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鬼怒川温泉 恋し屋  作者: 獏人
5/11

露天風呂!!


6月29日(火) 決戦の日まであと6日


 今朝も誠志朗は、午前4時ちょっと前に目が覚めて豆腐を作り始めた。豆乳、絹豆腐、木綿豆腐、寄せ豆腐を予定した数量分作り、掃除を終わらせたのが6時ちょい過ぎだった。ガラス窓から居間の方をのぞくと、まだ母親の美也子が朝食の支度をしている最中だったので、時間まで美也子の仕事を手伝おうとフライヤーのスイッチを入れた。

 冷蔵庫から生揚げの生地を取り出し、大豆白絞油の温度が180℃になるのを待って、水切りした木綿豆腐の生地を入れると、一気に豆腐の周りに白い泡が立ち、香ばしい香りが辺りに立ち込めた。そのまま3分くらい、生地がきつね色になるまで揚げて、油取り紙を敷いたバットに取って冷ましておく。絹豆腐の生揚げも同じ要領で揚げるのだが、生地が柔らかい分、欠けやすいので、木綿豆腐より慎重にやらなければならない。

 揚げ終わったら、先に揚げたものからパックに入れてフィルムを掛け、電気で冷たい水を作るチラー水槽に沈めて急速冷蔵すれば完成。

「誠志朗君、おはよう」

「おはよ」

「あら、生揚げやってくれたの? ありがとう」

「うん。ちょっと時間が余っちゃったんで」

「助かるわー。朝ご飯出来てるわよ」

「ありがと。いただきます」

 朝食を作り終えた美也子が豆腐製造室にやってきた。入れ替わりに誠志朗が作業着の上着とTシャツを脱ぎながら脱衣所に行った。フライヤーの近くは室温が40℃以上になるので、もう全身汗びっしょりだ。これから夏に向けて外気温が上がってくると50℃以上になることもある。一応、豆腐製造室にはエアコンと大型の扇風機があるのだが、美也子は「ほこりが舞うから」と言って使いたがらないのだ。

 誠志朗は、シャワーを浴びジャージに着替えて、ニュースと天気予報を見ながら美也子が作ってくれた朝ご飯を食べ始めた。まだ寝ている澪に声は掛けたものの、「ふあーい」と欠伸混じりの返事が返ってきただけだった。猫達は、美也子が朝ご飯をあげたらしく、前足で顔を洗い毛繕いをしていた。

 食べ終えた食器を洗っている時、誠志朗は今日の予定を思い出した。

「海パン探さなくちゃ」

 実は夕べ、スパに入るための海パンを探したのだか見付からなくて、美也子に聞こうと思ったら傍に澪がいて、あれこれ詮索されるのも嫌だったので、明日の朝探せばいいかと思ってそのまま寝てしまったのだ。

 急いで2階に上がり、タンスの中やクローゼットの収納ケースをもう一度探したがどこにもない。この際、体育の授業で使っているスクール水着でもいいかと思ったりもしたが、永一と静の爆笑する顔が目に浮かび、やっぱりもう一度探すことにした。確か、昨年の夏休みに、小原沢で毎年やっている魚のつかみ取り大会のボランティアをするのに新調したので、間違いなくどこからある筈なのだ。

「うるさいぞー、誠志朗君ふぁー。一体何をやってるのだ?」

 誠志朗が、あちこちどかどかとやっていると、欠伸をしながら澪が起きてきた。

「ちょっと探し物」

「一体何を探しているのだ?」

「何でもいいだろっ」

「あー、隠すところが怪しいぞ、誠志朗君。さては、ベッドの下に隠しといたエッチな本でもなくなったのか?」

「そんなのは置いてないっ。――あっ」

「何だ? やっぱりあったのか? 誠志朗君」

「ないよっ。いいからあっち行けっ」

 誠志朗が右手のゲンコツを振り上げると、澪は「きゃー、お母さーん」と態とらしく叫びながら1階へ下りていった。そう言えば、ベッドの下の引き出しに普段は着ない洋服を美也子が仕舞っていたのを、さっきの澪の言葉で思い出したのだ。引き出しを開けると、チノパンとかカーディガンとかの一番下に海パンが置いてあるのを見付けた。

「あった、あった」

そう言いながら誠志朗が海パンを抱き締めていたら、「変態!」とドアの方から声がした。澪がそーっと戻ってきて誠志朗の様子をうかがっていたのだ。

「こらーっ」

「きゃー、助けて、お母さーん。変態海パンマンが来るよーっ」

 誠志朗が右手に海パンを握り締めながら追い掛けようとすると、澪は、脱兎の如く階段を下りていった。その後は、あることないこと全部美也子に付け口するに違いないと、誠志朗は諦めた。

 海パン探しに思わず時間が掛かってしまった誠志朗だったが、無事に海パンをデイパックに仕舞って、出掛ける用意をして1階に下りていった。

 居間では、澪が朝ご飯を食べていたが、誠志朗は、澪の一べつを無視して何も言わず外へ出て、バイクのエンジンを掛けた。玄関から店に回り、ガラス戸の鍵を開けシャッターを上げた。豆腐製造室にいる美也子に「いってきます」と言うと、「いってらっしゃい、誠志朗君。信じてはいるけど、余り変なことはしないでね!」と言われてしまった。澪が、よほど変な風に美也子に言ったに違いなかったが、「大丈夫だよ」とだけ告げてそそくさと出掛けた。今朝も、梅雨の時期とは思えないほどのよい天気で、美也子が店の前の花壇に植えた向日葵には小さなつぼみが幾つも出来ていた。

 今日は、常盤のきぬやホテルに行くので、店の前の小原通りを左に出て、東武鉄道の踏切を渡ってすぐを左折し、会津西街道を温泉街方面に進んだ。小原の交差点を右折し鬼怒岩橋を渡ってすぐの交差点を左折して、滝見橋のある滝見公園を左に見て、次の路地を左に入った。左の奥にきぬやホテルの本館の建物が見える。右側の駐車場に入り一番奥にある従業員宿舎の駐輪場にバイクを停めた。

 駐車場からホテルの前の道路を横切り、下屋になっているロータリーを通って、本館の『麗峰館』の正面玄関から入った。麗峰館は3階から12階までが吹き抜けになっていて、明るく開放感のあるロビー、天井につるされた豪華なシャンデリア、3階と屋上をつなぐガラス張りの光り輝くクリスタルエレベーターが訪れた人の目を引く。

 きぬやホテルも、ほかの温泉ホテルと同様に鬼怒川の渓谷に競り出して建っていて、川原の岩盤の上が1階で正面玄関を入ったフロントのあるロビーが6階になっている。

 時刻は、間もなく午前8時30分になるところだったが、フロントにはチェックアウト待ちの行列が出来ていたり、ロビーのソファーには浴衣姿の宿泊客が寛いでいたりで、平日でも可成りの賑わいを見せていた。

 誠志朗は、朱を基調としたふかふかのじゅうたんを進み、ロビーの奥の吹き抜けに近いところのソファーに腰掛けた。6階から3階を見下ろすと結構な高さがあり、ちょっと怖い感じがした。

 ソファーに腰掛けて館内を眺めていたら、フロントの横の通路を歩いてくる常盤の姿が見えたので、誠志朗が立ち上がって手を振ると、常盤も気が付いて小走りに近寄ってきた。走りながら揺れる栗色のポニーテールは、いつものリボンではなくチョコミント柄のシュシュでまとめられていた。

「おはよう。お兄ちゃん」

「おはよ」

「早かったんだね」

「いや、今来たとこだよ」

「そうなんだ。今日は4階の応接室を取っておいたよ」

「えっ、応接室なんて、そんなとこ、大丈夫なのか」

「大丈夫だよ。今日は一日使う予定がないし、もう一つあるから……」

「そうなんだ」

「あそこだよ」

 常盤は、4階の北側の部屋をちょんちょんと指差した。中央が吹き抜けになっている麗峰館の建物は、東側にある鬼怒川沿いの客室には北側か南側の通路を通っていくことになっているのだが、北側の部分はロケーションが悪くて客席には使えないので、応接室やトイレやエスカレーターが配置されている。

「何か飲む?」

「あっ、大丈夫だよ。もうすぐみんなも来るだろうし」

 常盤が気を遣ってくれたのだが、誠志朗はちょっと遠慮してしまった。

 その時、正面玄関から全身黒尽くめの男性が入ってきた。誠志朗が気付いて手を振ると、永一はサングラスを外しながらゆっくりと歩いてきた。ただ、いつもとちょっと違う雰囲気だったのは、自慢のオールバックの黒髪が、サラサラのナチュラルヘアーになっていたからだ。

「よー、お二人さん、お揃いで」

「永一、今日はどうしたんだよ?」

「あーん? あー、これか? いやっ、スパに入んのに油付けてちゃまずいと思ってよー」

 永一は、スパに入るために、気を遣ってポマードを付けてこなかったのだ。初めて見るサラサラヘアーの永一は、ジャニーズとかでも通用しそうな、ナウでヤングなナイスガイだと思った誠志朗だったが、敢えて本人には言わないでおいた。 

「でも、またその格好かよ」

「おめー、失礼だな。革ジャンは毎日違う奴だぞっ」

 確かに、革ジャンは毎日微妙に違っているものだった。ということは、ジーンズは毎日同じものなのかと突っ込みたくなった誠志朗だったが、永一の名誉のために、そのことも敢えて口にはしないでおいた。

