがらねぇ。

 くそ、くそ、くそぉぉぉぉー!



 裏口の扉が魔物たちによってガンガンと何か硬いもので叩かれ、少しずつ破損していく。

 破損した扉の向こうからこちらを覗き込む魔物の瞳。

 


 狼のような頭のフォルムで二足歩行、そして手には鉈のようなものを持った魔物がそこにいた。そいつは獲物を見つけた喜びなのか、口からだらしなく涎を垂らしている。

 


 ライオンやクマのような猛獣は、動物園の鉄格子に囲まれた檻にいるから見ていても恐怖はそこまで感じないのであって、今のこの状況は息をするのも困難なほどの絶望感を俺に与えていた。



 狼のような魔物だけでもどうしようもないというのに、外には更に筋肉質な子鬼のような生物が何体もいて、鋭利な刃物でこちらを執拗に威嚇してくる。

「お兄ちゃん、怖いよー」

 俺も怖いよ。なんて言える訳もない。

 


 歯を食いしばって俺はユイリちゃんとサーニャさんの前で両手を広げた。この逃げ場のない絶望的な状況から少しでも気分を和らげるための防波堤だ。

 

 

 そんな中、子鬼の一匹と目が合ってしまう。目を細めこちらを値踏みしている――そう、気づいてしまった。その瞬間さらに心臓がどくんと跳ね上がる。

 


 こんな時、ゲームや漫画だったら勇者が颯爽と助けに来てくれるのだが、そのイベントはここでは起きそうにない。

 俺たちに訪れたのはいわゆる強制負けイベント。



 ドゴンっと一際大きな音がしてドアが完全に破壊されると、見たくもない外の光景が見渡せてしまった。



「ぎっぎっぎぎぎ」

「キャーッキャッキャ」

 二足歩行の狼のような魔物、筋肉質な子鬼だけじゃなく、子鬼の大人のような巨大な鬼が何匹もいた。

 


 言葉も通じない暴力と略奪を好む魔物が、マクシミリアン工房の敷居をまたいで、一斉になだれ込んで――



 ===============




 システムメッセージ





 エピックウェポン:ユイリ愛用包丁+99の『家内安全IV』の効果が発動。

 



 エピックウェポンを作った時と同じように頭の中でシステムメッセージとやらが聞こえてきた。 


 


 レッサーウルフAの存在が消滅しました。

 ゴブリンAの存在が消滅しました。

 レッサーウルフBの存在が消滅しました。

レッサーウルフCの存在が消滅しました。

 ゴブリンBの存在が消滅しました。

ゴブリンCの存在が消滅しました。


 

 我先に獲物を捕まえようとしたものからシステムメッセージ通りに消えていった。

 声も、音も発さず文字通り消えていった。



 これがエピックウェポンの力なのか、すさまじすぎる……。

 ユイリちゃんとサーニャさんの前に立ち、盾のつもりで両手を広げていた俺は、目の前で起こる奇跡に圧倒されていた。 

 


 この魔物達の強さは俺にはわからないが、レベル1の俺で敵う相手ではないことはわかる。

 そいつらが俺の作ったエピックウェポンの能力でゴミ同然に蹴散らされていく。




 入り口のドアのほうから大きな音がした。あっちのドアも破壊されたようだ。

 こちら側がエピックウェポンの力で安全なことは確認できたが、あちら側はどうだろう? 

 呆けているサーニャさんとユイリちゃんの手を引いて、販売所の入り口のほうへ向かった。



 システムメッセージ

 エピックウェポン:ユイリ愛用包丁+99の『家内安全IV』の効果が発動。 

 エピックウェポン:ゴブリンキラーIVの効果が発動。 



 ゴブリンDの存在が消滅しました。

 ホブゴブリンA~Mが爆発四散しました。

 ゴブリンロードA~Cの存在が消滅しました。



 こちら側にいた子鬼、ゴブリン? は先ほどと同様に消えていく。装備や肌の色が違うホブゴブリンは本当に爆発四散し肉塊が飛び散った。大分グロかったがそれも時間がたつと消えてなくなっていく。

 


 そしてドアの高さを超える巨体を持つゴブリンロードは、ドア枠を破壊しながら工房への侵入を試みたが、両手に持つ戦斧の威力を発揮する前に消えていった。




「なんだ、これ。お前なんかしたのか?」

「いえ、『俺は』何もしていないです。ユイリちゃんの包丁がすごいんです」

「はぁ? 何言ってるんだお前」

「あとで全部説明します。信じてもらえるかわかりませんが」



「わかったけどよ、目の前にいるこの超デカブツはどうなのかね。これ以上うちの工房を破壊されても困るんだが、請求したい相手もすぐにいなくなりそうだし」

「きっと大丈夫です」



 脅威が全て去った訳ではないのに、俺はもう平常心を取り戻していた。冗談を言っているサーニャさんも同じだろう。 



 手下共が不思議な力におびえ、敷地に近づかなくなったことで親分が直接ここへ乗り込んできたみたいだ。先ほど消えていったゴブリンロードよりも更にひと回り大きい。 

 


 魔物達のボス格であろう王冠を被った超巨大なゴブリンが、自身の進行の邪魔になる魔物を戦斧でなぎ払いながら向かってきた。王冠を被っているし、さしずめ『ゴブリンキング』と言ったところか。超ド級の『ゴブリンキング』とエピックウェポンの力『家内安全IV』の戦いである。

 


「グッヒィィィ!!!!!」

 耳をつんざくような雄たけび。

 自分達を鼓舞する魔物のウォークライだろうか?

 


 『ゴブリンキング』は下卑た笑みを浮かべ、戦斧を右肩にかつぐ。

 そして足を一歩工房内に踏み出し、全てを粉砕するために戦斧を振り下ろそうとする前に消えてった――

 なんだかエロ漫画の即落ち二コマみたいな展開だ。



 『ゴブリンキング』が消滅すると、知能の低い魔物たちも流石に自分達の身にとんでもない事態が起こっていることに気づいたようだ。後続は完全に二の足を踏み、工房に近づこうともしない。事情を知らない後ろの魔物が最前線の魔物を押すと、やっぱり押された魔物は消滅し、銀色の硬貨などに化けた。

 


 魔物達はコントみたいなことをしばらく続けていたが『ゴブリンキング』がいなくなったことと、同胞が消滅しすぎたのが怖くなったのか、一匹が逃げ出すとそれを皮切りに他の魔物も一目散に逃げていく。

 


 完全に脅威は去ったみたいだ。流石に気が抜けて床にへたり込む。そこへ空気を一切読まない能天気な女の声が脳内に響きわたる。 



===============


 

 システムメッセージ



 45万3400の戦闘経験値と126万ジェニー相当のお宝と『ゴブリンキング』を倒した称号『キングオブキング』をゲットですぅ~

 さ、ら、にぃぃ

 レベルアップ レベルアップ~

 ユイリ・マクシリミアンちゃん(九歳)がレベルアップですぅ~

 LV30(年齢最高値)にレベルアップしましたぁ。パチパチパチ~

 


 ユイリちゃんLv30かよ! すごいな、で、俺は??

 

===============


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