魔女は怪我人? に走馬灯を見せる
「ふふふ、お金がたくさん嬉しいな〜」
軽やかな足取りでメルセデスは大通りを歩く。
手には先ほど冒険者ギルドでデザーベアーを換金し手に入れたお金がぎっしりと入った皮袋があった。
「ああ! お金って素晴らしい」
皮袋を頰に当て頬ずりを繰り返すその姿はなんというかなかなかに痛々しい姿である。同じ大通りを歩く人々も皮袋に頬ずりをしているメルセデスの姿を目に入れると微妙に迂回するように距離を取っているようであった。
(これで色々と買い物ができる〜)
そんな周りからの嫌なものを見るような視線などに気付かずにメルセデスは歩き続ける。
そして周りの視線に気づかないだけならばよかったのだが頬ずりをしていたメルセデスは当然のように前を見ていなかった。
「きゃっ!」
「うぉっ」
何かにぶつかりメルセデスは後ずさり足を絡ませ尻餅をついた。慌ててまず確認したのは手にしていた皮袋が破けていないかであった。どこも破けていないことを確認したメルセデスはホッと息を吐いた。
「ぎゃぁぁぁぁぁあしがぁぁぁぁ」
「だいじょうぶかーおとうとよー」
ホッとしていたメルセデスの前に子供でももう少しまともな演技ができるだろうとツッコミが入りそうなくらいに下手な悲鳴と心配するようなセリフを吐く二人組がいた。
メルセデスはズレたメガネを直すようにして二人へと視線を巡らせる。
メルセデスの前には足を抑えながら地面を転がり回る頭がピカピカした男と、その男をたすけ起そうとしているらしき頭がピカピカしている男がいた。
そう、どちらもハゲているのである。
「あ、あのだいじょうぶですか?」
もしかしたら自分がぶつかって頭がハゲてしまったかもしれないと思ったメルセデスは恐る恐る声をかける。
「いでぇぇぇこれはだめだおれのうでがあああああ」
「おとうとよしっかりするのだぁぁ」
「あわわわわわ!」
どう見ても下手な演技にしか見えない。しかも腕がと言いながら押さえているのは頭であり血にしては鮮やかすぎる赤色が筋を作って流れているのは足であったり言ってることが何一つあっていない。というより周りの人達の反応はというと「またか」というような呆れたような感じな訳なのだが動転しているメルセデスはそんなことに全く気づかない。
そう、ベルトに下がっているフラスコへと手を伸ばすくらいに動揺しているため気付かない。
「こいつは慰謝料が必要だあああ。なにせ上級ポーションが必要なくらいの怪我だからなあああ」
「おとうとよしぬなあああ」
そんなことを抜かしながらもハゲの兄の方はゆっくりと立ち上がり厳つい顔をメルセデスに見せつけるように近づけてきた。
「おうおう、弟によくも重傷を負わしてくれたな! 慰謝料が必要だなこれは!」
先程までの大根役者のような言動とは打って変わり強面の顔を前面に押し出しての恐喝。
強面、大声、顔が近い。
これはビビリの人間にはやってはいけないことである。そう、ビビリの人間には。
そしてメルセデスはビビリの魔女である。しかも極めて悪質な「防御力を有した」魔女である。
「ご、ごめんなさい! 昨日作るのに成功したこの回復用ポーションで治癒しますので! すぐに!」
「いいもんなあるじゃねえか! なら早く治せよ」
ハゲは強面の顔を維持しながら心の中でほくそ笑む。
誰から見ても分かる通りこの二人、というか兄弟はいちゃもんをつけては他人から金を騙し取るといった悪人である。
当然メルセデスとぶつかったのもわざとであり、弟のハゲには一切傷などない。傷が無い状態で回復用のポーションをかけられたところで変化はない。あとは弟が再び痛がる演技をし続ければ金をむしり撮れる! そうハゲ兄は考えていた。
そう、メルセデスが取り出したのが回復用のポーションであればそうなっていたことだろう。
「これ! これ使いますから! どこです? 痛いとこどこですか!」
メルセデスは慌てながらも腰のベルトからフラスコを取り出し蓋を開け、かけようとする。
「うう、いてえいてえよお」
ハゲ弟は地面に転がり痛がる振りをしながらメルセデスの手にあるフラスコを見て演技を忘れて目を見開いた。メルセデスの手にあるフラスコ内のポーションの色に。
通常、回復用のポーションの色は下級で薄い青、中級で濃い青色、上級になると赤色となっている。
だがメルセデスが手にしているポーションの色はどれにも当てはまらない。どす黒く、なにやら気泡が時折浮いているのだ。もちろん、通常の回復用のポーションなら気泡が浮いたりするなどまずないだろう。
それを見たハゲ弟の脳内に危険を察知したかのように警鐘が鳴り響いた。
「じゃ、かけますよ!」
「ちょ、ちょっとま……」
その警鐘を信じてメルセデスを制止しようとしたハゲ弟だったが時すでに遅し。
メルセデスの手にあったフラスコは傾けられ中を満たしていたどす黒いポーションがフラスコの口から落ちて来るのをやけにゆっくりと、飛沫が飛び散るのすら見えていた。
優しかった母親、無愛想だが立派だった父親、クズだが自分には優しい兄、次いで昔の記憶が次々と脳裏を駆け巡る。
(なんでだ! なんで今俺はこんなものを思い出しているんだ!?)
……人それを走馬灯と呼ぶ。
これからは休みの日に投稿していきます
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