「おはよう。金崎君」

「グッモーニング」

 永一は、ソファーにどっかと腰を下ろした。

「後は、静ちゃんだけだね」

「どうせ遅刻じゃねーの?」

「確かに、その可能性は否定出来ないな」 

 そんな話をして3人で笑っていると、長い黒髪を振り乱しながら静が玄関から入ってきた。誠志朗が手を振ると、気付いた静は息を整えながらゆっくりと歩いてきた。

「はあー、疲れたーっ」

「どうしたの? 静ちゃん」

「自転車で来たんだけど、近道しようと思ってくろがね橋を通ってきたら、……あんなにきつかったかしら?」

 静のところから自転車で来るには、くろがね橋を通るのが最短ルートだが、橋の両側は可成り急な坂になっていて、男の人でも自転車を降りて押して上がるしかないくらいなのだ。

「何か飲む、静ちゃん」

「ありがと。お水頂戴」

「じゃあ、みんなでティーラウンジに行こうよ」

 こっちこっちと常盤が手招きして、誠志朗達を鬼怒川沿いのティーラウンジに案内した。渓谷の見える窓際の席に座り、各々の注文を取ると常盤がお冷を運んできてくれた。静は、それを一気に飲み干してやっと人心地付いたようだ。それから、誠志朗と永一はコーラを、静はアイスコーヒーを、常盤はアイスティーを飲んだ。永一は「ここにもドクターペッパーがねー」と文句を言ったが、常盤に「金崎君ちのコンビニにはあるけど……、今度考えておくね」とやんわりと断られていた。

「そうだ。忘れないうちに言っとくけど、うちの澪が二人によろしく言っといてだってさっ」

 誠志朗は、澪に散々言われていたことを、やっと伝えることが出来た。

「澪ちゃん、暫く会ってないな。今度、遊びに来てって伝えてね」

「あれ? 誠志朗。私、この前、遊びにいらっしゃいって伝えてって言ったじゃない? 何を言ってるの?」

「いや、何でもいいんだけど、伝えないと俺が物忘れの酷い少年扱いされちゃうんで。とにかく、伝えたからなっ」

「よく分からないけど分かったわ」

「うん。分かった」

 これで、澪に罵られることはなくなったと、誠志朗はほっと胸をなで下ろした。

「あれ、何とかなんねーのか?」

 誠志朗の話にはまったく興味がない様子の永一が、対岸にある廃墟になったホテルを見ながら言った。

「もう10年以上も前に倒産して、壊すことも出来なくてあのままよ」

 静が、うんざりという表情で永一に答えた。

誠志朗も、毎日、あのホテルの前を通っていて、ガラスが割れていたりゴミが放置されていたりして、状態が酷くなっていく一方なのを目の当たりにしていた。

「取り壊す話はあったみたいなんだけど、費用が2億円以上掛かるんだって。それを誰が負担するかって話になって、そのままみたい……」

 常盤も、目の前のホテルのことが気になっているようだった。確かに、あれでは廃墟かお化け屋敷のようで、折角の鬼怒川の景観が台無しになってしまっている。

 それから、各々の飲み物を飲み終えて、誠志朗達は4階に下りて応接室Bに入った。落ち着いたサーモンピンクのじゅうたんにローテーブルとイスが置かれていて、ホワイトボードも用意されていた。

「じゃあ、早速、見学させてもらうか」

「えーと、まだチェックアウトが済んでないから、午前中は使ってないところから見ていってね。はい、これ」

 常盤が館内図を配ってくれたので、誠志朗達はどこから見学するかの検討を始めた。

「じゃあよー、麗峰館の上から順に行ってみっか?」

「そうね。これだけ広いんだから、効率よくやらないと一日で終わらないかもしれないわね」

「屋上の展望露天風呂はまだ駄目だから、12階の客室から見てみる? じゃあ、先に上がってて。それと、これはこの部屋の鍵ね」

 客室の鍵を取りにいくと言って常盤が先に応接室を出たので、誠志朗達も渡された鍵で部屋の鍵を閉めてエレベーターホールに歩いていった。

 三基あるクリスタルエレベーターは展望用のもので、ガラス張りの内部からは吹き抜けのホテル内がよく見渡せる。これに乗っただけでも何だか凄くゴージャスな気分になれると誠志朗は思った。

 12階のフロアに着くと、そこはフロントのある6階のフロアよりも更にふかふかのじゅうたんが敷き詰められ、やや明るさを抑えた間接照明が、より高級感を醸し出していた。

「お待たせーっ」

 クリスタルエレベーターとは対角線の方向から常盤がやってきた。

「えっ、どっから来たんだ?」

 誠志朗が驚いていると、

「従業員用のエレベーターで来たんだよ」

 と、常盤が笑いながら言った。

「じゃあ、貴賓室から見てみる?」

 常盤が、南東の角部屋のドアに鍵を差し込んだ。重厚な無垢材のドアを開けると、正面には鬼怒川の渓谷が一望出来る洋間があり、右手の奥にはベッドルーム、右手の手前にはこたつのある和室、そして左手には広い洗面所と浴室があった。

「おーっ、雰囲気あるじゃん、この部屋っ」

「ほんと、素敵っ」

 永一も静も、一目で貴賓室が気に入ったようだ。誠志朗はというと、ちょっと自分には高級過ぎて落ち着かない感じがするというのが正直なところだった。

「この部屋で1泊いくらぐれー?」

「おまえなー、いきなり失礼だろっ」

「あのね、参考になるかどうか分からないけど、1泊2食付きで、お一人様4万円から5万円くらいだよ」

 誠志朗が、いきなり料金のことを尋ねた永一を制しようとしたのだが、常盤はあっさりと答えていた。

「イールドマネージメントって奴か」

「そうだね。人数にもよるし、季節や曜日によって料金も変えてるから」

「でも、失礼かもしれないけど、この部屋はいつも予約で一杯ってことはないわよね?」

「うん。ここの客室稼働率は平均で40パーセントくらいかな?」

「そのお値段で40パーセントって凄くない?」

「リピーターさんが多い部屋なのよ」

「世の中にはよー、金持ちは沢山いるってことだよなっ」

「じゃあ、次の部屋に行ってみる?」

 誠志朗を蚊帳の外に置いたまま、3人は次の部屋に進んでいってしまった。次は、貴賓室の隣の特別和室だ。

「お隣はお客様がいらっしゃいますからお静かにっ」

 小声でそう言いながら、常盤が客室のドアを開けた。こちらは12畳の和室に鬼怒川の渓谷が見える広縁が付いたゆったりとした和室。清々しい畳の香りがする部屋だ。

「ここもいいわねー」

「畳に寝っころがりてー」

「いいけど、ゆっくりしてたら時間がなくなっちゃうよ」

 永一の願望は常盤にサラッと流された。次は、南向きの展望風呂付きデラックスツインの部屋だ。

「こちらもお静かにっ」

 小声で言いながら常盤が鍵を開けた。ベッドルームの隣にガラス張りの浴室があるツインルーム。浴室の大きな窓からは明るい陽の光が差し込み、鬼怒川の下流の景色が見渡せる。

「おー、こりゃーゴージャスだなっ」

「開放感があっていいわねっ」

 永一も静も、こちらの部屋も気に入ったようだ。もう、どの部屋も気に入りまくりのようだ。

「でも、こんなに窓が大きいと、外から丸見えじゃないか?」

 誠志朗が見たままの感想を言ったのだが、静は、眉間にしわを寄せて、何か汚い物でも見るような目で誠志朗をにらんだ。

「じゃあ、次ね」

 そんな空気を察してか、すぐに常盤が次の部屋へ移動した。次は、西側の、玄関やロビーの上に位置するスモールツインの洋室。

「ここは、お仕事関係でいらっしゃるお客様用かな」

 ドアを開けながら常盤が説明してくれた。基本的に、温泉ホテルや旅館にはシングルルームがないので、仕事関係の添乗員や運転手は、そこで一番小さな部屋を利用することになるのだ。それとは別に、客室稼働率がピークになる夏休みや紅葉狩りのトップシーズンには、4人家族でツインルームを2部屋なんてこともざらにある。もちろんその場合の料金は少しお得になるのだ。

「じゃあ、最後にデラックスツインね」

 ロケーションの悪い北側には部屋がないので、次は、通路伝いにクリスタルエレベーターの方に一周して、貴賓室、特別和室の並びにあるデラックスツインの部屋に行った。

「こちらもお静かにっ」

 12階は、麗峰館で最も高い価格帯の部屋が並んでいるフロアだが、平日の火曜日でもそこそこ埋まっているようだ。

 流石にデラックスの名のとおり、さっき見たツインルームの倍の広さの部屋にセミダブルのベッドが2台置いてある。

「いい香りがするわ」

「アロマライトかな?」

 常盤は、アロマライトの置物を手に取って静に見せた。

「電球の熱でアロマオイルを温めるの」

「へー、それなら、火を使わないから安心ね」

「マッサージチェアもあるぜ」

「貴賓室にも置いてあったんだよ。……じゃあ、次、行く?」

 誠志朗は、ずっと蚊帳の外に置かれたまま、このフロアの見学を終えた。常盤に連れられて階段で11階へ下りた。

「11階から9階まではスタンダードルームって言って、和室の一般客室だよ」

 客室のドアを開けて、常盤が、どうぞと右手で促した。中に入ると、鬼怒川の渓谷が望める十畳の和室と広縁があり、解放感のある大きなガラス窓から明るい陽の光が差し込んでいた。

