第十二話 工房に新たな仲間が増えました
「お兄ちゃん、あ~~ん」
ユイリちゃんから口元へスプーンが運ばれる。
恥ずかしさを我慢しながら、ふーふーして冷ましてもらったスープを飲み込む。
塩味がほどよく効いた鶏肉入りの温かいスープは味付けも俺好みでとてもおいしかった。
「うん、おいしいよ」
「よかった~。ユイリね、お兄ちゃんがうちでおいしそうに食べてた料理を参考にして味付け頑張ったんだぁ」
……よく見ているんだね、ユイリちゃん。
明け方に気を失って、今はお昼を少し過ぎたところ。
気がついたらユイリちゃんのベッドに寝かされていた俺は、その場から自力で起き上がる事が出来ないほど消耗していた。そんな俺を甲斐甲斐しく世話をしてくれているユイリちゃんには本当に頭が上がらない。
スープを完食した俺に、ユイリちゃんが優しく問いかける。
「お皿片付けちゃうね、お兄ちゃん。他に何かして欲しいことある?」
「いや、特にないよ。ありがとう」
満足顔なユイリちゃんはツインテールを揺らして部屋を出て行った。
本当にいい子だなぁ。
体の自由が利かないとはいえ、九歳児に頼りっきりなこの状況は流石に情けない。
もっと頑強な体で転生していればこうはならなかったのだろう。
出来るならSTRやVITにスキルをいくつか振りなおしたい気分。
……まぁ無理なんだが。
それにしても、十五歳の健康的な体になったのにボディーが貧弱すぎる。
筋トレとかして体を鍛えたほうがいいのかな。
転生前はそんな習慣などなかっただけに、本音をいうと億劫ではある。
でも、命のやり取りがあるこの世界で流石にそんな事も言っていられない。
方法も含めて今後のためにしっかり検討しておいたほうがよさそうだ。
深く考え込んでいたらいつの間にかユイリちゃんが二階に戻ってきていた。
でも入り口の前にとどまり少し様子がおかしい。
どうしたんだろう?
「お兄ちゃん、シエラお姉ちゃんからお話があるって」
にゃーさんからいつの間にかシエラお姉ちゃんと呼び方が変わっている。
出会ったばかりの人と仲良くなるのすっげぇ早いなユイリちゃん。
そんなことより!
ぴょこんと現れたシエラが九歳児を盾にして気恥ずかしそうにしていた。
「お姉ちゃん、恥ずかしがってちゃだめだよー。お兄ちゃんにお礼を言いに来たんでしょ」
「にゃ……」
しばし目をぎゅーっと閉じた後、意を決したのか、くわっと目を開きこっちへ歩いてきた。
「にゃーのためにこんな素晴らしい武器を作ってくれたって聞いたにゃ」
腰に収めた革のケースから短剣を取り出し、俺に見せてくる。
グリップ部分に俺の知らない加工が施されて、シエラの持ちやすいようになっていた。
気を失っていた間、サーニャさんがやってくれたのだろう。
一緒に徹夜したというのにあの人はいつもどおり工房で作業している。
すごい気力と体力の持ち主だ。心の底から尊敬する。
シエラは俺が苦労して作った『玄武短剣と同等のステータスを持ったグリーンタートルナイフ』を革のケースに戻すとわが子のように抱きしめた。
「自信作だから大事に使ってくれよな」
シエラに何も言わずに作ったから、余計なお世話に思われないかそれだけが心配だったが、喜んでもらえているようで俺もうれしい。
「田舎から出てきて、人にこんな優しくされた事なんてなかったのにゃ……どうしてここまでしてくれるのにゃ? にゃーは何のお返しも出来ないのにゃ…………ハッ! まさか体を差し出せとか言うつもりじゃ!? それはもっと親しくなってからじゃにゃいと……」
そう言ってからシエラはさっと半身になって胸を両手で隠す。
「そんなつもりないから! ってかユイリちゃんの前で変な事言うのやめて?」
「お兄ちゃん、体を差し出せってどういう意味?」
意味を理解していなくてほっとしたが、それも束の間。
俺をキラキラした目で見つめてくるユイリちゃんに気づき呆然とする。
子供の純真で底なしな好奇心を忘れていた。
「ねーねー! どうして?」
うやむやにしたいがベッドから動けないので逃げ場がなかった。
いずれ知る事になるだろうけど、今教えるわけにはいかない。
そんな事したら間違いなくサーニャさんに殺されてしまう。
「そのうちわかる事だから、この話はここまで! しゅーりょー! 楽しい話でもしよ――」
「いーやーだー! ユイリ、今知りたーーい!!」
くい気味に駄々をこねるユイリちゃん。
子供の好奇心、恐るべし。
「おい、本格的に興味持っちゃったじゃないか! シエラ、責任とれよなお前」
「んにゃ、流石ににゃーも責任を感じるにゃーね。ユイリちゃん、よく聞くにゃ? 体を差し出すってことは、こうやって――」
そう言って右肩から服をずらし、胸元あたりの肌を見せようとするシエラ。
「ばか、ばか、ばか! なんもわかってねーぞこいつは!
