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第十八話 全てを溶かしつくすアシッドジェリー

 

 暑い……

 昨日は突然のシステムメッセージで起こされたが、今日は夏のような寝苦しさで目が覚めた。

 子供の体温って何でこんなに高いのだろう――


  

 昨夜から俺は、二つのベッドをくっつけて作った巨大ベッドの上で、幼女二人に挟まれて寝ていた。

 もちろんこれはユイリちゃんの提案。ライオットとの親睦を兼ねてということだった。

 ユイリちゃんのお願いだし、別に断る理由もなかったので二つ返事で了承したまではよかったのだが……。



 二人とも寝相が悪すぎる!

 尻尾を抱き枕のように抱えながら眠っていたライオットからは、寝返りの際にエルボーと強烈なテイルアタックからの熱烈なサバ折コンボ。やはりお前がスパイだったか! と思ったのだがサバ折を極めてくる本人はよだれをたらしてくーすか寝ていた。隙だらけ、これで魔王軍のスパイはないわな。

 


 なんとかしてライオットのサバ折から抜け出ると、今度は暑くなってくると布団を無意識に蹴り飛ばすユイリちゃんから『くにお君ばりのマッハキック』を食らい続けた。逆側にライオットがいてノックバックが効かないので完全なハメである。




 真ん中で二人の幼女から猛攻を食らい続けた俺はなかなか寝付けず、ようやくまどろみ出したらすでに朝! 転生前の二十九歳の体だったら今日一日体力きつかったろうな……。

 


 ま、今は十五の体だ。

 無尽蔵の体力でどうにかなるはず。少し早めだがこのまま起きてしまおう。

 寝相の悪い二人の寝間着と、蹴っ飛ばされベッドからずり落ちたシーツを元の位置に戻してから静かに階段を下りていく。


 

 そんななか、外から聞こえてきたのは酔っ払いの雄たけびと、その後の吐しゃ音…………朝のすがすがしさが一気に消し飛んだ。お酒は程ほどにしておけよ、どこぞの誰かさん。




「おはようございます」

「おう……あーあったまいてぇ」

 ……ここにも酔っ払いがいた。

 昨晩あれだけ飲んだのに朝はしっかり起きてくるサーニャさんに感心しながら、二人横並びで顔を洗ったり、歯を磨いたりした。



「まだ時間あるな……」

 ぽつっと呟くサーニャさん。

「ちょっと話がある」 

 そういうと返事も待たずに食卓へ移動する。

 


「ライオットの件なんだが」

「はい」

 まぁ、このタイミングだったらその話しかないよな。



「いきなり手を出したりしてないだろうな?」

「ちょ! 真剣な顔してそんな事聞きます??」

「お前をからかうとおもしろくてな。で、実際はどうなんだ?」

「……怒りますよ?」



「冗談はさておき。あいつはお前を探すために旅を続けているようだが、何か心当たりはないのか」

 やっとまともな会話になりそう。

「ないです」

 


 昨日の時点ではあったのだが、ライオットと一晩一緒にいて、魔王軍のスパイではないと確信した時点でなくなってしまった。

 睡眠中いくらでも俺を始末するチャンスはあったはずなのに何もしてこなかった。エピックウェポンの加護が反応しなかったことも含め、ライオットは完全に白と考えていいと思う。




「そうか……だとしたらやっぱりあれだろうな」

「一体何のことです」

「ライオットは『竜人族』の女の子だ。その『竜人族』が下界に降りてくる理由は一つしか考えられない」 

 サーニャさんはそう言った後、何かを確かめるように俺の表情を伺う。

 地球生まれ日本育ちの自分としては、この世界の常識を知っていること前提で話をされてもどうしようもないです。



「……私が言っていいのかこれ」

「ちょ、そんな思わせぶりな言い方するんだったらちゃんと最後まで話ししてくださいよ」



「本当に知らないのかよ。仕方ねーな、教えてやる。竜人族はな、女しか生まれない種族で個体数を維持するために他から男を連れてこなくちゃならない。そこで今回白羽の矢がたったのがお前だ」

 ラノベとかでよくある設定ですね。創作なら大好物です。



「なんかしっくり来ませんよ、その話」

「どこがだ?」

「ライオットは『カナヅチアキラという鍛冶職人を探して旅を続けている』って言いましたよね」

「言っていたな」

「わざわざ“鍛冶職人”と指定したって事は、ライオットは鍛冶職人のカグツチアキラに用事があるんだと思います」



「んーーまぁ~確かにな。だとしたらどうやってお前の名前が漏れたんだろうな? 鍛冶職人としての実力は私も認めるところだが、お前の製作品は一つも市場に出回っていないぞ」