「明るくていいお部屋ね」

 静が妙に感心していた。それもその筈、鬼怒川の東側に位置する華なりの宿しずかは、渓谷が見渡せる部屋はすべて西向きで、客室に朝日が差し込むことがないのだ。

「でも、午後はすぐ暗くなっちゃうんだよ」

 常盤が、ちょっと気を遣って静に返していた。

次に、南向きの12畳の和室の部屋を見学した。こちらは隣の温泉ホテルが邪魔になって景観がよくない分、部屋の面積を広くしてゆったり感を出しているのだと常盤が説明してくれた。

最後の西側のスモールツインの洋室は、12階と同じ造りなので見学は省略した。

 10階は、11階とまったく同じ配置とのことなので見学は省略し、誠志朗達はエレベーターで9階に下りた。9階のスタンダードルームも同じ間取りなので、常盤は、西側にある800畳の大宴会場へ誠志朗達を案内した。襖を開けると学校の体育館と同じくらいの広さがある畳の部屋が現れた。

「800畳って、『どんでん』するの大変でしょう?」

「大会とかが重なると、どんでんすることもあるけど、基本的にはしないんだよ」

「大会って? どんでんって何?」

 静と常盤の会話に付いていけない誠志朗が堪らず質問した。

「あのね、大会っ言うのはね、何とか組合の全国大会とかの集まりのことで、どんでんって言うのはね、業界用語で、畳の部屋を洋間にしたり、その逆にしたりすることを言うんだよ」

「うちの大宴会場も、どんでんして会議とかも出来るのよ」

「ほんとに、何にも知らねーのなっ」

「仕方ないだろ、業界の人間じゃないんだから……」

 永一に言われるといちいち癪に障る誠志朗だったが、一般の人は多分知らない筈だと自分を慰めた。

「因みに、お料理は3階の厨房からエレベーターで上げて、宴会場の隣にある簡易厨房で仕上げをしてお出しします」

「って言うことは、従業員用の通路とかエレベーターとかもあるのか?」

「あるよ」

 誠志朗の質問に、常盤が悪戯っぽい笑顔で答えた。

 9階から6階まではエスカレーターもあるので、誠志朗達はエスカレーターで8階に下りていった。8階のスタンダードルームも同じ間取りなので見学は省略し、西側のコンベンションホールとバイキングレストランに移動した。

 最初に面積1,500平方メートルのコンベンションホールに入った。こちらは朱色に花模様のじゅうたんを敷き詰めたワンフロアぶち抜きのホールで、室内に柱が1本もない広々とした空間だった。北側には演劇でも出来そうな大きな舞台もあり、講演会やディナーショーにも使えそうなホールだ。

「ここもどんでんするのか?」

誠志朗が、さっき覚えた業界用語を早速使ってみたが、

「ここはしないよ」

と、常盤にあっさり返されてしまった。

今から20年前に、常盤の両親は、ゲスト1,000人を呼んでここで結婚披露宴をやったのだそうだ。数年前までは、華麗な演技が評判の中国曲技団ショーが毎夜開催されていたのもこのホールだ。こちらも9階の大宴会場と同ようにパーテーションで4つに区切ることが出来るようになっている。

 続いてお隣のバイキングレストランに移動した。こちらは面積1,000平方メートルのバイキング形式の食事会場になっている。時刻は9時30分を過ぎたところで、朝食の時間が終わり、大勢のスタッフが片付けをしているところだった。

「今日は500人分くらいだけど、多い時は1,500人分くらいを用意するんだよ」

「料理は何種類くらいあるんだい?」

「常時100種類くらいで、季節によってメニューを変えてるんだよ」

「100種類で1,500人分って、一体、どんくらいなんだ?」

 まったく見当が付かないくらいの量に誠志朗はただただ驚いてしまった。

 続いてエスカレーターで7階に下りたが、こちらはスタンダードルームだけのフロアで間取りは同じなのでやはり見学は省略した。吹き抜けからフロントのある6階を見下ろすと、チェックアウトの宿泊客で混雑してしたので、常盤の案内でエスカレーターと階段で5階へ下りた。

「ちょっと休憩しよっか?」

「じゃあよー、うちのコンビニでおごってやるよ」

「ほんと? ラッキー。ありがと」

 常盤が、慣れない誠志朗達を気遣って休憩を提案すると、永一がプラチナムグループのコンビニでご馳走してくれることになった。それを聞いた静が、きらきらと目を輝かせたのは言うまでもなかった。

 コンビニで、永一はドクターペッパー、誠志朗はスプライト、常盤はミルクティー、静はアイスコーヒーとケーキを2つ手にした。2つのケーキは危うく永一に否認されそうになったが、「甘い物は女子の当然の権利よ!」と、静が訳の分からない論理で押し切ってしまい、結局、永一が会社のプリペイドカードで全部支払っていた。

 誠志朗達は、永一のおごりの品をそれぞれ手にして、常盤の案内でカラオケルームに入った。

「金崎君、ご馳走様。この時間帯は使ってないからここで休憩しょっ」

「よっしゃー、じゃあ、永ちゃん歌い放題だなっ」

「そういう意味じゃなくて……、ほかの人の迷惑になるから、カラオケは駄目だよ」

「ちぇっ」

 受付カウンターの奥に4つのカラオケルームがあるのだが、歌う気満々だった永一は、早々と常盤に釘を刺されてしまった。一番手前の部屋に入って、永一のおごりの飲み物と、女子はケーキもいただいた。

「しかし広いなー。もう半分くらい終わったかな?」 

「えーと、まだ麗峰館の半分くらいだから、あと3つの館があるし、全体の8分の1ってところかな」

「えーっ?」

誠志朗が、もう半分くらい終わったと思って常盤に聞いたのだが、まだまだ序の口だったようだ。

「こりゃー、この後ペースアップしねーと終わんねーなっ」

「じゃあ、客室とかは特徴のあるところだけにして、ちょっとペースを上げるね」

「うん、頼むよ」

 常盤は館内図を広げて、この後の見学コースのシミュレーションを始めた。

 常盤と静がケーキを食べ終わるのを待って、誠志朗達は見学を再開した。ケーキに大満足だった静は「金崎君、午後もよろしくね」などと宣っていた。

「5階には、きぬやライブラリーとキッズルームと写真館があるから、駆け足で見ていくね」

 常盤は本当にちょっと小走りするように歩いていった。

きぬやライブラリーは、館内で読書が楽しめるように、話題の最新刊や小説、漫画や児童書、そして週刊誌などが置かれていた。

キッズルームは、小さい子供が遊べる遊具やおもちゃ、おままごとセットなどが沢山並んでいた。

写真館は、ウエディングドレスや和服、和風コスプレっぽいものまで、いろんな貸衣装が置いてあり、記念写真が取れるようになっていて、外国人観光客に人気があるとのことだった。

「えーと、4階は……、応接室と、今日のお昼ご飯を食べる食菜工房は飛ばして、多目的ルームもいいから、じゃあ、次は3階ね」

 短時間で効率よく見て回れるように、考えながら案内してくれている常盤の後に付いて、誠志朗達は階段で3階に下りた。

3階は、吹き抜けの床の部分になっているフロアで、中央には自動演奏のグランドピアノがクラシックの名曲を奏でている。フロアを囲むように、永一のプレミアムグループのゲームセンター、カクテルバー、寿司バー、バーラウンジ、サロン、占いコーナーがある。夏休みシーズンは、グランドピアノを仕舞って、わた飴や射的、水ヨーヨーすくいやクジ引きなどの夜店の屋台が並び、ファミリー客に人気だということだ。

「最新のゲーム機が入ってるから、やってくか?」と、永一が誠志朗達に言ったのだが、「時間がないから後でね」と、2階へ急ぐ常盤に却下されてしまった。

 2階は、小宴会場と岩盤浴があり、そのほかにアロマ&エステとネイルサロンにクイックマッサージもある。そして、東側の連絡通路を通って貸切露天風呂に行けるようになっている。小宴会場はグループ客の酒宴用に設えられていて1室ずつ完全個室タイプになっている。岩盤浴は、がんに効果があると言われている秋田県玉川温泉の北投石は、特別天然記念物で購入することが出来ないので、その温泉の湯の花で作った人工北投石が敷き詰められている。それを自家源泉を通したパイプで温めて、タオルケットを敷いた上に寝転がるのだ。

「岩盤浴って気持ちいいのよね。温かくってじんわり汗が出てきて」

「静ちゃん、私も大好きなの」

 鬼怒川温泉で初めて作られた岩盤浴だったので、出来た当初は、宿泊客だけでなく地元の人も大勢日帰り入浴に訪れた。誠志朗も一度だけ家族で入りにきたが、凄く沢山の汗が出て、体の中の老廃物を奇麗に洗い流せた感じがしたのを覚えている。

次は貸切露天風呂に行くと言う常盤の後に付いて、誠志朗達も連絡通路を歩いていった。4つの貸切露天風呂は、黒御影石、白御影石、赤御影石、総ヒノキ造りの湯船が選べるようになっている。江戸時代天保年間に発見されたきぬやホテルの自家源泉は、華なりの宿しずかと同じ弱アルカリ性単純泉で『子宝の湯』と呼ばれて親しまれている。

