第十一話 玄武短剣の能力を持ったグリーンタートルナイフ
男を見せてみろ、か。
上等だ。
この異世界で俺がしなければならない事はいくつもあるが、先ずすべき事は異世界での役割と居場所の確保だ。
なんの後ろ盾もなしに魔王を倒す! と言ったところですぐに野垂れ死にするのは目に見えている。
じゃあそうならないためにはどうすればいいか?
答えは簡単。
一番身近にいるこのサーニャさんに認めてもらう事だ。
一筋縄ではいきそうにないが、鍛冶職人として認めてもらう事が攻略への第一歩。
この武器作りはシエラのためでもあるが、同時に自分のためでもある事に今気づいた。
難易度は途方もないが、やりきることが出来れば未来につながる絶好のチャンス。
やってやる!
俺は決意をもって初めての武器製造に取り掛かった――
「まぁ、先ずはやってみろ。それで色々分かるから」
「はいっ」
サーニャさんが炉で熱してくれた金属を、万力で固定しネットやテレビ番組で得た知識を頼りにハンマーで叩いてみる。
衝撃を加えると火花が散り、金属が少し変形した。
おおぉ!
熱する前は硬度のあった金属が、自分の非力な一撃で変形させることができて喜びが生まれる。
これを冷却し元の温度に戻すと、硬度も戻り人間の力じゃ歯が立たなくなるのだから金属の性質って面白いな。
ひとしきり叩いた後あることに気づいた。
短剣を作るところまでは決めたが、デザインやサイズの事をまったく考えてなかったなと。
武器として使うものに施されたデザイン、致命傷を与えるのに必要なサイズは、魔物がいる世界ではそうではなくてはいけない理由が必ずあるはず。
それを知らない人間が、このまま闇雲に金属を叩き続けていてもラチがあかないというか、非効率と気づき作業の手を一旦止める。
どうするかなぁ?
と、ひとしきり悩んだのち正解を参考にするのが早いよなと気づいた。
売り物にできる完成品がこの工房内にはいくつもある。
これらはプロが長年様々なノウハウを詰め込だ末に出来上がったものだから、真似れば上達への近道だし、使用用途に最適な形状をしているはず。これは推論だが自信がある。
やみくもに作らずまずは真似てみる。
方針が決まったのであとはそれに突き進むだけ。
工場内にあった完成品をよく観察して、体力の続く限り俺はハンマーを振った――
――これで何作目だ?
金床の上には今出来たばかりの短剣が置かれている。
四苦八苦しながらハンマーを振って、目ぼしいものは研ぎ作業を施したが、マクシミリアン工房にあった短剣の形に近づいてきているだけだった。
アプローチ自体は間違っていないはず。
だけど『ユイリちゃん愛用包丁』を作ったときのような手ごたえも、システムメッセージもない。
鍛冶スキル999で作った武器にしては、いまいちな物しか出来上がっていないようだ。
その証拠に出来上がったものをサーニャさんに見せるたびに
「これでいいのか?」とつき返された。
お前はこれで満足なのか? ということだ。
そんな訳が無いのでバキバキに凝り固まった体に活を入れ、また一から武器を作っていく。
ふと、窓の外を見た。
いつのまにか日はとっぷりと暮れていた。
時間を忘れてこんなに夢中になったのなんて、初めて買ってもらったアクションゲーム以来では?
疲労があっても夢中になれるのはいいが、能率は落ちてきている。
思考も単純化しているし、考えを一旦まとめるために小休止をはさまねば――
あと少しで何かコツのようなものがつかめそうなんだけどなぁ……。
鉄に混ぜるグリーンタートルの甲羅を粉砕した粉の量とタイミング、鍛造時の力の入れ方やハンマーを振るう回数。
最初は全てが手探り状態だったが、徐々に正解へと近づいていっている手ごたえがある。これは鍛冶スキルがそうさせてくれているのだろうか?
