魔女はメイドに嫌味を言われる
死屍累々といった凄惨な様子だったフロアは魔女たちの回復と共に再び喧騒を取り戻していった。
「では魔女会を始めます。各々有意義な時間を」
開始の挨拶とも言える言葉をアリプルプスが微笑みながら告げ、手を鳴らす。
すると何もない場所にいくつものテーブルが唐突に姿を現し、そこへ次々と大皿で料理が運ばれてくる。
運ばれてくると表現したのだが実際のところは大皿が一人で飛んできてはテーブルの上へと着地していくという奇妙な光景であった。
「主催者としての義務はこれで果たしたわ〜」
「ご苦労様です。師匠」
片手にグラスを手にしたままにこやかに笑いながら歩み寄ってきたアリプルプスをメルセデスは労う。
「それでボクは今回はなぜ呼ばれたのでしょう? またなにか無理難題を押し付ける気ですか!」
警戒心を露わにしながらメルセデスアリプルプスへと問いかけるがアリプルプスの微笑みは途絶えない。
「そんなことはないわよ〜? 私がいつ無理難題を吹っかけたというの?」
「…… 万年ドラゴンの牙をとってきて〜 とか抜かしたのは誰ですか」
メルセデスが嫌な記憶を思い出すかのように顔を歪める。
万年ドラゴン。
呼び名通り万という時を生きたドラゴンを指す。
ドラゴンは生きた年月により体も魔力も巨大になっていく。
万年の時を生きたドラゴンなどは巨大な山くらいの大きさになると言われるほどだ。
昨日までなかった場所に新たに山が現れたならそれは万年ドラゴンかもしれないと言われるほどに巨大なのだ。
「ありましたね。そんなこと」
アィヴィも当時を思い出したのか心なしか遠い目をしていた。しかし、両手は物凄い速さで動いていた。
右手にタッパー、左手にはトングを手に。
残像が残る速さでトングを操り次々に大皿に盛られている料理をタッパーへと詰め込んでいき、タッパーがギュウギュウになるほど詰めると新たなタッパーを何処からか取り出しさらに詰め込んでいく。
その動きは惚れ惚れするくらいに無駄がない動きだった。
「これを冷凍ゴーレムの中に入れて保存しておけばしばらくの食費が浮きます」
「……そこまでセコくしないとダメなの?」
アィヴィが心なしか満足そうにしている様子を見てメルセデスは手にした肉に齧りながら呆れるような目を向けた。
「いえ、それほどではありません。ですがアィヴィのマスターは魔女としての儲けが皆無です。それどころか儲ける方法としては冒険者に近いのでいつ動けなくなるかわかりませんので節約しているだけです」
しかし、アィヴィは全く動じず、それどころか切り返してきた。しかも魔女としてメルセデスが欠陥とわかるような嫌味付きで。
「ば、爆裂ポーションなら売ってるけど……」
「アィヴィの調査ですと冒険者や町の方々が欲しがっているのは攻撃用のものではなく回復用のポーションなどです。しかも爆裂ポーションは相場と比べて安く売り出してはいますがやはり高いものですし町じゃなくて魔境とまで呼ばれている森の中の工房での販売、さらには特に宣伝などもしていないので全く売れてはいません」
そう、メルセデスも一応は魔女らしいことを頑張ってはいるのである。
横着して町ではなく自宅である工房で爆裂ポーションを販売しているだけなのだが……
タダでさえ宣伝もしていないし、凶悪な獣やモンスターに溢れる森の中にある工房のため全くと言っていいほど人が寄り付かないのだが。
「そんな儲けがない生活なのでアィヴィも慎重なのです」
「ぐぬぬぬぬ」
完全に言い負かされているメルセデスが唸るがアィヴィはまた新たなタッパーを手に取ると「今度はあちらの方の食事を回収してきます」と言い放ち残像を残す速度を発揮しながらテーブルへと向かっていった。
「できたメイドよねー」
「ぐぬぬぬぬ! ボクだってやればできる子のはず!」
アリプルプスが笑い、挑発するような視線をメルセデスへと向ける。当のメルセデスと言えば拳を握りしめ、家事能力など一切ないくせにできもしない妄言を吐いていた。
「以前アィヴィちゃんが一週間いなくなっただけで死にかけた人がよく言うわ〜」
「あれはたまたまですぅ!」
メルセデスは過去を振り返らなかった!
「でもまぁ、アィヴィちゃんの言うこともあるわね」
「なにがです?」
「魔女としてのあなたの知名度の無さよ」
魔女とはそれなりに知名度を持つ。
人に紛れて住む魔女以外の魔女とは言わば天災のようなものに扱われる者が多く、一度人間界に実験などを行う為に現れた魔女は大なり小なりのロクでもない出来事を引き起こす。
そのためか人間界に姿を見せた魔女というのは異名を付けられ、良くも悪くも知名度が高いものなのだ。
「メーちゃんも一つ悪いことをしてみてわどう? メーちゃんの爆裂ポーションなら小国くらいすぐ潰せるわよ?」
なんなら潰す国リストアップしようか? などと頭のおかしいとしか言いようのない提案をアリプルプスはしてきた。
しかし、メルセデスは知っていた。
この魔女はやるといったら絶対にやらせる魔女だと。しかも嬉々として。
「え、遠慮しときます」
「もー、魔女ならもっと図々しく生きないとダメなのよ〜」
アリプルプスは頰を膨らまして怒っていますというようなアピールをしてくるが今度はメルセデスは無視。肉を頬張り幸せそうに笑顔を浮かべる。
そして相手をしてくれなくなったメルセデスに見切りをつけたアリプルプスはというと「いいもーん、メーちゃん以外にも私を相手してくれる子のとこ行くもーん」と子供のようなことを言いながらお酒の満たされたグラス片手にふらふらとしながらその場を後にした。
しかし、その場を離れる僅かな間にアリプルプスは色の変化する瞳をメルセデスに対して向け、本当に楽しそうな色を僅かに浮かべ、
「余興、楽しんでね〜」
メルセデスを不安にさせるような発言を残してその場を去ったのだった。