「じゃあ、次は1階と屋上のお風呂を見て、麗峰館はお仕舞いね」

 そう言って常盤は、連絡通路を戻って階段で1階に下りた。

 1階は、男湯と女湯の大浴場があり、朝4時に入れ替えになる。誠志朗が階段を下りてすぐののれんを潜ろうとすると、

「こら! そっちは女湯よっ」

 と、静に注意されてしまった。

「えっ、だって、今の時間はもう大丈夫なんだろう?」

 チェックアウト時間を過ぎているから問題ないだろうと思った誠志朗だったが、静には「駄目! 絶対!」と、また汚い物を見るような目でにらまれ、常盤もちょっと困った顔をしていた。永一が、男湯の方へ歩いて入ったので、誠志朗もそそくさと後を付いていった。

 男湯ののれんを確認して中に入ると、従業員が掃除を始めていた。常盤が「お疲れ様です」と挨拶したので、誠志朗達も「お邪魔します」と挨拶して中に入っていった。

パウダールームと脱衣場を抜けて、階段を下りると自動ドアが開き、中央に、大人でも五十人は一度に入れそうな黒御影石の美しい湯船が現れた。壁側には沢山の洗い場があり、両角にサウナとジャグジーがある。大きなガラス窓から差し込む陽の光と明るい照明が清潔感を引き立たせている。

「大きくて奇麗ねー」

「ここが一番大きいお風呂だよ」

「でもこれだけ大きいとお掃除が大変でしょう?」

「そうなの。お湯を抜いて洗って、それからお湯を入れて、5時間くらい掛かるよ」

「うちのお風呂でさえ3時間は掛かるもの……、大変なの分かるわー」

「後ね、うちは、客室のお風呂もすべて自家源泉なの」

「へー、そうなんだ」

「あのー、そろそろ……」 

 温泉談義が盛り上がっている二人に水を差すようで申し訳ないと思いながら、誠志朗が次の見学を促した。

「あっ、ごめんなさい。えーと、次はね、温水プールね」

 大浴場を出て、東側の連絡通路を通って外に出て、緩いスロープを鬼怒川の川原、と言うよりは岩場の方に向かって下りていくと、ドーム型の屋根の温水プールが見えてきた。夏はドームの屋根を開き、太陽の下で温水プールを楽しむことが出来る。入口の自動ドアを入ると正面に受付があり、その右手が男子ロッカー、左手が女子ロッカーになっている。

 誠志朗と永一は男子ロッカーから、常盤と静は女子ロッカーから入り、プールのあるドームの中に入った。

「結構広いのね」

「おー、思ったよりでかいじゃん」

 確かに、静と永一の言うとおり、ドーム内は外から見るよりずっと広く開放感があった。

「じゃあ、ここはこれくらいにして、次は屋上の空中庭園露天風呂ね」

 時間を気にしている常盤が、早足でさっき来た連絡通路を戻っていくので、誠志朗達も急いで後を付いていった。クリスタルエレベーターに乗り、1階から一気に13階の屋上へ上がった。エレベーターを下りた正面に湯上がり処があり、その左右に男湯と女湯ののれんが掛けられている。静の旅館と同じく、朝4時に男湯と女湯が入れ替えになる仕組みになっている。

 10時から14時はクローズなので、誠志朗達は男湯ののれんが掛かっている北側のお風呂から見学することにした。パウダールームと脱衣所を抜け、ガラスの自動ドアを潜ると、手前に屋根付のお風呂、次にモウキ山を眺めながら半身浴も出来るようになっている大理石のお風呂、一番奥にちょっと大きめのお風呂があった。

「こりゃー、いい眺めだな」

「ほんと、素敵ねっ」

 永一も静も、空中庭園露天風呂からの見晴らしに驚いている。

「一応、鬼怒川温泉で一番高いところにあるお風呂なんだって」

 常盤が、ちょっと遠慮気味に説明した。

「でも、ここって、ロープウェーの山頂駅から見えちゃうんじゃないか?」

 誠志朗が、西側の山の山頂にあるロープウェーの駅を見上げながら言った。

「まったく、あんたって人は……」

「……あっ、ごめん」

 あきれて何も言えないという顔で静が見たので、思わず誠志朗は謝ってしまった。

「あははははっ」

「うふふっ」

 その様子を見て、永一と常盤が笑った。

「それじゃ、南側のお風呂に行くね」

 入ってきた順路を戻って、南側の女湯ののれんを潜った。念のため常盤が先に中に入って、お客様がいないことを確認してから、誠志朗と永一を手招きした。こちらには、手前にガラス張りの建屋に障子のあるお風呂、次に丸い赤御影石のお風呂、一番奥に鬼怒川船下りの船を湯船にしたお風呂があった。

「この船のお風呂、雰囲気あるわねー」

「いいなこれ、今すぐ入りてーなっ」

 静も永一も、こちらのお風呂も気に入ったようだ。

「じゃあ、最後に6階を見たらお昼にしよう」

 時刻はもうすぐ正午になるところだった。クリスタルエレベーターで6階に下りて、まずはフロントに行った。宿泊客のチェックアウトを終えたロビーでは、従業員が忙しそうに掃除をしていた。吹き抜け側にある金色に輝く手すりは真ちゅう製なので、特に念入りに磨き上げていた。

 フロントには、宿帳を記入するカウンターが4つと、座って記入出来るローカウンターが2つある。混雑する時間帯をスムーズにさばくには、そのくらいの数が必要になるようだ。

「チェックイン、チェックアウトの時間には、英語と中国語が話せる受付専門のコンシェルジュさんが外国人観光客のお手伝いをするんだよ」

そう常盤が説明してくれた。フロントの横には大型のモニターが置かれており、その日の館内の催し物が映し出されていた。

「次は、お土産処ね」

 フロントの並びの南側の通路の奥には、ところ狭しとお土産品が並んでいる。女将さんが考案した『子宝の湯』の源泉を使用したオリジナル化粧品、きぬや特製の和牛カレーのレトルトや温泉饅頭、地元の地酒、日光漬けやけっこう漬けなどの名産品の数々、ちょっと変わったものでは、栃木の民芸品の益子焼や人間国宝の作家が描いた武者絵なども置いてある。

「静ちゃん、私も使ってるけど、この化粧水、結構いいんだよ」

「ほんと? どれどれ?」

 常盤が、鮮やかなマリンブルーの化粧水の試供品ボトルのキャップを開け、静に手渡した。静はそれを手の甲に少し塗り、両手の甲を擦り合わせた。

「ほんと、しっとり馴染む感じね。お化粧の乗りもよさそう」

「弱アルカリ性の温泉の成分が肌にいいんだって」

「帰りに買っていこうかな」

「この前、開けたばかりのがあるから、それをあげるね。私、ほとんどお化粧しないから」

「いいの? ありがと。助かるわー」

「あのー、そろそろ……」

 今度は、化粧水の話で盛り上がっている常盤と静に水を差すようで申し訳ないと思いながら、誠志朗が見学の続きを促した。

「あっ、ごめんなさい。じゃあ、次ね」

 常盤が、鬼怒川の渓谷が見える窓側のティーラウンジに急いだ。

「ここがティーラウンジね。有機栽培コーヒーや昨日飲んだ白桃烏龍茶やケーキもあるよ」

「金崎君、午後の休憩はここでお願いね」

「あーん? 駄目駄目。午後はコンビニのジュースだけっ」

「えーっ、じゃあ、誠志朗でもいいわ」

「……いやっ、俺、持ち合わせが……」

「何よー、もう」

 午後の休憩でもケーキをおごらせようとした静だったが、目論見はあっさり外れてしまっていた。

「いいよ、静ちゃん。午後はここで休憩しよっ」

「きゃー、ありがと。常盤! あんた達はジュースだけよっ」

 常盤に抱き付いた静が、振り向きながら誠志朗と永一に悪態を吐いた。

「じゃあ、そろそろお昼ご飯にしよう」

 常盤は、階段を使って4階の食菜工房に誠志朗達を案内した。鬼怒川の渓谷が見える窓側のスペースは、5階のフロア部分が吹き抜けになっていて、麗峰館の中で一番採光がよく、明るく清潔感にあふれていた。

 お昼時でもあり、窓際のテーブルはほとんど埋まっていたので、常盤は一番奥のテーブルに進んでいった。

「ごめんね、ここでいいかな?」

 椅子を引いて常盤が静を案内した。

「ありがと」

 静が奥に座ってその隣が常盤、永一が静の向かいに座ってその隣が誠志朗になった。

「お好きなものをどうぞ」

 常盤が、メニューを開いて誠志朗達に勧めた。人気順に、きぬや特製和牛カレー、湯葉御前、きぬや特製ビーフシチュー、湯葉ラーメン、山菜蕎麦のようだ。

「じゃあよー、俺は和牛カレーな」

「私は、湯葉御前ねっ」

 永一の和牛カレー1,100円はまだいいとしても、湯葉御前はランチメニューで一番高い2,100円、ヒョウ柄の服を着た大阪のおばちゃんなら2,100万円と言いそうな高額商品なので、遠慮というものを知らないのかと静の顔を見ながら、誠志朗は山菜そば850円を頼んだ。

