第十話 騙された猫娘のための武器作り
「俺にシエラの武器を作らせてください」
「戻ってくるなりいきなりどうした?」
サーニャさんが驚くのも無理はない。自分自身、シエラをベッドに連れて行く前には考えもしなかった事だから。
「猫娘が欲しがっていたのは『玄武の甲羅の破片』から出来る伝説級の武器だ、そんなものうちにないことくらいさっきの話聞いてたらわかるだろ。それ以前に素人のお前が武器を完成させることができるのか?」
サーニャさんの言うとおりだった。
シエラのために何かをしてやりたいという気持ちだけが逸って、実際に武器を作る手順はわからない。武器製造の知識が皆無な自分に『ピクシーストーン』なしで完成品が出来るかどうかは怪しい。
でも、知識は無いが俺のチートな鍛冶スキルで『ユイリ愛用包丁』の時の様な奇跡を起こせれば、シエラが騙された10万ジェニー以上の価値を持つ武器を作れるだろうという確信はあった。
自分の力がいいほうへ作用すれば、ショックのあまり気絶してしまったシエラに笑顔を取り戻せる事が出来るはず。
何が一番大切かを考えたとき、それを実現するためなら恥ずかしさとかプライドとかは必要ない事は知っている。あとはやれるかどうかだけ。
「サーニャさん、武器の作り方を一から教えてください!」
気持ちを込めて頭を下げる。この異世界で身寄りのいない自分にとって頼りになるのは目の前にいるサーニャさんだけなのだ。
「ふ~ん。お前、鍛冶に自信があるんじゃなかったっけ?」
そう来ますよね。
以前言った事が自らの首を絞める。
正確には鍛冶スキルに自信があるんです! なんて言った所で通じる訳もなく。
どう説明したらいいかを考えているとサーニャさんが先に口を開いた。
「ま、いいけどね。お前には仕事を覚えてもらいたいし、誰かのために何かをしてやりたい熱い気持ちは伝わった。今回はそれを尊重して少しだけ手伝ってやる」
「本当ですか!? ありがとうございます」
うれしさのあまり近寄って手を握ろうとすると、直前で制される。
「ただし!」
「ただし?」
こころなしか耳が赤くなっているサーニャさんは続けた。
「私はタダ働きは御免だ! 『ツケ』にしておいてやるからしっかり働いて返せ。いいな?」
「はい!」
炉に大量の薪で火を起こし、鞴で温度調節をしている最中、サーニャさんと作る武器のプランを練った。
「で、あの猫娘のためにどんな武器を作りたいんだ?」
「あいつが騙されて買った『グリーンタートルの甲羅』を使って武器を作りたいと思っています」
「あれを使うのか。猫娘にとっては嫌な思い出が詰まっていると思うが、それでいいのか?」
「常に武器として携帯することで、今回のことを忘れないようにしてもらいたいってのがあるんです」
冒険者としてあのガードの甘さは心配だ。今回の件を忘れず教訓にして欲しい。
日本のような安全な国であればお金が騙し取られただけで済むが、魔王の手先の魔物が生活圏にいて死と隣り合わせなこの世界で、あの世間知らずっぷりはどうかと思う。
ただ、こうしてシエラと縁あって知り合うことになった。
怪しい猫娘だとばかり思っていたが、家族の存在とその絆を知ってしまい情も沸いてしまっている。そうしたらもう放っておける訳がないじゃないか。放っておいたら間違いなくあとで後悔する。
「それと、あいつにとって大事な10万ジェニーで買った素材をあのままにしておくのが忍びなくて」
「訳ありな10万ジェニーか……私はてっきりあいつをおんぶした時にお前が感じたであろう、胸の感触のお礼かと思ってたぞ」
「そんな訳無いじゃないですか!」
「いやな、鍛冶素人のお前がドヤ顔でかっこよさげな事言うから、ついからかいたくなったんだよ」
ケラケラ笑うサーニャさんに、いい返事をすることが出来なかった。エピック級の武器をさくっと作って見返してやりたいものだ。
「冗談はこれくらいにして。武器種はどうする?」
直前まで笑っていたのに、仕事になると真剣モードに戻るサーニャさん。そこは素直にかっこいいと思います。
「武器種ですか、そうですね……」
あの頼りない感じ、間違いなくシエラは新米冒険者だ。そうすると扱いやすい武器がいいだろう。ロマンを求めて両手剣とかそういった物ではなく、細腕の女の子でも取り扱えるものがいい。
女性冒険者はどんな武器を装備しているのだろうか? 自分の得意分野で思い出してみる。
ファンタジー物のRPGや映画などで女性が持つ武器はソード系が多かったような?
だとしたら片手で持てる片手剣がいいか? それよりもっと軽いのがいいだろうか? 実際に手に持ったことが無いので重さが分からない。ここは実際に体験したほうが早いな。
「サーニャさん、すいません。片手で持てる剣ありませんか? 何を作るにしても重さを体感しないとイメージが沸きづらくて」
「あっちに何本かあるから、好きにしろ」
あっちと指を指されたほうへ向かうと、確かに武器がいくつもあった。そこから映像作品で見たことがあるショートソードと同じような大きさの武器を手に取り、両手で構える。
あれ? 結構重いな。
実家にあった木製のバットと同等かそれ以上の重さを感じる。
試しに片手で持ち、上段から打ち下ろすように振ってみる。
その瞬間、この重さはあいつには扱えないと確信した。
片手で扱う剣とかいう字面から、軽そうなイメージがあったのだが、実際は体を鍛えている冒険者向けであることがすぐにわかった。
シエラは女性としては魅力のある体つきをしているが、それとこれは別。
武器の取捨選択のミスはそのままあいつの命に関わる。もっと慎重に考えてやらねば。
軽さを追求した武器が望ましい。
短剣はどうだろうか? 手先が器用な盗賊職がゲーム内でよく持っている武器だ。
サバイバルナイフのような小ぶりな武器を探し出し、実際に振ってみる。
お、これなんかいいんじゃないか?
今度は逆手に持ったりして空を切ってみる。なんかこの持ち方って玄人っぽくていいよね。
軽さのお陰で戦闘スキルのない自分でも思ったとおりの軌道を難なく描いていくことが出来た。扱いやすさが半端ない、これにしよう。
「力の無さそうなシエラにも扱い短剣がいいと思いました。どうですか?」
命を守るための武器作りだ。サーニャさんにもちゃんと相談する。
「短剣か。使う人間のことも考えているしいいんじゃないか」
その人に合った武器作り、間違っていないようだ。これを今後も心がけていこう。
「武器を作る前にひとつ教えておいてやる。『グリーンタートルの甲羅』は安価で扱いやすく、素材としての効果もそこそこだから職人や冒険者にも人気の素材だ」
うなずいて知識として刻み込む。
「ただこの素材に限らず、熱した金属に魔物の素材を混ぜ込むタイミングと、配分率をミスると逆にもろくなってしまう事がよくある。そんなもの戦場じゃ使えないし、使わせない。あとはわかるな?」
「ちゃんとした完成品を俺が作れなかったら、この話は最初からなかったという事になるってことですか?」
「そういう事。素材は沢山ある。かっこいい事を言ったんだ、猫娘が起きるまでに男を見せてみろ」
「はいっ」」