魔女の師匠は規格外で締める
およそ十分もの間、メルセデスとベロニクがいくつも炸裂していく爆裂ポーションによって体を結界内で飛ばされてまくっていた。
ようやく床に二人の体が叩きつけられるように転がった時にはメルセデスもそれなりに傷を負っていたし、ベロニクにいたっては欠損部位がかなりあった。
『あぁぁぁぁ……』
そんな二人の様子を見て何人かの魔女が悲鳴を上げ、崩れ落ちるように座り込んだ。
『イヤッホゥ!』
その真逆にかなりの数の魔女がガッツポーズやら近くの魔女とハイタッチしたりとテンション高げに喜んでいた。
『はーい、今回の賭けの結果はメルセデスとベロニクの両者爆破による意識喪失のため引き分けとなりまーす。引き分けに賭けていた方は配当金を受け取ってくださーい』
どこからか響く声が伝えたとおり、ここで喜んだり悲しんだりしているのはメルセデスとベロニクの決闘でお金を賭けていた面々である。
オッズだけを見たのであればベロニクが圧倒的に優位というような表記であったのだが実際のところは引き分けであった。
「さすがは私の弟子と言いたいけどまだまだよね〜」
玉座に座りながらアリプルプスはニコニコと笑いながら弟子へと拍手をしながら褒め称えた。
しかし、その横にいるアィヴィはややジト目になりながらアリプルプスを見ていた。
「それで師匠、いくら儲けたのでしょうか?」
「な、なんのことかしら?」
アリプルプスの虹の瞳が僅かに揺れたのをアィヴィは見逃さなかった。
「ちなみにアィヴィはマスターに賭けたのですっからかんです」
「私と同じことしてるのに私だけ責めようとしたの⁉︎ 私はベーちゃんに賭けてたから負けたわよ」
「微塵も弟子を信じてないじゃないですか。アィヴィはマスターを信じてましたので。負けましたが」
心なしか誇らしげなアィヴィであったが心の中ではこれでしばらくは食費を切り詰めなければ! なんてことを考えていたりするのだがそんなのは無表情に見えるアィヴィの顔から読み取るのは無理な話であった。
「しかし、マスターもベロニク様が死にましたが…… どうされるんです?」
メルセデスは体のあちこちが吹き飛ばされた衝撃で傷は負ってはいるのだが死んではいない。
アィヴィが指差すのは運悪く体の他にも頭が吹き飛び、子供に見せるには非常に刺激が強い絵となっているベロニクの出来立てホヤホヤの死体だ。
いくら魔女が死ににくいと言っても頭が無くなれば例外が無くはないが死ぬ。
ちなみに心臓を破壊されても死にはしないらしいので魔女の体は不思議なものであった。
「あ、それは大丈夫よ。結界の中に時間を巻き戻す時戻しの魔法を仕込んでおいたし」
弟子が弟子ならばその師匠である虹色の魔女もまた規格外の異常な魔女であった。
「それなら安心ですね」
魔法についてさほど詳しくないアィヴィはアリプルプスの言葉に一安心したように息を吐いた。
アィヴィにとって迷惑とも言えるほどのアタックをしてくるベロニクだが流石に死んだままでは可哀想と思ったのだろう。
ちにみにだが時戻しと呼ばれる魔法はそんな簡単に習得、発動できるようなものではない。
メルセデスの意識があり側にいたのであれば「そんな簡単な魔法じゃないんだよ!」と怒鳴っていたかもしれない。
アリプルプスは何の気なしに指をパチンと鳴らす。
するとベロニク(死体)とメルセデス(白目を向いて泡を吹いての気絶)の真下に淡く輝き、魔力で描かれたであろう時計盤のようものが姿を表した。
普通の時計盤のようにも見えたがそれは秒針が進むのではなく戻っていく物で徐々に戻る速度が早まっていった。
そして秒針が戻るたびに完全に無くなっていたベロニクの頭が徐々に再生されていき一分も経つ頃にはどこに傷があったのかわからないほどに治っていた。
「こんな魔法があれば完全な不死になれるのでは?」
興味深そうにアリプルプスの発動さしていた時戻しの魔法を眺めていたアィヴィが思いついたように口にする。
「これはそんな万能な魔法じゃないのよ〜 結界の中でという条件と戻るのは一時間前の状態だしね。つまり死にかけの人に使っても一時間前に健康じゃなければまた死にかけるだけだしね」
「なるほど」
「元々魔女は不老、しかも死ににくいし半分不死みたいな存在だし不老不死の研究をしている魔女も少ないのよ」
やってる魔女も大分サイコよサイコ、とアリプルプスは愉快そうに笑う。
「さて」
パンっと人の注目を集めるかのようにアリプルプスは手を叩く。
軽くしかならなかった音だったがそれだけで阿鼻叫喚のようだった室内は一瞬にして静まり返った。
「決闘終わったし、力を記しためーちゃんの魔女ランクの昇格は誰も文句は無いわよね?」
誰からも異議が上がらないことにアリプルプスは満足げに頷くと玉座から優雅に立ち上がる。
「では魔女メルセデスを見習いから銅へとランクを上げるわ。そして今回の魔女会は終了するわ」
パチパチとまばらな拍手が上がり、それにアリプルプスは不満げな表情だ。
彼女的には拍手喝采が起こると思っていたのだろう。
「でもそんな普通なのは面白くないわよね」
拍手がピタリと止まる。
しかもそれなりの年月を重ねた魔女は慌てたように転移魔法を唱え始めたり、出口に向かい走り出していた。
「だから今からこの屋敷を爆破するわ! 三分後に!」
これなら文句ないだろと言わんばかりにアリプルプスは悪戯を仕掛ける子供のように満面の笑顔だった。
『なんでじゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ⁉︎』
魔女の絶叫が響いた。熟練魔女達は逃げる速度を上げた!
アィヴィも隣のアリプルプスがやると言ったら絶対に実行するタイプであるということはよく理解していたため躊躇うことなく失神しているマスターの元へと駆けていくのだった




