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第四話 この世界のことと、ユイリちゃんのこと



「お兄ちゃんすっごい、すっごい!! お母さんでもここまで出来ないよ。魔法でも使ったの?」

 


 興奮したままのユイリちゃんは、小気味よく皮付きの鶏肉を小分けにしていく。

 普段だったら何度も包丁で往復させないと切り分けられないであろう皮付きのお肉が、ユイリちゃんの細腕でも包丁を引くだけで切れていった。

「よ、よかったね」

 


 やってしまった……。

 禁止されていた精霊合成をして『エピックウェポン』という種類の武器を作ってしまったあげく、魔王関連のシステムメッセージで配信前のゲームの根幹部分を知ってしまった。

 


 誰かに情報を漏らすつもりはないけど、配信前のコンテンツを触り過ぎた。

 カミシマ君も見せたくなかった情報を知られて、流石に萎えただろうなぁ――



 自己嫌悪に陥っている俺の鼻腔にガーリックをいためたような食欲を誘ういい匂いが香ってきた。

 ビールと一緒に食べたらたまんないだろうなぁこれ。 



 ん? おかしくね?



 なんでゲーム内の料理の匂いがわかるんだ?

 現在の技術で嗅覚と味覚はゲーム内で表現できるわけがない。だとしたら何でこんな事が実際に起きているのだ? カミシマくんがいたずらして俺の鼻に肉料理でも近づけているのか?



 いや、カミシマくんはそういう事をするタイプには見えなかった。

 まぁ聞くだけ聞いてみよう。



「カミシマくん、もう満足したから終わりでいいよ。ヘッドマウントディスプレイも取って。あと精霊合成をやってしまったのは謝るからさ、いたずらはやめてくれないかな?」



 返事がない。離籍中かな?

 こうなったら仕方がない。自分でヘッドマントディスプレイを取ってログアウトしてしまおう。



 正規の手順を踏むないと駄目な場合があるかもしれないが、自分の精神のためにそうも言っていられない。

 ゲーム内から両手を動かし、現実世界のヘッドマウントディスプレイを外す動作をしたが、手ごたえがまったくない。



 ない代わりにフライパンを持ったまま、俺を不思議そうに見つめてくるユイリちゃんと目があった。



「さっきから何しているの、お兄ちゃん? お料理できたからお皿用意してちょうだい。ユイリ両手ふさがってて出来ないから」

「あ、お皿ね。どこにあるのかな」

「あそこ~」

 


 ユイリちゃんが指差す方向には食器がいくつも積み重ねられていた。そこから二皿取りテーブルへ戻る。

 平常心を保つためにことさら笑顔で。



 ユイリちゃんは気にするそぶりを見せず、二人分の料理を綺麗に等分して取り分けてくれた。

「じゃあ、お兄ちゃん一緒に。いただきます」

「いただきます」

 


 ユイリちゃんが用意してくれた料理は、塩気と鶏肉のだしが効いたスープと、ナイフで切り分けてくれたお肉と硬いパン。

 一人で食事をするのが寂しいと言っていたが、今日会ったばかりの人間にサービス精神が旺盛すぎる。見た目同様中身まで天使なのかユイリちゃんは。

 


 冗談はさておき。

 この世界の真理を知るために恐る恐る鶏肉を手づかみで食べてみる。

 予想していたこととはいえ、やっぱり衝撃的だった。



 にんにく風味で暖かく歯ごたえのある鶏肉、おいしい……。

 なんで味がするのだ?

 咀嚼すればするほど、口の中でジューシーな味が広がっていく。

 もう間違いない……。

 


 ゲーマーだからこそ一般人よりも素直にある考えにいたることが出来た。ここまでくるとその考えが間違っていないと核心さえ持てる。



 今俺がいるこの世界は、ゲーム内じゃない。

 そうだろ? カミシマくん。



 そう思った瞬間、世界が一瞬で灰色に変わり、自分以外の全てが停止した。

 向かいに座っているユイリちゃんは大口を開けて笑顔で鶏肉をほおばる直前で止まっている。 


 自分の心音だけがひびき、とても居心地が悪い。

 そこに見慣れた男が隣の席にふっと現れた。



「やぁ、高坂くん。満喫しているかい? あ、これおいしいね」

「カミシマくん……きみは俺に一体何をさせたいんだ」

 ユイリちゃんが俺に取り分けてくれたお肉を勝手に食べやがって。



「へぇ。『何をした』じゃなくて、何をさせたいのかと来たか。案外察しがいいのかな」

「酔っ払いが見ている夢って線もあるけど全てがクリアすぎる。こんな夢は普通ありえない」

「だとしたら、高坂くんがたどり着いた答えは何? 教えて欲しいな」



「そりゃ俺が異世界転生したって事に決まっているでしょ」

「おおすごい、ご名答。でも本当に君は冷静だね。うろたえたり、僕に詰め寄って怒りをぶつける者や罵倒しながら元の世界に戻せってわめく者が多いというのに」



「俺も最初は困惑したし怒ってもいるさ、でもお前をどうにかしたところで、元の世界へ戻れるわけじゃないんだろ? ってか俺以外にもこういうことやってるのかよ」

「その通り。僕もしょせん雇われの身だからねぇ、許して?」

 


