魔女は魔女界へと向かう
「あ〜 いきたくない」
「諦めてください。アィヴィも行きたくありません」
未だ子供のように駄々をこねるメルセデスにアィヴィは呆れたような目を向ける。
時間は深夜、森の中に作られているメルセデスの工房の周りは真っ暗で僅かな先すら見えないような闇に包まれていた。
そんな森の生き物達の営みの音以外が聞こえない闇の中、メルセデスは工房の外に置いてある椅子へと腰掛け、アイヴィはその横で直立不動の姿勢で立っていた。
メルセデスはいつもの紅いローブ、腰にはベルトはしているが見慣れたフラスコは下げられておらず、杖が差し込まれているだけだった。アィヴィはいつもと同じメイド服を着込んでいる。
空を見上げると暗闇の中でも目立つ二つの月が欠けることなく存在感を示していた。今日は満月である。
「マスターが魔女の夜会に出席するのは何年振りでしょう?」
「んー、基本師匠からの呼び出しがなかったらいかないからね。多分二十年振りくらいじゃないかな」
魔女は不老で限りなく不死である。
そんな長寿な存在であるがゆえに時間へのルーズさが凄い。
約束の日付を数年単位で遅れるくらいが普通の感性である。それでも「ちょっと遅れた」位にしか思わないのだ。
但し、魔女会だけは別である。
一年に一回だけ行われる魔女会だけは皆遅れることなくやってくるからだ。
「魔女のルーズさがわかる発言でしたね」
「ゴーレムも似たようなものだよね?」
ちなみにゴーレムもほぼ永久機関である。
「魔女界にいくにはアレ、乗らないとダメなんだよね」
「空間を跨ぐわけですからね。それとも正規の手続きで向かいますか? 百年程かかりそうですが……」
「師匠に殺される」
魔女界は今メルセデス達がいる世界とはまた違う空間に存在する世界だ。
普通にその世界に行こうとするものならば伝説級のアイテムをいくつも入手しなければならない程に手間なのだ。
勿論、高位の魔女ならば普通に魔女界に行けるのだがメルセデスのような魔女見習いにはそんな事は無理だ。
ならばそんな魔女はどうやって魔女界に向かうのかというと魔女界に行く用の乗り物が存在するのだ。しかもタダで。
「時間です」
体内時計が非常に優れているアィヴィがどこを見るわけでもなく告げる。
そして僅かな間を置いてから静寂だけだった森に少しずつだが異音が混じり始めてきた。
「おれはイケてる魔女バス〜 」
異音というか歌だろうか。ただし、凄まじく音程の狂っている歌だった。
その音源がメルセデスとアィヴィの真上をくるくると回りながらまだ異音を奏で続けていた。
「そう! クレイジー! 俺こそがクレイジーバス! その名も!」
「やかましいです」
真上で騒がしく叫び続ける輩に向かってアィヴィはイライラしたように呟き跳びあがると空中で身体を捻るようにして蹴りを繰り出す。
それも割と全力に近い力で。
「ナ、ノォォォォ⁉︎」
下手をすれば城塞すら砕くことすら可能であろう蹴りを喰らい、それは悲鳴を上げながら地面に向かい落下。
地面に叩きつけられ、砂埃を盛大に撒き散らしていった。
「てめえ! 公式魔女バスである俺様に向かって何をしやがる! 戦争か! 戦争すんのかコラァ!」
砂埃の中から怒声が飛んでくるのだがアィヴィは着地後に付いた靴の汚れを払い無視、メルセデスは苦笑を浮かべているような状態だ。
「やあ、ナバル。相変わらず君は騒々しいね」
「んん? その声は異端児巨乳メルセデスちゃん!」
「異端児巨乳ってなにさ⁉︎」
砂埃が開け、そこから姿を見せたのは巨大な黒いバスだった。ただし、正面に人の顔が付いているという異様なものだが。
金の髪で整った容姿、美形とも言っても過言ではないだろう。
顔だけがバスの前面にくっついている状態じゃなければだが。
「お前くらいだよ。このナバル様に蹴りを食らわしてくるのは」
頰に蹴り跡をつけたナバルがアィヴィを睨みつけるわけだがアィヴィは変わらず無表情。しかし、僅かばかりその顔には苛立ちのようなものが見て取れた。
「黙りなさい。この本能に忠実なゴーレムの面汚しが」
「おぅおぅ、犬のように尻尾を振る忠犬ゴーレムさんが俺様に向かって吠えてきてるぜ。いいか? 巨乳はロマンだ。レディの胸には夢が詰まってるんだよ! お前みたいなストーンなゴーレムには詰まってないがな!」
「……潰す」
頭の巻き鍵を静かに巻きながらアィヴィがゆっくりと歩みを進める。
「あ、アィヴィ! ここでやりあっちゃダメだよ!」
それに慌てたメルセデスがアィヴィの前に両手を広げて立ちはだかった。
「どいてマスター、そいつ殺れない」
「そんなことしたらボクたち魔女界にいけなくなるじゃない!」
「そうだぜ、俺様を壊せばお前らは魔女界に行けないからな」
ヘッヘッヘとナバルは笑う。
公式魔女バス、ナバル。
彼こそが異界に存在する魔女界と人間界とを行き来することのできる存在なのだ。
「ほら、やってみ? 力一杯壊してみろよぉぉ」
自分が壊されないということがわかっているからこそナバルはウザいくらいに挑発してきた。
そのせいでアィヴィの怒りメーターがガンガン上がっているのだがそんなことナバルには関係なかった。
「アィヴィ」
「分かってます。ここではやりません。ええ、ここでは」
怒りを通り越して完全に無表情と化したアィヴィにビクビクしながらもメルセデスは未だ挑発をし続けるナバルへと乗り込んでいくのであった。




