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魔女は黒い便箋を受け取る

「最近、ボクの知らないところで事態が進行してる気がするよ」


 安楽椅子に座り、そう不機嫌そうに呟くメルセデスの手の中には黒い便箋があった。

 別にメルセデス宛に不幸の手紙が届いたわけではない。便箋の縁には細かな装飾のようなものが施されているし、さらに言えば真ん中にきっちりとメルセデス様へと書かれているのだから。


「有名税、というやつでしょうか? 悪い意味での」


 そう答えたのたアィヴィ。

 彼女はというと特に関心がないのか彼女の唯一の趣味である小さな植木鉢に植えられている植物へと水を注いでいるところであった。

 その植物は育てば人すら食べれると言われる人食い植物なわけだがメルセデスはそんなことは知らない。


「もう悪い意味の時点で嫌だよね!」


 声を大きく出しながら手にしていた便箋を宙へとメルセデスは放り投げた。

 ふわふわと宙を舞う便箋に室内で思い思いに過ごしていた精霊たちが遊び道具を見つけたかのようにワッと群がる。


『まりょくまりょく』

『うままー』

『ななしょくのびみー』


 どうやら遊び道具としてではなく便箋に込められた魔力に反応していたらしい。

 そしてメルセデスはというと一部の精霊が零した『ななしょく』という言葉に反応し、嫌そうな、本当に嫌そうな表情を浮かべる。


「7色の時点で開けたくない!」

『びみよ?』

『びみびみ』


 精霊達が便箋を頭の上に掲げるようにしながらメルセデスの前へと持ってくるのだがメルセデスは駄々をこねるようにして体の向きを変えて頑なに受け取ろうとしない。

 しかし、精霊達にとってはそれは新しい遊びのような物のため喜んでメルセデスの反応を超えるような速度で幾度もメルセデスの前へと回り込んでくる。


「はぁ」


 やがて観念したようにため息をつくとメルセデスは精霊達から黒い便箋を受け取る。

 メルセデスが便箋を受け取ると便箋を抱えていた精霊達が嬉しげに『かったかった』『しょうりしょうり』と楽しそうに光りながら室内を飛び回っていた。

 楽しげな精霊達とは違い陰鬱な表情を浮かべながらメルセデスは便箋を開く。

 そして視線が文字を追い、読み込んでいくたびに表情がどんどん嫌そうな顔へと歪んでいく。


「やだぁ……」

「どうなさったので?」


 声をあげたメルセデスが気にかかり人食い植物への水やりを終えたアィヴィは主人の座る安楽椅子の方へと歩み寄る。

 近づいたアィヴィに向かい無言でメルセデスは便箋を渡すと頭を抱えるようにして俯いた。

 それを受け取ったアィヴィはすぐに内容を読み終えると、ああと声を出し、主人が頭を抱える理由を察した。


 手紙の一文目にはこうあった。「魔女の夜会へのお誘い」と。


「魔女の夜会とか行きたくない!」

「普通の夜会なら問題ありませんが送り主が送り主ですから仕方ありません。そういえばあと三日で満月でしたね」


 アィヴィは満月の日がわかるだけの時計、魔女時計を見ながら納得する。

 黒い便箋の正体は魔女の夜会への招待であった。


 魔女の夜会。

 これは満月の夜に行われる魔女だけが集まる会議、というかパーティのようなものである。

 他者との交流があまりない魔女にとってはこういった場で情報を集めたり色々と話をしたりできる大変に有意義な場ではあるわけなのだが人見知りであるメルセデスにとっては知らない人が多い空間に無理やり放り込まれ拘束されるというのは拷問に近いらしかった。


「いやだ! ボクは行きたくない!」

「ですがマスター、主催者が主催者です。これ参加断ったら……」

「断ったら?」

「アィヴィは新たなマスターを探さなければいけませんね。マスター、まだ若いのに……」


 よよよ、とアィヴィはポケットから取り出したらしきハンカチで涙を拭う素振りを見せる。無論涙など全く出ていない。


「え、縁起の悪いこと言わないでよ!」

「ですがマスター、今回の主催者は虹色の魔女ですよ? マスターの師匠(マスター)なわけですよ? あの師匠(マスター)が自分が送った招待状を無視した挙句に参加しないとか許してくれると思いますか?」


 メルセデスはしばらく唸るようにして考えていたがそれも僅かな間、すぐに肩を落とす。


「し、師匠は絶対に許してくれない気がする……」


 すぐに起こり得るであろう未来を想像してメルセデスは顔が一瞬で青くなった。

 なにせメルセデスの師匠、七色の魔女は気分屋で、退屈嫌いで、陰謀家、そしてなにより愉快犯と魔女界でも有名な存在だからだ。

 そんな魔女界でも危険物扱いに表だって敵対する輩などいるはずもない。

 それが魔女になりたてという魔女見習いならば尚のことだろう。


「準備しないといけませんね……」

「うん…… 行きたくないけど師匠の怒りを買うよりはまだ人混みの拷問を味わってたほうがまだましだよ……」


 諦めたメルセデスの瞳は若干、死んだ魚のような瞳で生気が感じられなかった。

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