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第十六話 この中に魔王軍のスパイがいます

 ===============

 システムメッセージ

 魔王軍のスパイが聖都グロリアへ侵入成功しました。

 



「うおっ」

 突然頭に流れてきたシステムメッセージで思わずたたき起こされた。

 工房の問題は未解決のままだが、それ以外は平穏な日々を過ごせていたので虚をつかれた感じ。



「んん……どうしたの?」

 今ので気持ちよく寝ていたユイリちゃんを起こしてしまったようだ。

 俺の顔を見て心配そうにしている。

 


「ごめん、起こしちゃったね」

「大丈夫? 怖い夢でも見た?」

 父親が娘にかけるようなセリフを言われ、苦笑する。 

「大丈夫だよ。さ、もう一眠りしよう」

 布団をかけなおし、少しすると寝息を立て始めたユイリちゃん。今度は起こさないようにベッドから出て、下へ降りていく。

  

 

 顔を何度も洗ってから、コップに水を注ぎ一気に飲み干す。

 シエラの武器を作ってから大分時間がたつので忘れていたが、そうか、スパイ来ちゃったか……。

 エピック級の武器を作るたびに何かしらのリアクションを魔王軍から返されるのは思ったよりきつかった。魔物に襲撃されたあの日を思い出すと今でも体が震える。



 本当に極端なチート能力を手に入れてしまったものだ。

 脅威に立ち向かえる肉体的、精神的強さがあればもっと気軽に構えていられただろうに。



 スパイか……どうすればいいだろう? 

 ない頭で考えてみる。

 自分達を守ってくれる強力な傭兵を雇うのはどうか?

 お金は多めに持たされたとはいえ、限りはある。いつまでも続く手ではない。却下。 



 そうだ! 傭兵を雇わずともユイリちゃんがいるじゃないか。

 エピックウェポンの加護でレベルも三十まで上がっているし、むちゃくちゃ強いはず…………

 ってアホか! あの時一番怖がっていたのはユイリちゃんじゃないか。

 それに心の優しいあの子に魔物と戦えとか鬼畜以外のなにものでもないだろ。



 はぁ…………魔王軍のスパイが来たと知らされて心に余裕がなくなってきているな。

 相手側にチート能力がばれないようにするやり方とかあるといいんだけど、いい案はうかばなかった。

 当面はスパイを警戒する日々が続くわけだ。きついな。

 


 スパイ、スパイねぇ。

 そんなものとは無縁の人生を送ってきたから『スパイ』という言葉がなんかふわふわしている。

 だが、しかし。

 危機が迫ってきているのは間違いないのだからしっかり考えないとな。


 

 聖都グロリアにスパイが来るまで二週間以上かかっているところから考えて、俺とエピックウェポンの場所まではやつらも把握出来ていないと見て間違いない。

 戦闘力皆無な俺が警戒してどうにかなるものではないけど、『魔王軍のスパイ』というくらいだ、ダークなオーラを身にまとってそうだしすぐ見分けがつくかも? 見つけてしまえば後はグロリアの王国軍に頼るもいいし、強力な武器を持っている元冒険者のシエラに頼るのもありなはず。



 なんて楽観的過ぎるか。

 すぐ素性がばれるようなポンコツが魔王軍のスパイに選ばれるわけないし。

 スパイなんて組織のエリートがなるのが定番だし。



 エピックウェポンの加護が行き届いているマクシミリアン家は安全だからいいけど、他の場所ではスパイの件が片付くまで常に警戒しておいたほうがよさそうだ。

 はぁ……。

 朝から何度目のため息だこれ――――





 

 ペルシアさんとの約束から数日経ったころ、ペルシアさんが工房へ訪れた。

 いつもいるお供の二人とは別に、紳士風な男性を連れてきている。

 ペルシアさんの服に見劣らない仕立てのいい服、同性を威嚇するがっしりとした体格。腰ベルトに帯剣と近寄りづらい雰囲気がてんこもり。

 初対面の人間に対して堂々と、いや、ちょっと見下してくる感じはペルシアさん同様、自分は上流階級の人間なのだと宣言しているようだった。

 この人が何かしらの打開策を持ってきてくれたのだろうか。




「話は手短に頼む。俺の立場上ここで長居しているとまずいんでな」

 工房内に通された紳士風な男性は自己紹介よりも先に開口一番こう言った。

 