「そう、でしたね」

「そうさ。お前の製作品を持っているのはユイリとシエラ、それと失敗作を持ち帰ったお間抜け団長くらいだ」

 


 三人のうちユイリちゃんとシエラは検討する必要なし。

 そうするとユークリッドさんが唯一外部に漏らす可能性を持っているが、自分が工房に来ているのを隠したがっていたくらいだし、この線も薄そう。



 となると情報の出所はシステムメッセージに気づいている魔王軍しかありえないのだが、何の狙いがあって『竜人族』に情報を流すのかがわからない。ゲームとかだと他勢力をつぶすための陽動だったりするけど……まぁゲームの話を現実に当てはめるのも短絡的過ぎるか。

 

 

 うん、わからん。

 ライオットにお前の探す鍛冶職人は俺だと話して、本人に直接聞いたほうが早いな。

 二人が起きるまで待とう。

 シエラはいますぐ叩き起こそう。今朝の朝食当番のあいつが起きないと朝の楽しみがなくなってしまう。

 



 日が昇り、鳥のさえずりが聞こえなくなると、街がにわかに活気付いてきた。

 街全体の起床に合わせてマクシミリアン工房でも仕事を開始する。

 金属を金槌で叩く音が鍛冶場に響きわたる。この異世界に来てから続くいつもの日常だ。



「二人とも食事の準備ができたにゃ」

 しばらくすると鍛冶場にシエラがやってきてこう伝えてくれた。もうこんな時間か。

 食卓へ移動すると、ユイリちゃんもライオットも席に座って待ってくれていた。

 話は食後にタイミングを見計らってしよう。




 食後、俺は話を切り出した。仕事前にすっきりさせておきたいからね。

「ライオット、怒らないで聞いて欲しいんだけど」  

「なんじゃ、藪から棒に。わらわは怒りんぼではないのじゃが」

 よし、言質はとった。



「俺、お前が探している鍛冶職人を知っているぞ」

「なんじゃと! どこじゃ! カナヅチアキラはどこにおるんじゃ!?」

 ライオットは興奮した勢いで椅子から立ち上がり、一気に詰め寄ってくる。

 身長差があるのでまったく怖くない。むしろかわいい。



「ここ」

 自分で自分を指差し、にっこりと微笑む。

「…………からかっておるのか?」

 後ろに『ゴゴゴ』と効果音が出ていそうな不穏な空気。

 まったく信じてもらえていないようだ。

「からかっていないよ。俺がお前の探しているカグツチアキラだ」

「わらわが探しているのはカナヅチアキラじゃ。やはりお主――」



「お兄ちゃん、嘘なんかついていないよ」

「「え?」」

 困ったときのユイリちゃんの助け舟。

 みんなユイリちゃんが言ったことなら信じちゃう。俺だって信じちゃう。



「お兄ちゃんは嘘をついていないってユイリわかるんだ。ライオットちゃんは多分名前を間違えているんだと思う」

「むむ、確かに名前はカグツチアキラだったような気もしてきたのじゃ……。コホン。じゃが、わらわの探している“カグヅチアキラ”という鍛冶職人はこの世界最高の職人だと聞いておる」

 あ、さっそく訂正した。



「アキラは抱き心地はわらわ好みなオスじゃったが、それとこれとは話が別じゃ。職人というものはもっとこう、隠しきれない気迫とか、風格みたいなものがあるのじゃが、アキラからはそれがまったく感じられないのじゃ」

 以前もまったく同じことを言われたような? 信じてもらうためには今回も実力を示すしかなさそうだ。こっちに何のメリットもないけど、困っているライオットの願いを断ったらユイリちゃんしばらく口聞いてくれない気がする……それだけは避けねば。