「遠慮しなくていいよ」

 正面に座っている常盤が、誠志朗の顔を見ながら真顔で聞いてきたが、

「……遠慮してないよ。俺、そば好きだし」 

 と、言った誠志朗の顔をもう一度見て、

「そうなの?」

 と、確認しながら、注文を告げに席を立った。トレーに載せてきたお冷を配って席に着いた常盤が午後の予定を話し始めた。

「あのね、これで麗峰館の客室や設備はお仕舞いだけど、残り3館とスパと裏方もあるから、全部見て回るのは無理だと思うの」

「じゃあよー、俺達が見ておきたいって奴と、湯澤が見せたいって奴をピックアップするしかねーだろ」

「そうだな、そうするか」

「はいはーい、じゃあ私は、厨房とスパね」

「俺はよー、事務所とコージェネだな」

「えっ、コージェネって何だい?」

 誠志朗が、永一に質問すると、

「なのなー、……まあ、これは知らなくてもしょうがねーか。コージェネって言うのはコージェネレーショシステムのことで、かい摘んで言うと、ガスでタービンエンジンを回して発電して、排気熱を使ってお湯や蒸気を作って冷暖房に使う、新エネルギー供給システムのことなんだよっ」

「それが、ここにあるってこと?」

「そうだよ。なっ、湯澤?」

「うん。難しいことは分からないけど、東日本大震災の停電の時は凄く助かったみたいだよ」

「確かに、停電って困るのよねー、お客様にご迷惑掛けちゃうし、お料理とかも駄目になっちゃうし」

 ちょうど、静の話が終わった時に注文した料理が運ばれてきた。

 特製和牛カレーに湯葉御前に山菜そばが2つ。誠志朗が常盤の顔を見ると、「同じのにしちゃった」と、ちょっと照れたように笑った。誠志朗に気を遣って同じものにしたようだ。

「二人のは大盛りにしといたよ」 

 常盤が気を利かせて、永一の和牛カレーと誠志朗の山菜そばを大盛りにしてくれていた。

「じゃ、遠慮なくいただきまーす」

 永一に続き誠志朗達も声を揃えて、昼ご飯をご馳走になった。それにしても、静の湯葉御前は豪勢だ。沢山の刺身湯葉と出し巻き湯葉、海老と季節の野菜の天ぷら、炊き合わせに湯葉入り茶碗蒸し、ご飯にお吸い物に香の物、デザートにブルーベリーのムースまで付いている。

「総料理長さん、流石の腕前ねっ」

 湯葉御前を頬張る静が、感心しながら言った。

「ありがと。華なりの女将さんが褒めてたって伝えておくね」

「やめてよっ、生意気だって怒られちゃうから」

 きぬやホテルの総料理長も、華なりの宿しずかの親方に負けず劣らず日本料理の達人で、育てたお弟子さんが200人以上というホテル料理界の重鎮だ。

「でもね、食事をバイキングにするのは最後まで反対してたみたい。だから、オープンキッチン方式にした今でも、一度に作る量は少なくして、出来るだけ作り立てを何度もお出しするように工夫してるみたいなの」

 ピーク時は、最大で1,500人分の料理を作るのだから、バイキングのように最初に大量に作って並べてしまう料理だと、いくら保温や保冷をしていても時間の経過と共に味が落ちてしまう。手間や効率を優先するなら仕方ないのだろうが、一品毎の食い切り料理が基本の日本料理の料理人には、とても耐え難い提供の仕方であろう。そのため、きぬやホテルの総料理長は、バイキングを利用する宿泊客数によって、調理する料理の量を加減し、常に作り立てを提供出来るようにしているのだ。

「やっぱり、食事が一番重要なのかなー?」

「確かに、飯は一番の楽しみかもなっ。家族で外食とか、サラリーマンにとっては結構なイベントみたいだぜ」

 誠志朗のつぶやきに永一が話をつなげた。

「でもねー、いくら食事が美味しくっても、雪が降るかもしれない2月に、お客様は態々鬼怒川温泉には来てくれないのよねー」

「そうだね。お得なプランを作っても、あまり効果はないもんね」

 静も常盤も、その難しさは経験済みといった様子だった。

「何かねーかなー。客に態々足を運ばせるイベント、施設、キャラクター……」

 きぬや特製和牛カレーを食べ終えた永一が、お冷を飲みながらぶつぶつとつぶやいている。

「じゃあ、午後は、忙しくならないうちに厨房から見ていく?」

「そうだな」

 山菜そばを食べ終えた常盤が午後の予定を確認したので、誠志朗が食べ終えた食器を片付け始めると、

「ちょっと待ってよー、まだ食べてるんだからー」

 そう言いながら、静が慌ててブルーベリーのムースを頬張ったので、その様子を見た誠志朗達はちょっと笑ってしまった。

それから、静が食べ終えるのを待って、常盤に連れられて食菜工房を出た。

常盤は階段で3階に下りると、吹き抜けのフロアの部分を斜めに突っ切って『STAFF ONLY』と書かれた鉄製のドアを開けて、誠志朗達を中に案内した。その中はクリーム色の壁の従業員通路になっていて、少し奥の右側にまたドアがあり、常盤は、そのドアの中に入っていき、誠志朗達も続いた。「これをお願いします」と、常盤から渡された白衣を着て帽子を被りマスクをして、粘着ローラーでコロコロして、シャボネットで手を洗い、ニトリルの手袋を装着して、自動のエアシャワーを一人ずつ通り抜けた。

エアシャワーの向こう側は、午前中に見学した800畳の大宴会場と同じくらいの広さの厨房だった。まぶしいくらいにピカピカのステンレスの作業台や調理器具がきちんと5列に並んでいた。

「和食と中華が1列ずつで、洋食が2列、デザート類が1列の5列になってるんだよ」

 流れ作業で大量調理が出来るように配置されているようだ。その列の最後尾の壁側には巨大なステンレス製の棚が自動で動いていた。

「あれは?」

誠志朗がそれを指差して常盤に尋ねた。

「あれは食器棚なの。コンピューターが自動で出し入れしてくれるんだよ」

「えーっ、凄いわねっ。食器の出し入れって大変なのよねー」

 常盤の説明を聞いて、静が驚いたというより羨ましがった。何万点もある食器を効率よく出し入れしてくれるとあって、時間の短縮や人員の削減が出来るのはありがたいようだ。

「出来上がったお料理はあのエレベーターで運ぶんだよ」

 常盤が一番奥の角にあるステンレスの扉を指差した。ここで作った料理を9階の大宴会場や8階のバイキングレストランの簡易厨房にエレベーターで運び、盛り付けや温めをして宿泊客に提供するのだ。静の旅館と同じ仕組みで、外食産業で言うところのセントラルキッチン方式だ。

「じゃあ、次は、……3階だからコージェネを見ていく?」

 常盤が、さっき入ってきたエアシャワーの隣のドアに誠志朗達を案内した。ここは出口専用で、白衣を脱ぎ、帽子・マスク・手袋を捨てて、もう1枚のドアを開けて従業員通路に出る仕組みだ。衛生上の観点から、厨房に入るには必ず手洗いをしてエアシャワーを通らなければならないようにしてあるのだ。

 従業員通路を更に奥へ歩いていき、常盤は『開放厳禁』と書かれた鉄製のドアを開けて外に出た。ここは3階の筈なのだが、ドアの外は通用口になっていて、納品業者のトラックが何台も停まっていた。階段を下りて鬼怒川の渓谷の方に歩いていったところに、フェンスに囲まれた白い建物があった。

「これがコージェネね」

 常盤が、右手を建物の方に向けた。その建物は、ホテルの建物と複雑な配管や配線でつながっていて、中では唸りを上げて回転する機械の音がしていた。

「ここで電気を作って、お湯を沸かして、冷暖房も出来ちゃうのか?」

「うーん、そういうことかな」

 誠志朗の質問に、常盤がちょっと自信なさそうに答えた。

「しかもよー、エネルギー効率がよくて、環境に優しいクリーンな仕組みで一石二鳥なんだぜ! うちのシネマコンプレックスにも同じようなのが入ってんだぜ」

「そうなの? だったらうちも入れようかしら」

「でもよー、この設備で大体1億くらい掛かんだよっ」

「えーっ、そんなにするのー?」

「まあ、星野のところだったら、ここまでの設備は必要ねーとしても、それでも5,000万くらいはするぜ」

「えーっ、じゃあ、無理じゃない」

「ところがよー、経済産業省に申請して認められれば、国が半分補助してくれんだよっ」

「ほんと? じゃあ、今回の計画に入れて……」

「でもよー、電気代とかの節約にはなっても、肝心の売上は増えねーぞっ」

「それはそうだけど、停電の心配がなくなって、環境にもいいってなれば、旅館のイメージアップになるでしょう?」

「まあな、検討には値するかもなっ」

「じゃあ、そろそろいいかな?」

 永一と静のコージェネ談義が一段落したところで常盤が先を急いだ。開放厳禁の通用口を戻って、通路の角にある従業員用エレベーターで5階に上がった。エレベーターを降りて従業員通路を奥に進んでいき、『OFFICE』と書かれたプレートの貼ってあるドアを常盤が開けた。中は、縦に細長い空間で、沢山の事務机や応接セットがところ狭しと置かれていた。

この時間は学校に行っている筈の常盤を見付けた女性従業員が、少し驚いた顔で「お嬢様、今日は如何なされました?」と聞いてきたので、常盤は「学校の実習でうちに見学に来たの」と答えた。すると、その従業員が「いらっしゃいませ」とにこやかに誠志朗達に挨拶したので、ほかの従業員も一斉に立ち上がって「いらっしゃいませ」と挨拶した。

これにはちょっと恐縮した誠志朗だったが、何か言わなくてはと思い「よろしくお願いします」とお辞儀をした。――が、ほとんどの従業員は、黒尽くめの服装をした永一をいぶかしげに見ていた。