 

「説明してもしょうがないだろうけど、この人はグロリア王国軍で重要な――」

「ペルシア、まどろっこしい説明はいい。俺はグロリア騎士団団長の一人、ユークリッド・パルムだ。私に何か頼みがあって呼んだのだろう? それを早く聞かせろ」

 ペルシアさんの持つコネ、恐るべし。

 一国の騎士団団長を連れてきてしまった。

  



「お水」

 工房の未来にとって大事なお客様が来たというに飲み物を雑に置いて出て行くユイリちゃん。

 なんだか不機嫌? 大天使だとばかり思っていたユイリちゃんの意外な一面を見てしまってちょっとしょんぼり。



「騎士団の団長が来てくれるとは心強い。私の所属する鍛冶ギルドが権力闘争で負けたのは知っているだろう? あれ以来私達のギルドは商売が成り立たなくなっている。以前とまでは言わないが、もう少しフェアな市場に戻してくれないか? このままじゃ近いうちに廃業なんでね」



「貴様らの事情は知ったことではないが、鍛冶職人としての実力次第では個人的に話を聞いてやってもいい。ペルシアが認めた強力な武器があると聞いている。それを見せてもらおうか」

「シエラ」

「んにゃー」

 同じやり取りもこれで二度目。

 シエラは自分のグリーンタートルナイフを革のケースから出し、ユークリッドさんへ渡す。

 


 ユークリッドさんは短剣を受け取り、くまなく見つめてからこう言った。

「これを固定するものはどこかにないか」

「? 工房にいけば」 

 サーニャさんも質問の意図がわからないようだった。

 俺には少し返答に困っているように聞こえた。 



 ぞろぞろと大人数で工房の鍛冶場に向かい、そこでサーニャさんがグリーンタートルナイフの両端を万力で手際よく固定していく。

 固定し終えると、ユークリッドさんが前に出てきて「少しさがっていろ」と言っておもむろに帯剣していた武器を抜き、その刃をグリーンタートルナイフへ叩きつけると、工房内に金属と金属の鈍い音が響いた。

 


 

 グリーンタートルナイフにたたき付けたユークリッドさんの武器はたたきつけた場所から綺麗に真っ二つに割れてしまっていた。

「ペルシアの言うとおり、これは不味いな」



「ちょっと! いきなり何してくれてるんだ?」

 持ち主に許可も得ず勝手にやった蛮行にサーニャさんは怒り心頭。今にも飛び掛りそう。

 だが、当の本人は剣を失ったことも含めて無関心といった感じ。


 

 俺もこの人の勝手な行動には怒りを覚えるが、工房の救世主になってくれるかもしれない人なので怒りをぐっと堪え、堪え切れず飛び掛りかけたサーニャさんを後ろから掴んでなだめた役に徹した。



「不味いってどういうことですか?」

 ふーふー唸っているサーニャさんじゃ交渉が進みそうにないので俺が変わりに答えた。



「俺は商売仲間のペルシアの事は信頼してはいるが、聞かされた話があまりに荒唐無稽な話だったのでな。自分の目で確かめてみるまでは完全に信じることは出来なかった。だが、この短剣は予想に反して本物だった。だからこんな神話級の武器を、一介の鍛冶屋が所有していることが不味いという意味で言ったんだ」

「そういうことですか……」



 もうちょっとだけ言葉を選んでくれるといいのに。

 喧嘩っ早いサーニャさんの怒りを鎮めるのも大変なんですよ。

 


「団長のポストにいる俺でもお前達の要求を叶えてやるのは少々難しい。だが、これを交渉の材料に使えるならうまくやれる自信がある。どうだ? これを俺に預けてみる気はないか」

「要はそれを自分に譲れってことでしょ」

 もう! そんな喧嘩腰じゃまとまるものもまとまりませんよ、サーニャさん。

「そうは言っていない。あくまで交渉を有利に進めるための材料にすると言っただけだ」



(返却する気なんかないくせに)

「何か言ったか?」

「いえ、なーーんも言っていませんよぉ~」

 偉い人相手なのにサーニャさんもぶれないなぁ。格好いいなとは思う反面ハラハラする。



「いいよ、持っていきな。元々こっちに選択権なんかないし。でも、くれぐれもギルドの事頼むよ」

 え? え? 嘘だろ!? 