カミシマだったら知ってそうだけど、目の前に突然現れ「そうだよ」とか言われたらグーパンが飛んでいくな。うん。
そう思いながら、気合を入れ直すためにこぶしを強く握り締めると強烈な痛みが走る。
「いてぇ!」
手に出来ていた豆が全てつぶれていて、握っていたハンマーの持ち手の部分が血まみれだったことにいまさら気づいた。
本来だったらここでやめて、次の日に持ち越すのが正解だろうけど今回はそうはいかない。
気持ちが高ぶっているのもあるが、痛みや疲労よりもシエラのために武器を作りたい気持ちのほうが大きい。悪くない気分だ。
近くにあった布を雑に手に巻き、痛みを堪えて作業を続けることにした――
シエラが騙されて手に入れたグリーンタートルの甲羅の粉末もあと少し。
そんなせっぱつまった状況だったが、今製造している短剣は鍛造中から妙な手ごたえがあった。
今までに作った中で最高の出来栄えの短剣になりそうな予感を感じた時、気持ちだけではフォローしきれない極大の疲労感が突然やってきた。
なんだ、これ? どんなに頑張ろうとしてもハンマーを持ち上げる事が出来、ない。
そんな疲労困憊の俺にサーニャさんは優しい声色で語りかけてきた。
「うん、初めてにしてはよくやった。今まで見てきた徒弟の中でもお前が一番見所も才能もある」
言っている意味はかろうじてわかった。
だが、口を開いたまま返答をすることが出来ない。
「ここらが限界だな。ユイリも心配しているし今日はもうゆっくり休め。続きは私がやっておく。どうせあの猫娘に違いはわからん」
この甘い誘いに乗ってしまえばどんなに楽だろう。
汗を流してさっぱりしたら、ユイリちゃんが待っているベッドで一緒に寝てしまう。一瞬で眠ってしまえるほど心地よいはずだ。
転生前の俺だったら即この誘いに乗ったろうなぁ……。
間違いなく人生の中で一番頑張った。
サーニャさんもその頑張りを認めてくれている。
それなのに、もういいじゃないかと何故ならない?
男としての意地?
綺麗な女性陣にかっこいいところを見せたい男の性か?
いや、違う!
無意識下でそんな邪な気持ちが多少はあるかもしれないが、それよりもっと単純明快な理由があった。
誰かのために武器を作っている今が楽しいんだな、と。
社畜の時には感じる事の無かった気持ちだ。大人になってから味わったことの無いこの感情。
体がくたびれ果てていても、この感情を少しでも長く味わっていたい。
この想いをまだ手放したくない。
「ぜったいに、やりきってやるぅぅ!!」
なけなしの気合を入れるために大声を出したつもりだったが実際はかすれ声で言葉にならず。
でも、ハンマーは持ち上がった。
全身の筋肉がバカみたいにいてぇ。
それでも、気持ちと意地だけで仕上げの一撃を振るった――
「最初は間違いなくど素人だったのに、たった一日でこんな逸品を作り上げるとはねぇ……『同じ職人』としてへこむわ。アキラ、お前どんだけすごい才能を秘めているんだ?」
サーニャさんは俺が最初に作った不出来なナイフと、今出来上がったばかりのグリーンタートルナイフを見比べて、なんとも言えない表情をしながらも喜んでくれた。
その道のプロに認めてもらえると喜びもひとしおだ。
疲労と高温の熱源を見続けていたからか、乾燥しきった目はしぱしぱし、全身の筋肉や関節はバキバキに固まっている。
まぶたは重く、今すぐ眠ってしまいたい。
だけど味わったことの無い達成感がそれを上回って、脳内物質に無理やり起こされている感じ。
それでも次第に目の前のサーニャさんの顔がぼやけてくる。
もっとこの感覚を味わっていたいのだが、駄目、みたい、だ――
「ふふん、精根尽き果てたって感じだな。ま、ゆっくり休めアキラ」
サーニャさんのが大変だろうに……
一日中炉の温度管理をしつつ付き合ってくれたサーニャさん。緊張を解かずにずっと俺の武器製造を夕食の時間以外はずっと見守ってくれていた。
ありがとうございますと起きたら言おう。
意識が完全にシャットダウンされる前に頭の中に聞きなれた女の声が聞こえてきた。
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システムメッセージ
DATA ID:3202
ワールド内百八本目のエピックウェポン級の短剣が誕生しました。
玄武短剣と同等のステータスを持ったグリーンタートルナイフ
銘 カグツチアキラ
装備可能レベル1
(シエラ専用装備)
VIT+99
被ダメージ-10%
敵対心+10
防御+1~99(Lvアップ毎に増加)
特殊効果
稀に全属性の攻撃無効(Lvアップ毎に確率アップ)
水属性の攻撃を体力に変換して吸収
まっしぐらIV
まっしぐら効果絶大アップ
魔王は朝食の準備を取りやめました。
魔王軍のスパイが敵対国へ潜入する計画を立案し受理されました。
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武器名なげぇーよ! 魔王は朝食時間早いのな!
疲れのピークでも思わず突っ込んでしまったが、そこでようやく気力が完全に尽きた――