「ここが総務で、こっちが営業ね」

 常盤が「お疲れ様です」と言いながら奥へと進んだので、誠志朗達も「失礼します」と言いながら後に付いていった。

「それと、ここが企画で、こっちが物販ね」

 そう言いながら常盤はどんどん奥へ進んでいった。事務机が全部で20脚くらいあって、お昼休みを終えた従業員が忙しそうにデスクワークをしていた。

 一番奥の大きな机で電話を掛けていた男性が、常盤に気付いて手を上げた。

「お父さん」

 濃紺のスーツにえんじ色のネクタイを締めた肩幅の広い男性は、湯澤哲也。きぬやホテルグループの社長にして、日光市観光協会長、鬼怒川温泉旅館組合長、鬼怒川温泉資源開発社長、そして、いくつもの旅行代理店の協力会の栃木県支部長を務める鬼怒川温泉のオピニオンリーダー。

「やあ、いらっしゃい」

 電話を終えた湯澤社長が、立ち上がって誠志朗達に挨拶した。

「えーとね、こちらが阿久津君で、こちらが金崎君、そして静ちゃん」

「おー、誠志朗君かぁ、久しぶりだね。いつも常盤がお世話になってます。そして金崎君も、いつもお父様には大変お世話になっております。いやーっ、静女将もちょっと見ないうちに益々美人になって……」

 そう言いながら、湯澤社長は一人一人と握手をした。

「美人だなんて、嫌ですわ、湯澤社長」

 社交辞令を真に受けた静が、上機嫌になって両手で握手を交わした。

「すみません。今日は突然見学させていただいて……」

「構わないよ。うちで参考になることがあれば、どんどん勉強していって下さい」

「じゃあ、時間がないから次に行くね。ありがと、お父さん」

 常盤が、振り向いて、入ってきたドアの方に向かって歩いていったので、誠志朗達も「ありがとうございました」と社長にお礼を言って後を付いていった。事務所を出る時にも従業員が全員立ち上がって「ありがとうございました」と言ったので、誠志朗はまたもや恐縮してしまった。

「あー、緊張したー」

 ドアを閉めるや否や、誠志朗が大きく息を吐いた。

「ごめんね。仰々しくて。うちのお父さん、柔道やってたから挨拶とか礼儀にはうるさいの」

 常盤が、胸の前で両手を小さく擦り合わせて誠志朗に謝った。

「じゃあ、麗峰館は大体終わったから、次は一番館に行ってみる?」

 一番館は、今から約3年前に全館リニューアルした純和風の館だ。食事は基本的に個室食事処か部屋食なのだが、希望すれば麗峰館のバイキングを利用することも出来る。純和風とは言ってもベッドルームのある貴賓室や和洋室もあり、それらのベッドはすべてシモンズ社製なのだ。

 常盤の案内で、従業員通路から麗峰館3階のフロアに出て、階段で1階に下りて、大浴場から温水プールとは反対方向の連絡通路を歩いていった。『一番館』と書かれた大きな看板を潜ると、通路は木の廊下になり壁は鶯色の漆喰になった。更に階段を下りて地下1階に行くと、一番館の大浴場になっていた。地下1階と言っても、麗峰館の1階よりワンフロア低い位置にあるので地下1階と表示しているだけで、本当に地下にある訳ではない。

「大浴場にはナノミストサウナとシルク風呂があるよ」

「それって最新の奴よね?」

「うーん、3年前は最新だったかもしれないけど……」

 そう言いながら、男湯ののれんを潜ろうとした常盤が、「お先にどうぞ」誠志朗と永一を促した。誠志朗と永一が先に入り、お客様がいないことを確認して「大丈夫だよ」と常盤に声を掛けた。バリアフリーになっている脱衣所とパウダールームを抜け、自動ドアを通って大浴場に入った。

「これがシルク風呂ね。ナノバブルでお湯が白く見えるんだよ」

 誠志朗達の後ろから来た常盤が説明した。

「ナノバブルって何? 常盤」

「あのね、凄く細かい泡で、お湯の中で中々浮いてこないんだよ。マイナスイオンで肌にも優しいんだって」

「お湯に浮かない泡なんてあるの?」

「ごめんね。詳しいことは分からないんだけど……。スパにもあるから入ってみてね」

 静の質問に答える常盤は、機械のことになるとちょっと苦手なようだった

「そして、こっちがナノミストサウナね。ナノミスト発生機で通常の水滴の2万分の1以下の霧を作るんだよ」

「へーっ、で、どんな感じなの?」

「えーとね、霧なのにほとんど濡れなくて、普通のミストサウナと比べて息苦しくないし……、これもスパにもあるから実際に試してみてね」

「じゃあよー、ちょっと休憩したらスパに入ってみっか?」

「そーねー、そうしよっ」

 永一と静は、昨日と同様、スパに入る気満々なようだ。

「じゃあ、その前に、一番館一押しの露天風呂付き客室を見てってね」

 そう言って大浴場を出ていく常盤の後に誠志朗達も続いた。エレベーターで、そのフロアの全室が露天風呂付き客室になっている2階に上がり、常盤が一番手前の客室の鍵を開けた。ドアの向こうには鬼怒川の渓谷が見渡せる和室とベランダがあり、隣の部屋はシモンズ社製のベッドを設えた寝室になっていて、寝室の大きなガラス窓の向こうにヒノキ造りの露天風呂があった。

「おー、ここも雰囲気あるなー」

 麗峰館の展望風呂付き客室もよかったが、永一の言うように、この部屋にも母親の美也子を連れて来てあげたいと誠志朗は思った。露天風呂の上は、木製のすのこのようになっていて、お風呂から空は見えるけれども、対岸のホテルや道路からは見えないように造られていた。

「じゃあ、ちょっと休憩にしよっか?」

「やったー、ケーキ休憩ねっ」

「あのなー、遊びに来てんじゃないんだぞっ」

 誠志朗は、自分の旅館の一大事だと言うのに、ちょっとお気楽モード過ぎる静に苛っときた。

「何よー、分かってるわよー。でも時には休息も必要でしょ?」

「ねー、行くよーっ」

 常盤が、客室のドアを開けて待っているので、誠志朗達は後に続いた。一番館のエレベーターで6階に上がり、麗峰館への連絡通路を通ってティーラウンジにやってきた。5階のコンビニでドクターペッパーを買ってくると言う永一に、誠志朗もスプライトを頼んで、先に席に着いた。

「お疲れ様。静ちゃん、何にする?」

 常盤は、静にメニューを渡し、お楽しみのおやつの注文を聞いた。

「とちおとめショートケーキとアイスミルクティーで。……それと、ちょっとトイレ」

 そう言って、静は席を立ってティーラウンジを出ていった。

「まったく、黙って行けよ」 

「うふふっ。お疲れ様。お兄ちゃんは何にする?」

「常盤もお疲れ様。俺は、永一にスプライトを頼んだからいいよ」

「そうなの? 遠慮しなくていいよ」

「遠慮してないよ。大丈夫だよ」

「そうなの? じゃあ、氷とグラスを持ってくるね」

 常盤がバックヤードに向かう途中、コンビニで飲み物を買ってきた永一にもおやつの注文を聞いたが、永一は右手を横に振っていた。

「ほらよ、130万円」

「何だよ、大阪のおばちゃんかよ?」

そう言いながら、誠志朗はズボンのポケットに入れた財布を取り出した。

「うそ、うそ、ジュースくらいおごっちゃるよ。その代わり霧降高原の約束、忘れんなよっ」

「いやっ、だったら130円払うよ」

「それは駄目だぜ、この話を受ける時の条件だからなっ」

「まったく、それなら、俺じゃなくて静を乗せていけよ」

「わりーなっ、俺は、女は乗せない主義だ」

「何だよそれは? じゃあ、彼女が出来たらどうすんだよ?」

「もちろん、女の車に乗せてもらうのさ」

「はあー? そういうものなのか?」

「ああ、そういうもんだ」

 そんな話をしながら誠志朗と永一が笑っていると、静と常盤が戻ってきた。

「あんた達、男二人で何笑ってんのよ。きしょいわよっ」

 静が怪訝な顔付きで誠志朗と永一を見た。

「いやーっ、何でもねーよ」

 永一が笑いを堪えながら言ったものだから、

「どうせ、エッチなことでも話してたんでしょ」

 と、静が、あからさまに椅子を遠くに引いて腰掛けた。

「はい、どうぞ」

 常盤が、氷の入ったグラスとストローを誠志朗達の前に置きながら、何があったのという顔で、小首を傾げながら誠志朗を見た。

「ほんと、何でもないよ」

 誠志朗は、常盤に右手を横に振りながら答えた。

 それから、誠志朗はスプライトを、永一はドクターペッパーをグラスに注いで飲み始めた。永一は「あー、薬くせー」とお決まりの台詞を言いながら――

 静がとちおとめショートケーキを、常盤が桃のトライフルを、時々、相手のを味見しながら食べた。時刻は午後3時になるところだった。

「あっ、お母さん」

 ティーラウンジの入口を見ながら常盤が小さく手を振った。常盤に気付き誠志朗達の席に歩み寄った和服姿の女性は、湯澤美希。きぬやホテルの女将兼副社長にして、鬼怒川温泉女将の会会長。淡いクリーム色の正絹に水色や黄色や薄紅色の花模様が染め上げられた着物と薄紅色の小紋の帯にはクリーム色の帯留。