「鍛冶職人の俺に頼みごとがあって旅を続けてきたんだろ? 鍛冶なら自信がある。きっとお前の願いも叶えてやれる。それで信じてもらえないかな」

「信じてよいのじゃな?」

「ああ」

 言い切ってあげることで不安を軽減させる。

 ライオットがとても切羽詰った顔をしていたから。




 話がまとまったその直後、突然荒々しくドアを叩く音が聞こえてきた。

 一瞬ペルシアさんがまた来たのかなと思ったが、ここまで乱暴に叩くような人でもない。

 魔王軍のスパイが来た可能性を考えてみたが、大通りを行きかう人々から悲鳴などそういった類の声は聞こえてこず魔物の可能性もなさそうだ。

 警戒しつつ様子を見にいくか。さっきからユイリちゃんとライオットが少し不安そうにしているし、このまま放っておくわけにはいかない。



 朝の珍客に苛立ちを覚えながら大通り側のドアへ向かう。

「さすがに迷惑ですよ。いいかげんドアを叩くの止めてくれませんか?」

 ドアを少し開けると、ドアの前には顔を真っ赤にした見知らぬおっさん。

 焦点がまったく定まっておらず、ただの酔っ払いじゃない感じ。

 こいつ、泥酔していやがる……。一番他人に迷惑をかけるやっかいな状態だ。



「おぇぇぇぇぇ」

 うお、ここで吐かないでくれよ。

 これだから酒の飲み方知らない奴って嫌いなんだよ。

 他人の迷惑も考えて欲しい。外で飲むなら節度を持ってくれないと。



「アキラ、どうしたのじゃ? ユイリが心配しておったぞ」

 ライオットとシエラが心配して見に来てくれていた。

 シエラはデザートを両手に持ち、口をモグモグさせながら状況を見守っている。

 あれ? なんで両手に持っているんだ、お前は。デザートは一人一個のはず。



「ア、キラ…………お、まえが、カグツチ、アキラ、なの……か?」

 もう、何で俺の名前知っているんだよこいつは。

 って構っている場合じゃない。早く食卓に戻らないとシエラに全部食べられてしまう。



「そうだよ、もうマジで帰っ――」

「みーつけた!!」 

 突然、腕をつかまれ外へひっぱり、いや、吹っ飛ばされてしまった。




===============

 システムメッセージ

 エピックウェポン:ユイリ愛用包丁+99の『家内安全IV』の効果が発動。

アシッドジェリーの細胞を十五%消滅させました。




 くっそいてぇ!

 大通りの地面に叩きつけられた俺はあまりの衝撃でろくに息も出来ない。

 受身も取れず、衝撃をもろに食らってしまったのだから当然だ。

 目の前はチカチカするし、痛みで体を起こすことさえままならない。



 だが、もっとやばい事が起きている。

 システムメッセージがアシッドジェリーという名の敵が来ていることを告げてきた。

 くそっ! 魔王軍のスパイがグロリアに潜入しているのは知っていたことなのに、ただの酔っ払いだと思って油断しすぎた。

  


 

 俺を投げ飛ばした酔っ払いアシッドジェリーがふらふらしながらも着実に距離を詰めてくる。

「あひゃひゃ、うひひひ」

 ドラマや映画でしか見ない薬物中毒患者のような異様な雰囲気をまとっている。

 そして男は狂ったように笑いながら、全身を掻き毟り始めた。

 すると、出来たばかりの傷跡から真っ赤なゼリーのようなものが噴出していく。



 ゼリーのようなものを噴出し続けていると次第に人間の形態を保てなくなったのか、ゲームやアニメでよく見かけるある姿へ近づいていった。

 可愛くないほうのスライムである。

 


 体高は工房の二階まで届くような大きさで、体から時々放出される体液は地面に落ちるとジューと音を立て、地面を溶かし、抉っていた。

 アシッド(酸)ジェリーってそういうことか。

 戦闘能力皆無の俺がこんなの食らったらひとたまりもないぞ。

 


 誰か助けを呼んでくれませんかね? それか通りすがりの勇者様いませんか?

 助けを呼ぼうにも大通りにいた人たちは既に非難しきっており誰もいない。

 体が動きさえすれば工房に逃げ込んで、エピックウェポンの加護でもってこんなやつ抹殺することが出来るはずなんだが…………しばらくは動けそうにない。


 

 もしかして詰んだか、俺?



「お、おりは、魔王軍幹部の一人『アシッドジェリー』。お前を溶かす! 溶かす! 溶かしつくすぅぅぅぅううぅぅぅぅぅぅ」

 


 身動きが一切取れない俺に、地面を抉りながら這いよってくるアシッドジェリー。

 溶かされるときは一瞬なんだろうか? せめて痛くないといいなぁ。

 工房のみんなの事や、カミシマをぶん殴れなかったなど心残りは多いが、残したエピックウェポンの加護で工房にいるみんなは助かるはず。そこだけは安心できそうだ。



 前方の視界がアシッドジェリーで埋まる。

 歯をくいしばり、覚悟を決めて目を閉じる。

 みんなごめん――





「アキラはにゃーが守るにゃ!!」 

 死を覚悟し暗闇の中にいた俺に、救いの声が届く。

 目を開けると、俺を守るようにアシッドジェリーの間に立ってくれている猫娘がいた。

 足をぶるぶる震わせながら、右手にグリーンタートルナイフを構え抗戦してくれている。



 普段は自分の欲望に忠実で人のおかずをちょろまかすような駄猫なのに、この土壇場にきてこれである。お前、格好よすぎるだろ――


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