「こんな人智を超えた力を使えるのにさらに上がいるのか」

「いるよぉ。僕なんか組織の中じゃ下っ端だし」

「あっそ、それはいいや。で、結局お前らは俺に何をして欲しいんだよ?」

 


 言い争いをしたところでこんな大いなる力を見せつけられたらどうしようもない。唯一持っているチートの鍛冶スキルはここでは役に立ちそうにないし。



「話が早くて助かるよぉ」

「どういたしまして」

「でもごめんね。上司から口止めされているんだぁ」

「はぁ!? なんだよそれ」

 思わずため息が漏れてしまった。考えなしで俺が選ばれたのだとしたら今日は運が悪すぎる。



「言えない分待遇はよくしておいた。初期転生者特典で大量のスキルポイントと潤沢な資金で困ることはないはずだよぉ。鍛冶スキルに999もスキルポイント振っちゃったから頭使わないと色々と苦労しそうだけど……」

「悪かったな、こうなると分かってたらもっと慎重にキャラメイクしたわ!」

「だろうねぇ。でも、君のようなイレギュラーな存在が生まれるのも多様性が生まれて僕はいいと思うな」



「俺、バカにされているよな?」

「あはは」

 この野郎、笑ってごまかしやがった。



「それで、俺はどうしたら元の世界に戻れるのかね」

 怒りを抑えて、解決策を聞き出す。



「簡単なことさ。この世界は『魔王を倒せば願いが叶うように出来てる』」

「魔王ね……エピックウェポンをうっかり作っちゃったから早速そいつの怒りを買ってしまったんだけど、俺は大丈夫なのか? レベル1なんだが」

「僕の同僚も上司もそれには大笑いだったよ。やるね高坂くん、いやカグツチアキラ君かな」



 この世界に連れてきた張本人が好き勝手言いやがる。

 怒りを堪えて深呼吸をしていると、ある閃きが舞い降りてきた。



「決めたわ。俺はお前達でも想定外の鍛冶スキルを得たからな、このチート能力を使って速攻で魔王倒してお前らをがっかりさせてやるよ」

「そうだねぇ。鍛冶スキル999も振ったんだし、他のスキルなんかなくても余裕だね!」

 こいつ本当に人を苛立たせる天才だな。あんなに楽しくゲーム話で盛り上がったのが嘘みたいだ。



「お前もその内エピックウェポンでボコるわ、覚えていろよ」

 この世界で魔王を倒す以外に新たな目標が出来、やる気がみなぎってくる。

「記憶力そんなよくないし、僕が担当しているのは君だけじゃないから忘れる前に早くしてねぇ?」



「こいつ!」

 あまりに煽ってくるものだからここで勝負をつけてやろうと飛び掛ったら、目の前から一瞬でカミシマが消えてしまった。

 すると同時に灰色の世界に色と音が戻ってくる。

 いつか絶対に決着つけてやるからな! カミシマ!



 ぷにっ。

 なんだこのやわらかい感触は。



「くすぐったいよ~お兄ちゃん」

 灰色の世界でカミシマに向かっていった勢いそのままに、ユイリちゃんのほうへ突っ込んでしまったようだ。怪我はないだろうか? 



「あわわわ」

 怪我は心配だが、それと同じくらい俺の真下にユイリちゃんが寝そべっているこの状況が恐ろしい。はたから見たら幼女を押し倒しているロリコン以外の何者でもないからだ。カミシマの野郎ここまで狙っていたんじゃないだろうな? 



「ごめん、すぐ退くから。ユイリちゃん怪我はない?」

「大丈夫~。ユイリ強い子だし。あっ! お母さんお帰り~」

 


 ユイリちゃんが見つめる先を恐る恐る振り返ると、憤怒の顔をした女性がそこにいた。手には仕事で使い込んでいるであろう金槌を持っている。

 もう魔王どころの話ではない。カグツチアキラの冒険ここで終わりなのでは?




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