「いらっしゃい」

「お邪魔してます」

 にこやかに笑う女将に、誠志朗達は席を立って挨拶した。

「あら、お兄ちゃん、久しぶりねー」

「……あっ、お久しぶりです。女将さん」

いきなり女将に、『お兄ちゃん』と子供の頃の呼び方をされたので、誠志朗はちょっと焦ってしまった。

「こちらは、金崎君ね。いつもお世話になっております」

「はい、こちらこそお世話になっております」

 永一は、湯澤社長の時よりも表情が強張っているように見えた。

「あら、制服姿も絵になるわね、静女将」

「嫌ですわ、女将さん、絵になるだなんて……」

 またしても、静はお世辞を真に受けていた。

「あの、女将さん、その着物……」

「……ええ、そう。お母様とお揃いなの。私、どうしても美由紀さんとお揃いが欲しくて、一緒に仕立てさせていただいたのよ」

「そうでしたか。ありがとうございます」

「いいえ、お礼を言うのは私の方です。ありがとう」

 そう言って、美希女将は静に頭を下げた。

「ゆっくりしていってね。スパも5時までは空いてるわよ。じゃあ、頑張ってね、常盤ちゃん」

「えっ、あっ、はい」

 何を頑張るのか分からないといった風の常盤が、キョトンとした顔で取り敢えず返事をしていた。

「じゃあ、そろそろ混んでくる時間だから、次に行こう。次は清風館と泰山館なんだけど、見て欲しいのはプチシアターかな」

 グラスとケーキ皿をトレーに載せて、常盤が席を立ったので、誠志朗達も続いて席を立った。

 連絡通路を一番館とは反対方向に進んでいくと、スパの入口があり、そこを通り過ぎると清風館と泰山館の入口に分かれる。プチシアターは泰山館の8階にあるので、入口を入ってすぐのエレベーターで8階に上がり、更に奥へ進むと『プチシアター』のプレートが掛かったホールがあった。収容人員200名の完全防音の映画館だ。

「もともとは宴会場だったんだけど、麗峰館の宴会場でほとんど間に合っちゃうからプチシアターにしたの。でも夏休みに子供向けの映画を上映するくらいなんだ」

「もったいねーんじゃね? 確か、鬼怒川温泉には映画館がなかった筈だから、土日だけでもやったら客が入るんじゃねーのか?」

「そうかもしれないけれど、もともと宿泊のお客様用に造った施設だし、土日は駐車場も足りなくなっちゃうし、色々あるみたいなの」

「まあ、そういう事情じゃしょうがねーか」

 稼動率の低いプチシアターを永一が残念がっていたが、その話はそれでお仕舞いになった。

「後はね、……客室はどちらも8畳の和室タイプで、これと言って特徴はないから、……大体終わったかな?」

「じゃあ、残るはスパねっ」

今まで眠たそうな顔をして誠志朗達の後を付いてきただけの静が、途端に目を輝かせた。

「待ってたぜっ。シルク風呂とナノミストサウナに入ってみねーとなっ」

「じゃあ、早速行くか?」

「えー、ほんとに行くのー?」

乗り気な3人に対して、常盤だけは余り気が進まないようだ。

「案内役が来なくちゃ駄目でしょ」

「ちょっ、ちょっと、静ちゃん」

 静が、気乗りしない様子の常盤の手を引っ張って麗峰館の方に戻っていったので、誠志朗と永一も後に続いた。そして、一旦、応接室Bに水着を取りに戻ったのだが、最初からスパに入るつもりがなかった常盤は、水着を持ってきていなかったので、自宅スペースのある5階へ静と一緒に取りにいくことにして、誠志朗と永一が先にスパに向かった。

 連絡通路からスパの入口まではガラス張りの通路になっていて、柔らかい午後の日差しに包まれていた。スパの自動ドアを潜ると受付カウンターがあり、「常盤さんと同じクラスの同級生で見学させていただいております」と告げると、「承っております。いらっしゃいませ」と、誠志朗はすんなり通してもらえたのだが、黒尽くめの永一は「ご一緒ですか?」と尋ねられ、誠志朗が「一緒です。こいつも同じクラスです」と言って、何とか通してもらえた

 紳士のマークが貼ってあるドアを開けてロッカールームに入り、コインロッカーに荷物を入れて水着に着替え、スパの入口の自動ドアを潜って中に入った。

 大きなガラス窓が沢山あるスパ内は明るく健康的な空間で、あちこちに沢山の観葉植物が置かれていた。

「いやーっ、気持ちがいいの、よくねーのって」

「どっちなんだい?」

「いいよ!」

 入ってすぐの右側にあるジャグジーで、両の手足を伸ばした永一の言葉に誠志朗が突っ込みを入れた。

「でも、ほんと、気持ちいいなっ」

 誠志朗も永一と同じように思いっきり手足を伸ばしてみた。ぐるっと周りを見回すと、隣にシルク風呂、その奥の中央に全身浴と半身浴の大きな浴槽、その向こうに寝湯、さらに奥にはガラス張りのナノミストサウナ、打たせ湯、ドライサウナ、水風呂、ガラス扉の向こうに露天風呂という配置になっていた。

「そんじゃ、早速、シルク風呂に……」

 今さっきジャグジーに入ったばかりなのに、もう永一は次の風呂に行ってしまった。常盤達がまだ来ていないので、誠志朗は取り敢えずこのまま入口に近いジャグジーに入っていることにした。明るいスパ内には、ヒーリング効果がありそうな鳥のさえずりのBGMが流れている。永一はシルク風呂を出て、今度はナノミストサウナの方へ歩いていったが、ああいう性格だから仕方ないと誠志朗は諦めた。

「お待たせー」

 いつもの調子で目をつぶっていたらウトウトしてしまった誠志朗の前に、静と、静に隠れるようにして常盤が立っていた。

 黒地に紫と赤の大きな花模様のバンドゥビキニの静は、モデルのようなしなやかな肢体を惜しげもなく披露している。こういうのを『小股が切れ上がったいい女』というのだろうか。艶めく長い黒髪は珍しくポニーテールにしていたが、それは、かわいいとか奇麗とか言うよりも、侍のように勇ましい感じだった。

 水色の生地にピンクや黄色の大きな花柄のタンクトップビキニの常盤は、恥ずかしそうに静の後ろに隠れたままだった。

「さあ、入ろ、入ろ」

 静は、常盤の手を引っ張ってジャグジーに入り、誠志朗の向かい側に座った。

「あー、やっぱり、うちにもジャグジーが欲しいなー」

 気持ちよさそうに静が長い手足を伸ばした。

「そっちがシルク風呂ね」

 さっきから一人で喋っていた静が、常盤を置いてさっさとシルク風呂に行ってしまった。

「ちょっ、ちょっと、静ちゃん」

 残された常盤が、静の背中に声を掛けたのだが、まったく聞こえていないようだった。ちらっと恥ずかしそうに誠志朗を見た常盤と、誠志朗の目が合った。

「……やっぱり、ジャグジーはいいよな」

「……うん、そうだね」

 間が持てない誠志朗が、取り敢えず常盤に声を掛けたのだが、常盤は目を合わせずに答えていた。

「じゃあ、俺もシルク風呂に行くかな」

「お兄ちゃん、待って。私も……」

 ジャグジーを出ようとした誠志朗に常盤も続いた。あまりじろじろ見てはいけないと思った誠志朗だっだが、視界に入ってしまうものはどうしようもない。タンクトップビキニの常盤の胸は、制服姿の時よりも更に大きく見えて目のやり場に困る。透けるような白い肌がほんのり桜色になっていた。

「この泡、凄く気持ちいいわよ」

 先にシルク風呂に入っていた静が、誠志朗と常盤に声を掛けた。シルク風呂の名のとおり、泡と言うよりクリームのような細かい気泡が浮かんでは沈んでいった。

「でも、この泡が沈んでいくっていうのが不思議だよな」

「それがナノバブルの特徴なんだって」

「へー、そうなんだ。何かこの泡、体によさそうね」

 3人で少し温まっていると、静が今度はナノミストサウナに行くと言ってシルク風呂を出ていった。せっかちな性格は永一と似ていると誠志朗は思った。

「ほんと、忙しい奴だな」

「うふふっ、ほんとだね」

 誠志朗の右側でちょっと笑った常盤は、恥ずかしさが少し薄らいできたようだった。しかし、横に並んで座っていると、常盤のタンクトップビキニの胸元の谷間が益々気になってしまう誠志朗だった。

「じゃあ、ナノミストサウナに行ってみるか?」

 邪心を捨てようとシルク風呂から上がった誠志朗に「うん」と常盤が続いた。

 ガラス張りのナノミストサウナのドアを開け中に入ると、永一と静が隣り合わせに座っていた。

「よー、こりゃー最高だぜーっ」

「ほんと、気持ちいいわっ」

 ヒノキのいい香りが漂う明るいサウナの中は40℃に保たれていて、ナノミストの効果で普通のミストサウナのような息苦しさはまったくない。じっとしているとじんわり汗が出てくるが、やはりナノミストの効果でべとつかずさらりとした感触だ。せっかちな永一と静が長居しているくらいなのだから、よほど気に入ったのが分かる。

