魔女さんの家のメイドはパワー系
ゆさゆさ
そんな音が工房内に響く。
それはベッドで口からよだれを垂らしお腹を見せて眠るメルセデスを揺する音であった。
「マスター、起きて」
そんベッドの傍には小柄なメイドの姿があった。
短く揃えられた金の髪、それと同色の瞳を持つ全く無表情の少女。それだけをみれば美少女と呼ばれてもおかしくないほどのうつくしさである。そう、頭の左側に付けられている巻き鍵がなければ。
ゆさゆさゆさゆさ
「起きて起きて」
先ほどよりも大きな声で、そして力を込めてベッドを揺するわけなのだがメルセデスは全く起きる気配がない。そんな起きないマスターの姿にイラついたのか少女の無表情さが僅かに歪む。
「お金儲けもできないマスターですが今日は絶対に起こします」
ボソリと零した宣言を実行するように少女は頭に付いている巻き鍵へと手を伸ばすとそれを回す。
「ん……ん!」
一回、二回と回すごとに少女の口から艶やかな声が溢れるが少女は回すのをやめない。巻き鍵が五回転ほどしたところでようやく回すのをやめると今度はベッドを底を持つ。
「てい」
そんな軽い掛け声と共に少女はベッドを持ち上げ、放り投げた。
ほっそりとした腕のどこにそんな力があるのかと問いたくなるほどの力を瞬時に発揮し、恐ろしいまでの速度で放り投げられたベッドは壁へとぶつかりメルセデスを放り出すと音を立てて床に転がる。
「ふぎゃ!」
メルセデスも同様に床の放り出されて転がるわけなのだが奇跡的にベッドの下敷きになるということはなかった。
「な、なに⁉︎ モンスターの襲来⁉︎」
未だ寝ぼけていると言っていいほどにメルセデスは慌てたように飛び起きると腰回りを弄るようにして周囲を警戒し始めていた。
「マスター、おはようございます。マスターがおきられなかったのでアィヴィはベッド投げて起こすことにしました。あと何を探しているのかわかりませんがフラスコの下がったベルトをマスターはしていません」
「な、投げて起こしたっって……死んじゃうじゃない!」
「安心してくださいマスター」
メルセデスの抗議を無視するようにメイドの少女、アィヴィは投げられたベッドの方を指差す。その指先が差すほうへと自然とメルセデスもそちらへと視線を向ける。
そこにあるのは反転したベッド、ただそれだけである。
「ベッドがどうしたの?」
「おや、わかりませんか? あれだけの力を込めて投げたのにベッドと壁は全く壊れてません」
確かにベッド、壁と共に全く無傷であった。他の家具はバラバラになっているようだが。
「ベッドと壁の一部だけアィヴィのお手製にした甲斐がありました」
「ボクの心配とか一切ないの⁉︎ というか投げるためにそこだけ自分の手作りにしたいとか言ったの⁉︎」
「さて、朝ご飯の時間ですから起きてください」
「起きてるよ! 起こされたんだよ! 使い魔でゴーレムなんだからもっとマスターに優しくしてくれても良くない⁉︎」
抗議をあげるメルセデスだがアィヴィはというと特に何も浮かばない金の瞳をメルセデスへと向ける。
アィヴィはメルセデスの使い魔でありゴーレムである。
魔女とは魔女と認定された時に使い魔を召喚する権利を得る。その権利でメルセデスが召喚したのがゴーレムのアィヴィなのだ。
「優しく?」
「ひっ!」
その冷淡な声にメルセデスの背筋は震える、悲鳴を漏らす。
アィヴィは特に何かをしたわけではない。別に体が大きくなったらだとか顔が怖くなったということは一切ない。
ただ、単純に怖かった。いつも無表情であるアィヴィだがなんというか瞳が冷たい。
「大金を手にいれそこねたのに」
「う……」
「せっかく新しい調理器具を買おうと思ったのに」
「うう……」
ちまちまと言われる小言のようなものにメルセデスは少しばかり涙目になっていた。
そんな姿をみてわりかし溜飲を下げたのかアィヴィは元の威圧を放つことのない普通の無表情へと戻った。
「さ、食事にしますよマスター」
「本当にもう少しだけマスターに優しくしてほしいよ……」
踵を返しメルセデスの部屋から出て行こうとするアィヴィだったが一度立ち止まると再度メルセデスへと振り向いた。
「……」
振り返りしばらく考え込むようにしていたがやがて残念なものを見るような瞳の色に変わると無言で、しかし足早に部屋から出ていった。
「なんか言ってよぉぉぉ!」
メルセデスの叫びが虚しく響き、窓の外では精霊が楽しそうに踊っていた。