 それシエラの大切な武器なんですが!? サーニャさん自身が言っていたことですよ?

 要求を突っぱねてくれるものだとばかり思っていたので本当にびっくりする。

 まぁ、代替案を出せと言われても無理だったけど……いくらなんでもひどくないか。



「交渉成立だな。あとはこちらに任せろ。追って部下に報告させる」

 ユークリッドさんはグリーンタートルナイフを持参していた革のケースに収めるとさっさと工房をあとにする。

 


 続いてペルシアさんも

「貸しですからね」と言ってお供の二人と一緒に出て行こうとしたが、その後姿に向かってサーニャさんが「おう、今日はありがとな」と返す。

 少し間があいた後「ふんっ」とかわいらしく悪態をついて今度こそペルシアさんは外へ出て行った。 

 



 来客がいなくなると遅めの朝食が始まった。

 何事もなかったかのようにのほほんとしているサーニャさんに俺は怒りを感じていた。

「見損ないましたよ、サーニャさん。シエラの武器を勝手に渡しちゃうなんて」

 雇われの身だがどうしても言ってやりたかった。



「何言っているんだ、お前は。自分の作ったものくらいちゃんと把握しておけ」

「へ? どういうことですか」

 ヒートアップしているのは俺だけで、三人とも楽しそうに朝食を食べていた。

 何かがおかしい――



「さっきあいつに渡した短剣はお前が作った失敗作の一つだよ。な、シエラ?」

「んにゃ。本物はこっちにあるにゃ」

 そういってシエラは、食べ物を口に入れモグモグしながら立ち上がって、台所の戸棚へ向かう。

 そして中をあけ、そこから一本見覚えのある刃物を取り出すと、こちらに振って見せてから自分の革のケースに差し込んだ。



「出世欲の強い騎士団長と評判のあいつが難癖つけて現物を要求してくるのは最初からわかっていたからな。事前にシエラと話をあわせておいたんだよ。うまくいったな」

「ですにゃ」

 んん……この行き場のない怒りどうすればいいのですか? 



「相手をあざむくにはまず身内からってな。お前は演技できそうにないし、黙っておいた」

「ひどいなぁ……」



「まぁまぁ、うまくいったんだからいいだろ。あいつはユイリが嫌うほど嫌な奴だが、仕事だけは出来る。後は吉報を待つだけだ」

「なんか釈然としないなぁ」

「おわびといっちゃなんだがいい話を聞かせてやる。あいつが持っていた剣あるだろ? あれはな、シルバーゴーレムをなます切りにしたユークリッド家に代々伝わる宝剣なんだよ。失敗作であの宝剣に勝る切れ味をもっているんだからお前の鍛冶職人としての才能本当にすごいよ。胸を張っていい」



 


 

 その日の仕事終わりの夕方、食材を買いにユイリちゃんと手をつないでデート。もとい、荷物持ちを買って出た。

 スパイの件が解消されるまではやれることはやっておきたいという気持ちからだ。

「えへへ。楽しいね、お兄ちゃん」

「そうだねぇ」

 幼女と戯れる穏やかな日常。

 魔物さえいなければこんな生活もありなのかなぁ。

 