しかも自分の体使って実演するなって。無駄にいい体してるから生々しいんだよ。
こういうのは同性の親か学校の教師がしかるべきタイミングで教えるもんでしょうが。
こんな雑に教育しちゃったら俺がサーニャさんに殺されちゃうってーの。
「え? 責任を取れって言ったのはアキラのほうにゃのに」
なんで心底不思議みたいな顔がそこでできるの? ユイリちゃんと同性なんだから自分のやってることがどんな風に伝わるか俺よりずっと簡単に想像つくだろうに。
てかいきなり名前呼びかよ。お前も距離のつめ方早いのな。
「お前さ、もっと穏便にできない? 俺の命がかかってるんだよ」
「? 何を言っているのかわからにゃいけど。にゃーの家では性教育は早ければ早いほどいいと教わっているにゃ。だからにゃーのやっていることが間違っているとは思わにゃい」
そういう家庭もあるだろうけどさ、特殊だと思うんだ。
それとも俺の感覚が狂っているのか? 実際女の子のほうが心身ともに成長が早いって聞くし……うーん、どうすればいいんだ。
シエラは自信満々で今すぐにでもユイリちゃんにシエラ家直伝の性教育を始めてしまいそうだ。
ユイリちゃんも前のめりになって固唾を呑んで見守っている。
その反応に気をよくしたのかシエラの独演会が始まってしまった。
「んにゃあ、まずはおしべとめしべの説明からっ――」
そんなシエラに後ろからゴツンとげん骨が見舞われた。
「んにゃーー」
うへぇ……すんげぇー痛そうな音……。
「ユイリの性教育は私がする。余計な事をするな猫娘」
一家の主が来た事で事態が丸く収まった。
ユイリちゃんも母親のげん骨を見てから駄々をこねるのをやめた。
引き際をちゃんとわかっている。賢いなぁ。
「助かりました」
「まぁ、ちょっと様子を見てたんだがお前が悪ノリしてなくてよかったよ。してたらと思うと、な」こぶしを握りこむのやめて下さい。俺は無罪です。
「冗談はさておき、お前も起きた事だし伝えておきたい事があってな」
「はぁ、なんです?」
「昨日からずっと考えていたんだが、この猫娘もうちでしばらく面倒見てやろうと思っている。こんな世間知らずを外にほっぽったら私の夢見が悪くなりそうだったんでな」
「ええぇぇ!?」「んにゃーー!?」
ほぼ同時に俺とシエラの驚きの声があがった。
「シエラお姉ちゃんもうちで住むの? やったぁーー」
ユイリちゃんも聞かされていなかったのか。
シエラと両手をつなぎうれしそうにステップを始めた。
「そんな事だから、お前がこいつの面倒を見てくれ。私は仕事とユイリの世話で精一杯だからな。頼んだぞ」
「ええぇぇ!?」「んにゃーー!?」
俺とシエラの驚きの声は聞き飽きたとばかりに、サーニャさんは工房へ戻っていってしまった。俺にこの世間知らずな猫娘の教育ができるのだろうか?
「んにゃ?」
ユイリちゃんと軽やかにダンスをしているシエラと目が合った。
昨日まであんなに落ち込んでいたのに、このはしゃぎよう。
本物の猫のようにマイペースなこいつとうまくやっていけるだろうか?
やるしかないですよね。はい。