魔女は魔法をくらう
飛来する輝く槍を視認したメルセデスはとりあえず避けることを選択した。
一本は確実に殺る気満々と言わんばかりにメルセデスの顔面へ、一本はおそらくは命中率を上げるためか胴体へ、最後の一本は機動力を削ぐためか脚へと飛んで行く。
一般的な魔女であれば魔法に対しては反魔法と呼ばれる防御魔法で迎撃するのだがメルセデスはまともに魔法を使えない半端な魔女なので回避を選択したわけだった。
幸いなことに飛んでくる光の槍、ライトニングスピアはそれぞれの部位へと時間差で放たれたらしく避けれそうと判断した訳なのだが。
頭への直撃、これはやばい。
下手したらしばらくは動けない気がしたメルセデス。そう判断したから必死に一番に頭を逸す。
結果頬を僅かに掠めながらも一本目のライトニングスピアの回避には成功。
しかし、メルセデスの身体能力は一般人に毛が生えた程度のものである。
そして一般人は魔法に反応なんて普通はできない。
つまり何が言いたいかというと、
反応できるという事と体を動かし避けるという事は全くの別物であるという事である。
「が! ぎゃぁ⁉︎」
そして魔法が飛んできてることは認識しているのであったが身体能力が全く皆無というメルセデスはというと、胸と足に全くブレることなくライトニングスピアが突き刺さり、メルセデスは爆音と悲鳴を上げながら床の上へと転がされた。
「あぐぅ…… 痛い」
「なんで上級魔法食らって痛いで済みますの⁉︎ というかなんで無傷ですの!」
メルセデスの痛みの訴えよりベロニクの悲鳴のような声の方がよく響いた。
ベロニクの言った通りライトニングスピアを食らったはずのメルセデスであったがローブが少し破れてたり、靴が焦げてたりという被害はあるのだが肉体的には一切傷を負っていない。
ちなみにだがベロニクが放った上級魔法であるライトニングスピアは一般人が食らえば触れた箇所は消し炭になること間違いなしの威力であった。
それを受けても痛いで済ましてしまうメルセデスの魔法に対する防御力は誰が見てもわかるほどに異常であった。
「「「…………」」」
その場をなんとも言えない居心地の悪い沈黙が支配する。
「ふっふふふふふ!」
そんな中でアリプルプスだけが腹を抱えながら笑っていた。
あまりに笑いすぎたものだから顔を真っ赤にしたアリプルプスは必死に息を整えていた。
「ふふふ、最強魔法である爆発魔法に近い爆裂ポーションを自分で食らっても無傷な娘なのよ? ただの上級魔法であるライトニングスピアごときであの子の魔法防御耐性を抜けるわけないじゃない〜 あの子の魔法防御耐性をブチ抜きたかったらそれこそ爆発魔法の最上級を連発しないとだめに決まってるじゃない」
「え……」
「え?」
始めの驚愕の声はメルセデスのもので次の声はアリプルプスのものであった。
前者は驚きの声、後者は「なんで今更驚いてるの?」という困惑の声のようなものだった。
「めーちゃん、私が、この虹の魔女が! 魔法がまともに使えないのを弟子として認めるわけないでしょ?」
「師匠、まさかあの地獄のような修行というか拷問のような魔法攻撃の日々は……」
「魔法を使えば暴発するような子が普通の魔法耐性で生きていけるわけないじゃない? しかもレシピでは通りにポーション作っても爆発するポーションを作るわけだし。死なないようにするには魔法耐性をあげるのが一番いいでしょう?」
ニコニコと笑うアリプルプスの顔には一切の悪気のようなものが見られない。つまり彼女は完全に善意でやっていると思っているのだ。
対してメルセデスの顔はなんというか、げんなりとした様子が伝わってくるようなものだった。
なにせメルセデスがアリプルプスに弟子入りしてから「とりあえず半人前」と認められるまでの間、命の危険を感じなかった日などないと言ってもおかしくない日々だったからである。
魔法耐性というのはそうやすやすと上がるものではない。
なぜなら魔法耐性を上げるためには魔法を食らい続けなければいけないのだから。
普通の魔女や魔法使いならば魔法を食らう前に避けるか迎撃するだろう。
しかし魔法をまともに使うことのできない者ならばどうだろうか?
まさにメルセデスがそうなのだが、晴れの日も雨の日も風の日も槍が降る日(魔女界では割と降る)も修行という名の魔法攻撃、それもただの魔女ではなく魔女界の中でも高位に位置する魔女であるアリプルプスの死なないギリギリのレベルに調整された魔法を受け続けたメルセデスの魔法耐性というのはもはや上級魔法ですら本人の気づかぬ内に当たっても痛いと感じるだけの域に達しているのだった。
「そ、そんなの反則ですわ!」
「そんなこと言われても……」
地団駄を踏みながら叫ぶベロニクの物言いに攻撃を受けたにも関わらずメルセデスはなんともいえない気持ちになるのであった。




