魔女はポーション作りに命をかける
ゴリゴリゴリ
青空の下、というわけではなく木々に遮られ僅かに光が溢れる森の中をそんな音が響く。
そんな森の中でも青空の見える場所、メルセデスの工房が立つ場所からその音は聞こえてきた。
音の元凶はというとメルセデスが薬草をすりつぶす音であった。
メルセデスはポーションを作っているのである。なぜか工房の中ではなく外で。
「ちょっと失敗したからって工房の中で調合させてくれなくなるっておかしくない? ボクの工房なのに……」
ぶつぶつと不満を述べるメルセデスの横、彼女の工房の調合部屋に当たる部分は見事に壁と天井が消し飛んでいた。
試薬として作ったポーションが爆発し吹き飛んだからだ。
そしてそんな危険な調合を工房の中で許してくれるほど綺麗好きのメイドであるアィヴィが許してくれるはずもなくメルセデスは外へと放り出されたわけなのだが。
「よし、これであとは混ぜるだけだよね?」
片手に本を持ちながらメルセデスは独り言を続ける。
人の前だと緊張してしまう彼女だがアィヴィの前と一人だとよく喋る。
そんなメルセデスの周りには小動物の姿がちらほら見える。うさぎだったりキツネだったりするのだがそれらはメルセデスへの敵意ではなく好奇心のようなものから近づいてくるため爆裂ゴーレムくんも迎撃をしないのだ。
(あとは混ぜるだけなんだからどうやっても爆発しようがないよね)
そう思いつつも眼鏡越しに見えるメルセデスの瞳の色は慎重に、それはもう慎重で、フラスコ内に入っている調合した薬品、無色透明の液体の中へすり潰した薬草を投入していき、中身を混ぜるようにフラスコを左右へと振る。
すると無色透明だった液体は瞬く間に薄い青色の液体へと変わる。
それでもメルセデスは緊張を解かない。
薄い青色の液体が入ったフラスコを手にしたまま十分、二十分と経過していく。
あまりに動きがないものだから森に住む小動物が集まって思い思いに過ごし始めるような時間が経過してようやくホッと息を吐き出した。
「できた…… 下級ポーションができたぁ!」
いきなり歓喜の声を上げるメルセデス。
それに驚いた小動物たちであったがメルセデスの喜び具合が伝わったのか彼女と同じようにどことなく嬉しそうな雰囲気を出しながら喜びの踊りを舞っていた。
ポーションが気泡を上げ始めるまでは。
野生の動物というのは勘が鋭いのかまるで天啓を受けたかのごとく蜘蛛の子を散らすようにして森の中へと瞬く間に姿を消していく。
「あれ、どうかしたのかしら?」
突然姿を消した動物たちに疑問符を浮かべるメルセデスであったが当の彼女は自分が持っているフラスコ内部の液体が気泡を上げ、さらには煙を上げ、そして色が徐々にに変色しているのさえ気づいていない。
「まあ、いいよね! 下級回復ポーションを作れるようになったんだから今度の試験はボクも受かる……⁉︎」
言葉の途中でメルセデスはなんとなく下級回復ポーション? が入っているフラスコへと視線を向け眼を見開き、
フラスコが大爆発を引き起こした。
それも完璧と言えるほどにメルセデスを中心に。
「ギャァァァァァァァァ!」
おおよそ女性があげるには相応しくないであろう悲鳴が森の中に響いた。
というのも恐ろしいのは蜷局を巻くほどの火柱の中でありながらも悲鳴を上げ続けることのできるメルセデスであろうか。
「熱い! 熱い! 熱いぃぃぃ!」
全身火だるま状態になりながらも転がりながら火柱から脱出したメルセデスは火の粉を撒き散らし、転がり続けながらもそのままため池へとダイブ。
盛大な水しぶきを上げながらため池へ飛び込んだメルセデスはしばらくは水の中に浸かっていたが、やがて浮かび上がってわけなのだが火は消えたがブスブスと音を立てながら身体中から煙が上がっていた。
身動きもせずにプカプカとメルセデスがため池に浮かんでいると工房のドアが開かれアィヴィが中から姿を現わした。
そして周りを見渡すように視線を動かしメルセデスを発見したのかかなり深いため息をつきながらもため池のほうへと歩き始めた。
「なにをされているのですマスター?」
「……」
アィヴィが話しかけるがメルセデスは無言。
ピクリとも動かずにため池の中をゆっくりと流されるように漂っていた。
「マスター……」
再びため息をついたアィヴィはため池の方へと足音を立てながら近づいていくと手を伸ばし、意識を失っているメルセデスを拾い上げる。
「意識はありませんが怪我などはないようですね」
ポタポタと水滴が溢れるがぐったりとしたままの主人をあまり心配した様子もなくただただ上から下まで見た後に少しばかり安心したようにつぶやく。
あれほどの火柱に飲まれたというのに服は所々が焦げているだけで火傷などの傷らしい傷は全く見られない。
そしていつも掛けているメガネに関しては焦げ目や傷なども一切見られなかった。
「まさか…… 体は飾りでメガネが本体?」
そんなわけないと思いながら傷ひとつないメガネを掛け、白目を向いたままの主人を引き摺りながらアィヴィは工房へと戻るのだった。