 俺を不安にさせるスパイってどんな奴がやっているんだろうか。

 街中を見回してみる。

 いつもどおりのせわしない街並みが広がっているだけだった。

 目立つのは、シエラのような異種族が集まって露天で酒を飲み比べているところくらいか。

 あ、一人ぶっ倒れた。飲みすぎだろ。お酒はほどほどにな。

 他は――いつも通りの日常。

 『魔王軍のスパイ』と肩書きがつきそうな人間は見当たらなかった。



 スパイが侵入したとシステムメッセージで知らされてから数時間。

 妙な噂も広がっていないしうまく街に溶け込んでいるのだろう。

 邪悪なオーラを放っていたり、暗殺者めいた風体をしてくれているとわかりやすいんだが、

 一目でわかる間抜けなスパイなんてそうそういるわけ――



「――いたわ」

 その種族は異世界全体なら珍しくもないのかもしれないが、ここグロリアではとにかく目立った。

 背格好からして年齢はユイリちゃんと同じくらい。

 お尻のあたりに大きなシッポ、肩甲骨付近にはコウモリのような小さな翼を広げている。

 ぷ○ぷ○に出てくるドラコケンタロスみたいなパーツ満載なロリドラゴン娘がそこにいた。

 


 その子は不安そうに周りをきょろきょろとしている。

 道に迷ったのか、それとも”誰か”を探しているのか――

「お兄ちゃんいこ」

「え!?」



 急にユイリちゃんに手を引っ張られると、そのロリドラゴン娘の所へ一目散で向かっていく。

 相手は幼いながらも魔王軍のスパイかも知れない子だ。無用心に近づいていくので止めたかったのだが、レベル30のユイリちゃんの腕力に敵わず、ロリドラゴン娘のところに着いてしまった。腕力では負けてしまったが、何かあったら俺がユイリちゃんの盾になろう。それくらいは出来るはず。



「どうしたの? 迷子? ユイリこの街に住んでるから何でも聞いて?」

 話しかけられた直後はびくっと驚き、半身の姿勢だったロリドラゴン娘だったが、その相手が自分と同年代の女の子なことを確認すると、すぐに警戒を解いたようでユイリちゃんと正面で向き合った。



「わ、わらわは迷子などではない! 人探しをしておるのじゃ」

「そっかぁ~人探ししてるんだ。どんな人? ユイリの知っている人だといいなぁ」

「本当はひみつなのじゃが……もうわらわは歩き疲れてへとへとなのじゃ。子供相手なら母上も許してくれるじゃろう。すまぬ、一緒に人探しを手伝ってくれんか? このグロリアとかいう国はわらわにはちと広すぎるのじゃ」

「うん、いいよ!」

 


 ああぁ、そんな簡単にオーケーしちゃって。 

 俺はこのロリドラゴン娘が魔王軍のスパイだとにらんでいるのでなるべくユイリちゃんから遠ざけたいのだが、当の本人がこの子を気に入って仲良くしたがっている。

 世の中ってままならないなぁ……。



「ユイリちゃーん? 買い物の続きしないとだし、人探しは大人の人に頼んだほうがよくない? そうだ、冒険者ギルドなら顔も広いだろうしすぐ見つ――」

「お兄ちゃん?」

 割り込まれたスローテンポだけど圧力のある言い回しに言葉を失う。

 何なの、この九歳児を超越したプレッシャー。



「そこのオスは反対しているようじゃが、いいのか?」

「うん、気にしないで大丈夫だよ。ね? お兄ちゃん」

 こくこくと無言でうなずく中身二十九歳の俺。

 異世界に来てから一番情けない場面じゃなかろうか。



「疲れているならうちにおいでよ。そこでゆっくりお話聞かせて?」

「かたじけないのじゃ。人間も悪い奴ばかりではないのじゃな」

「なにそれ、へんなの~」

「あはは」「くふふ」

 輪に入れなかった俺は美幼女と仲良く手をつないで帰り道を行く。

 


 人間も悪い奴ばかりじゃないってどこ目線から出てくる言葉よ。

 魔王軍のスパイは……この子なんだろうなぁ。

 あ、でもよく考えたら行き先が工房なのは正解だったのかもしれない。

 エピックウェポンがあるマクシミリアン家だったら危険なことも起きないだろうし。

 ユイリちゃんグッドジョブ。

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