「お肌にもいいんだって」

「潤うーって感じね」

 どちらかというと男性より女性に喜ばれるサウナのようだ。

「じゃあ、先に来た順に失礼するぜ」

 そう言って、永一は水風呂に入ってから打たせ湯に行った。

「じゃあ、私も」

 静もナノミストサウナを出て、露天風呂に向かっていった。

「やっぱりせっかちだな」

「もっとゆっくりすればいいのにね」

 常盤が誠志朗の顔を見ながら笑った。

「でも、何か変な感じ。お兄ちゃんがうちに来て、一緒にお風呂に入るなんて……」

「……そうだな! ホテルに来たのも何年かぶりだし……」

 常盤が、『一緒にお風呂……』なんて言うものだから、誠志朗は慌ててしまって次に何を話そうか考えてしまった。

「……あの、……その水着、かわいいな」

 誠志朗は、とっさに思いついた言葉を口にしていた。

「えっ、……そう? ありがと。……でもちょっと……恥かしかったけど……」

 あまり気の利いた台詞ではなかったが、常盤は喜んでくれたようだ。 

「……似合ってると思うよ」

 これは誠志朗の本心だった。

「ありがと。……あのね、……ほんとはね、……夏休みになったらお兄ちゃんと海に行きたいなって思って、……買っておいたの」

「海かー、いいなー。夏休みでも日曜日は休みにするから、行けるかな?」

「ほんと? じゃあ、約束ね!」

「ああ、うん。じゃあ、永一も誘って……」

「……あのね、……お兄ちゃんと二人だけで行きたいんだけど……」

「……えっ、……俺と、……二人で……」

「うん。電車に乗って。お弁当も作るねっ」

「……ああ、うん。分かったよ」

「やった! ありがと。約束ね!」

 そう言って常盤は、胸の前で小さく拍手をしながら笑った。

「じゃあ、そろそろ、次のお風呂に行ってみる?」

 さっきまで恥かしがっていた常盤が、たちまち上機嫌になってサウナを出ていくものただから、誠志朗は慌てて後を付いていった。

「お兄ちゃん、半身浴って、凄く気持ちいいんだよ」

 スパの中央にある大きな浴槽の半身浴に進みながら、常盤が誠志朗を手招きした。

「ああ、うん」

 常盤の左隣に誠志朗が座った。ナノミストサウナで温まった上半身が適度にクールダウンされながら、ウエストから下は温泉に浸かっているので、全身浴とはまた違った気持ちよさがある。半身浴は、肺や心臓に水圧が掛からず血圧が上昇し難いので、身体への負担が少ない入浴方法なのだと常盤が教えてくれた。

「気持ちいいね」

「……ああ、ほんとにな」

 横に座っている常盤を見る時に、どうしてもタンクトップビキニの胸に視線がいってしまう誠志朗は、慌てて目を逸らした。体育の授業のプールの時は、スクール水着姿の常盤を遠巻きに見ていただけなので、それほど気にはならなかったのだが、隣にいると否応無しにその存在が目に飛び込んできてしまうのだった。そんなことはまったく感じていない常盤は、半身浴の背もたれで気持ち良さそうに目を閉じていた。邪念を払うために誠志朗も背もたれに身を任せて目を閉じた。



「おわっ」

 誠志朗は顔に掛けられたお湯で目を覚ました。見上げると、8頭身のスタイルにすらりと伸びた足、ビスチェビキニ姿で腕組みしている静が不敵に笑っていた。

「何すんだよ?」

「そろそろ時間よ」

 誠志朗がスパの時計を見上げると、もう少しで午後5時になるところだった。

「ふあーっ、もうそんな時間か」

半身浴が思いのほか気持ちよくて、誠志朗も常盤も目を閉じてすぐ眠ってしまっていたようだ。

「あーっ、気持ちよかったなー」

「ねー、ちょっと待ってよー」

 まだ半身浴に入っていたい気持ちを切り替えて先にお湯から出た誠志朗のことを、常盤が急いで追い掛けた。

「永一は?」

「ちょっと前に上がったわよ。髪をセットするんだって」

「そうか。じゃあ、応接室に集合な」

 そう言って、それぞれのロッカールームに入っていった。

 ロッカールームでは、柳屋のポマードを塗った永一が、銀の板櫛で自慢のオールバックを念入りにとかしていた。

「よー、気持ちよさそうに寝てたな」

「何だよ。起こしてくれてもいいだろっ」

「いやーっ、邪魔するほど野暮じゃないぜ」

 永一が、にやりと笑った。

「そんなんじゃねーよっ」

 誠志朗は、照れ隠しに声を荒らげると、濡れた髪をドライヤーで適当に乾かし、そそくさと着替えを済ませた。

「ほんじゃー、行くか?」

「ああ」

 銀の板櫛をポケットに仕舞ってロッカールームを後にする永一に誠志朗が続いた。霊峰館に続く連絡通路では、スパに向かう大勢の宿泊客とすれ違った。新設したばかりのスパはやはり人気があるようだ。

 チェックインを終えた宿泊客で賑わう6階のフロアから階段で4階に下りて、誠志朗と永一は応接室Bに入った。

「いやーっ、しかし、広いの、広くねーのって!」

「どっちなんだい?」

「広いよ!」

「でも、ほんと、広いな」

 スパで疲れが取れた気がした永一と誠志朗だったが、広いホテル内を一日中見て回ったのはやはりこたえたようだ。

「ちょっくらゲーセンに挨拶してくるわ。おめーも行くか?」

「……あーっ、いいやっ、俺はここにいるよ」

 後学のために、プラチナムグループが経営しているゲームセンターものぞいてみたい気がした誠志朗だったが、鍵を掛けて静達と行き違いになってもまずいと思い、そのまま応接室Bに残ることにした。「そんじゃ」と言って部屋を出ていく永一を座ったまま見送って、誠志朗は机に突っ伏した。スパで暖まった身体が少しずつ冷えてきて、急に睡魔が襲ってきたのだ。



「お待たせー」

 勢いよく部屋のドアが開き、制服に着替えた静と常盤が入ってきた。

「あれ、金崎君は?」

「……ふあーっ……、ゲーセンに行ってくるってさ」

「そうなんだ。私、仕事だからもう行くわね。明日はうちに8時30分でいい?」

 夕食時のお座敷回りという、温泉旅館の女将にとって最も重要な仕事がある静が帰り支度を始めた。

「ああ、それでいいよな?」

「うん」

 誠志朗が常盤の顔を見て返事をすると、常盤も誠志朗の顔をみてうなずいた。

「じゃあね、常盤、またねー」

「うん。静ちゃん、また明日ね」

 紫に艶めく長い黒髪を翻して、明治時代から続く老舗温泉旅館の高校生美人女将は夜の仕事に出掛けていった。

「大変だねー」

「まあ、仕事は大変だよな」

「お兄ちゃんも大変だよね?」

「……いや、そんなことはないよ。慣れればどうってことないよ」

「凄いねー、お疲れ様」

「ああ、ありがと」

 そう言って、常盤は誠志朗の右隣に座った。

「よー、お疲れさん。ほらよ」

 永一がノックもせずに部屋に入ってきて、常盤にぬいぐるみを投げ渡した。

「きゃっ」

 驚いた常盤がぬいぐるみを受け損なったが、リバウンドを誠志朗が上手くキャッチした。

「最新のUFOキャッチャーのレアものだぜ」

レアものとは言っても、その熊のぬいぐるみは、なぜか水色で、しかも継ぎ接ぎだらけで、お世辞にも余りかわいいとは言い難かった。

「もらっていいの?」

「ああ、少なくとも俺には必要ねーからな」

「じゃあ、何でやってんだよ?」

「取り易さの点検をしたんだよ。あんまり取れねーと客が引いちまうからな。あれ? 星野は?」

「仕事だって先に帰ったよ」

「ラッキー! 一つしかねーからどうすっかなって思ってたんだよ」

 確かに、あの静のことだから、自分の分がないと、もう一つ取ってこいと絶対に駄々をこねるに違いなかった。

「明日はどうすんだよ?」

「いつもどおり8時30分に集合だよ」

「オーケー。そんじゃ、俺も帰るわ。またな」

「じゃあ、俺も」

 急いで帰り支度をして、誠志朗が永一に続いた。玄関まで見送ると言って常盤も後に続いた。階段で6階に上がってロビーに行くと、女将の美希が宿泊客の出迎えをしていた。

「今日はありがとうございました」

 誠志朗がお礼を言って、永一も頭を下げた。

「お兄ちゃん、金崎くん。お疲れ様。参考になった?」

「はい、色々と。……でも、時間が足りなくて……」

「また、いつでもいらっしゃいな」

 そう言って、女将はにこやかに笑って、到着した大型バスの団体客を出迎えにいった。

 誠志朗と永一は、玄関でもう一度女将にお辞儀して、永一は大胆にも玄関前に停めたフェラーリテスタロッサに乗り込みエンジンを掛けた。

「お兄ちゃんは何で来たの?」

「……俺は、……配達用のバイクで……」

 誠志朗は、常盤にも大型バイクに乗っていることは内緒にしていた。心配させるといけないと思い、学校にも配達用のバイクで通っていると言っていたのだ。もちろんそれも校則違反には違いないのだが……

「そうなんだ。どこに置いたの?」

「いや、あっちの、……寮の方に」

「じゃあ、そこまで一緒に行くね」

「いいよ、いいよ。ここでいいから。じゃあ、また明日」

「えーっ、……うん。じゃあ、また明日ね」

 ちょっと不満そうな顔をして小さく手を振る常盤に後ろ髪を引かれながら、誠志朗は従業員寮の駐輪場に走っていった。急いでエンジンを掛け、ライダースジャケットを着てヘルメットとグラブを装着し、暖機運転もそこそこに、なるべく玄関から見えないように駐車場の端を通って帰り道に就いた。常盤のことだから、誠志朗の姿が見えるまで玄関で待っているような気がしてはいたのだが、そのままにして帰ってしまった。



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